Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第6章+大海の不死鳥伝説

第63話 ペグパウラー





「……カリュブディス様、お楽しみの最中失礼いたします」



赤く分厚い緞帳をサッと引き、全身ぬらぬらと青光りする男が跪く。
部屋の中には一目で人間と分かる女性達を侍らした、ガッシリとした体格の男が寝そべっていた。

カリュブディスと呼ばれた彼は全身が細かな鱗で覆われており、
形良く整えられた口ひげの下から覗く分厚い唇からは、生臭い息が絶えず吐き出されていた。



まさに人間と魚が巧く融合したかのような、それは不気味な容姿の男である。
侍らされた女性達は震える手つきで、男のグラスに緑色の液体を注いでいた。

突然の部下の来訪に、カリュブディスは太い眉を不機嫌そうにしかめる。



「何だ、オレが部屋にいるときは報告はしなくてもよいと言ったであろうが」
「はっ、はい……ですが、これはカリュブディス様のお耳に入れないわけにはいきませんので……」

海王カリュブディスにジロリと睨まれ、部下は思わず身体をびくっと硬直させたが、
それでも強い口調で報告を始めた。


「ジハードめが人間達をこの海底神殿に連れ込んで、何やらよからぬことを企てている様子です。
始末しようと向かわせた戦士達が数名倒されました」


「ククク、ジハードの奴。今は無力な人間と何ら変わりないくせに……このオレ様に歯向かう気か」
口元を醜く歪めたカリュブディスは、長いパイプを口に咥える。すぐさま隣の女が火を点した。



「まぁ放っておけ。いくら足掻いたとて、この海王カリュブディスは倒せんよ」
フーッと紫色の煙を心地よさそうに吐き出し、再び羽毛のベッドに寝転んだ。

「そうだな……丁度奴隷が死んで不足していた所だ。その人間達を捕らえ、奴隷にでもしてやれ。
オレの可愛いペット、ペグパウラーの鎖を外しておけよ」



「……ペグパウラーをお使いになるのですね。ですが、奴隷として使い物にならなくなるのでは」


「その時はその時だ。ジハードめ、自分がいかに愚かな反抗をしているのか思い知らせてやる。
オレを不老長寿にし、永遠に忠誠を誓うと言うのならば石化を解いてやってもよいというのに……」





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気の遠くなる程長く透き通った水晶の廊下を用心深く歩きながら、ティエルは思わず首を傾げた。
先程まで彼女達をまるで待ちかまえているようであった半魚人達の姿は一人も見受けられない。


──いやに静か過ぎるのだ。



勿論、このまま何もなくカリュブディスの元へと辿り着けることが一番なのだが、
あまりにも不自然な静けさに、ティエルは不安を隠しきれなかったのだ。



<……おかしいな、いやに静かだとは思わないかい?>
そのティエルの様子に気付いたのか、ジハードも同じく表情を曇らせる。

<先程までの過剰な歓迎が嘘のようだ。まるで……嵐の前の静けさだね>



「あ……嵐って、半魚人が嵐のようにドッサリ押し寄せてくるって事でーすの?」
<違うよ、今までの奴らとは比べ物にならない奴が現れるかもしれないってこと>


「なぁんだ、そういう事なんですの」
当たり前だろうが、と呆れ顔のクウォーツに肘で突かれながら、リアンは納得したように言った。

「そんなの単なる取り越し苦労ですわよ、現れたとしてもチャッチャと片付けちゃいましょ」



<まぁ、できれば単なるぼくの取り越し苦労だといいのだけれどね。
しかしながら、こういう時のぼくの勘は恐ろしいほどよく当たるんだ。これも一種の才能かな?>



そんな他愛もない話を続けていたジハードだったが、突き刺さるような殺気に思わずティエルを振り返る。

<……気をつけて。ものすごい殺気を放っている奴が近くにいるみたいだ>
「殺気を放ってる? でも、誰もいないように見えるんだけど……っ!?」


首を捻りながらジハードを振り返ったティエルの背後に、巨大な影が飛びかかった。



<危ないっ、後ろ気をつけて!!>

とっさにティエルを突き飛ばそうと思ったジハードだったのだが、
魂魄の状態である彼の手は虚しく彼女の身体をすり抜ける。


ガリッという音と共に、ティエルの背には四本の赤い線が浮かび上がった。




「くっ……こ、こいつ一体何なの!?」
地面をゴロゴロと転がり、なんとか立ち上がったティエルは目を見開いて相手を凝視する。

全身を覆う黄土色の鱗に、耳まで裂けた真っ赤な口からは長い舌がはみ出ていた。
大木のように太い手足の先には四つの鋭い爪。先ほどティエルを切り裂いたのはこの爪であろう。


ライオンと魚が融合したような生き物の登場に、ティエル達は暫くの間硬直していた。




<これは……カリュブディスの飼っている怪魚ペグパウラーだ!!>
そのペグパウラーという生物に見覚えがあるのか、ジハードは珍しく焦りの声を発する。

<カリュブディスでさえ持て余すほどの凶暴性を備えているっ、戦わず逃げた方がいい!!>



「わ、分かった!」

痛みを堪えながら元の道を戻ろうとしたティエルの目の前に、透き通った水色の壁が生まれる。
反対側の通路も振り返るが、キィンという涼しい音と共に壁ができてしまった。


──どうやら完全に逃げ道を失ってしまったようである。




<カリュブディスだ……とうとうぼくらを本気で消そうと刺客を送りつけてきたようだね。
どうか無茶をせずに。ぼくもできるだけ魔本リグ・ウェーダで援護するから>

唇を軽く噛み締めたジハードは虹色に輝く本──魔本リグ・ウェーダ──のページをめくり始めた。



「倒すしか道は開けないみたいだね。いいよ、相手になる!」
腰から大剣、竜鱗の剣を抜き去ったティエルはペグパウラーに向けて構える。

リアンは既に呪文の詠唱を済ませており、サキョウもモンク僧の構えを静かに取っている。
ハイブルグ城で負った傷も殆ど完治しつつあるクウォーツは、ティエルの隣で妖刀幻夢を抜く。




グォォォオという咆哮と共に唾液をまき散らしながらこちらに向かってくるペグパウラーに、
ティエルとクウォーツは地面を蹴って飛び出した。

ペグパウラーは狂ったように吼え、巨大な口を開けてティエルらに向かって飛びかかる。



「……うっ!!」
両手で剣を握り締め、ティエルは襲い掛かる巨大な口を受け止めようとしたが。

「駄目だ……防ぎきれない……!!」
太い前足によって腹部を殴り飛ばされ、ティエルは向かい側の壁に激突する。



「馬鹿め、これで終わりにしてやる!」

そんなペグパウラーの死角の位置に、妖刀幻夢を握り締めたクウォーツが姿を現した。
そのまま力任せに振り下ろしたが、ペグパウラーの両手によって剣先と首を掴まれてしまう。


「な……に!?」


「もぉ、捕まるなんてマヌケですわねっ……今助けてやりますわよ!」

首を掴まれ軽々と宙に持ち上げられたクウォーツを助けようと、リアンの放った火炎球が炸裂した。
しかし、ペグパウラーはかすり傷程度にも思っていないようだ。


うなり声を上げながら向かってきたサキョウの鉄の拳を反対の手で受け止める。




<……ティエル、大丈夫かい。あいつは目の前の敵全てを殺すまで、決して攻撃をやめない。
倒さなくては、殺られるのは……こちらだ>

助け起こしたくとも決して触れることのできない自分の透けた手のひらを見つめ、ジハードが口を開く。



<何も関係のないあなた達を、こんな危険な目に遭わせてしまって……すまない>
「何言っているのジハード、元はといえばわたしが無理矢理頼んだんじゃない」


自分を心配そうに覗き込む半分透き通った少年を見つめ、ティエルは笑みを浮かべた。
そして、剣を握り締めて立ち上がる。

「あなたが謝る理由なんか、これっぽっちもないんだから」
<……>




「うわぁっ!!」
「きゃあーっ!!」

クウォーツとリアンが同時に発した叫び声と共に、殴り飛ばされた二人が吹っ飛んでくる。
そして、丁度そちらに向かって走りかけていたサキョウへと直撃してしまった。


「おい、大丈夫か!?」
二人分の体重を食らったサキョウは、それでもしっかりと二人を受け止めてやる。



「いたたたた……洒落になんないほど痛いですわ……畜生、やりましたわね!」
切れた唇から滲んだ血を軽く拭うと、リアンは怒りに満ちた目で立ち上がった。

「内腑煮たぎり、魂燃え尽くす、冥府に潜む者達集いて灼熱の火炎となれ……メギドフレアーッ!!」



<行け、極陣・灼熱地獄の陣!!>

リアンの杖の先から放たれた超威力の火炎に、ジハードの唱えた火柱が包み込む。
彼女の魔力もさることながら封印されている魂魄時とはいえ、ジハードの魔力も凄まじい。

まるで大砲のように勢いよく向かって行く火炎に包まれ、さすがのペグパウラーも雄叫びを上げた。
そして、サキョウの鉄拳とクウォーツの妖刀幻夢の一撃が追い討ちをかける。




「……ごめんね、わたしにはどうしても封魔石が必要なんだ!!」


最後にティエルは血をまき散らすペグパウラーの喉元に、渾身の力を込めて剣を突き刺した。
ぐえっと変な呻き声を発したペグパウラーは、そのまま倒れて動かなくなる。

じわじわと緑色の血溜りが広がる中、ティエルは複雑な眼差しで頬に付着した返り血を拭った。







+DeadorAlive+