Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第6章+大海の不死鳥伝説

第64話 海王カリュブディス-1-





<やあ、お見事だったね。まさかあのペグパウラーを倒してしまうなんて正直驚いたよ>
虹の魔本リグ・ウェーダを小脇に抱えながら、ジハードがふわふわと落下してきた。


<この調子でいけば、きっとカリュブディスも倒すことができる……どうかしたのかい?>



そこまで言いかけたジハードは、ティエルがグッと何かを堪えているような顔つきであることに気がついた。
竜鱗の剣にドロドロと付着したペグパウラーの血を拭うこともせず、ただその死体を見つめていた。

一方ペグパウラーは完全に息絶えており、だらしなく開いた口からは大きな舌がはみ出ている。




「……ん、別になんでもないよ。ただ、なんか可哀相なことをしちゃったかなあって」

ようやくそこで我に返ったティエルは、取り出した布で返り血を拭き始めた。
しかし拭いても、どことなく生臭い腐臭は取れなかったが。



「はーん。可哀相もへったくれもありませんわよ、戦って生きるか死ぬか。それだけのことでーすわ」
殴り飛ばされたときに打ちつけた腕を押さえながら、リアンが溜息と共に言う。

「それを言うのなら、私の方が可哀相ですわあ」


「……殴り飛ばされた時に、思い切り貴様の下敷きになった私の方が更に可哀相だと思うがな」
「私の軽い体重くらいで、ぶつくさとブーたれてるんじゃないですわよ! 頼りない男ですわねぇ」

「うるさい、耳元でガーガーと喋るな馬鹿」
「こらこら二人共……あまり大きな声で話していると、また敵が現れるかもしれんぞ」




背後で繰り広げられる他愛もないリアンとクウォーツのケンカに、思わずティエルは笑みを浮かべる。
「……ごめん。もう大丈夫、気にしないで」


「ほーら、ティエルには一番笑顔が似合うんですのよ。暗い顔はクウォーツさんだけで充分。ね?」

ニッコリと優しい笑みを浮かべたリアンは、ポンポンと優しくティエルの頭を叩く。
リアンの言葉に後ろの方でクウォーツが一瞬ムッとした表情をしていたが、特に彼は何も言わなかった。




<今まで何百という人間達を見てきたけれど、あなた達はよく分からないな。変わっているというか>

そんな一連のやり取りを見ていたジハードは、寂しげな微笑と共に口を開いた。
遠い昔の記憶を思い起こしているような、どこか複雑な眼差し。


<正直言ってしまえば、欲深いだけの人間なんて信用できなかったんだ。いつもそうだった。
……今回だって、あなた達は口だけだろうって思っていた>

それから少し、すまなそうにジハードは彼らに向かって優しい笑みを浮かべた。



<ぼくはあなた達に賭けてみようと思う。……今度こそ、ちょっと信じてみようと思うよ>

「……あのね、ジハード」
暫く迷ったように視線を泳がせていたティエルではあったが、やがて意を決して顔を上げる。


「わたし、最初は封魔石さえ手に入ればいいって思ってたの。自分の事しか考えてなかったの。
でも……あなたは、それでもこうしてわたしを信じるって言ってくれた」


<そんなこと分かっていたよ。別にいいんだ、それでもね>




「……だから、わたしもあなたを信じるよ。必ず……助けてあげるから」

「こうなったのも何かの縁ですわよね。それにあなた私達を一応助けてくれたんですし」
カールした青緑の髪をくるくると指に巻き付けながら、リアンが口を開いた。


「お礼も恨みも倍返しにするのが、私のポリシーなんですのよ」



「ふん、ここのナマモノ共は私を侮辱してくれたしな。親玉を叩きのめさねば気が済まん」
特に顔を向けることもなく、クウォーツは長い前髪を軽くかき上げる。

「私の理由はこれだけだ……不死鳥とやら、くれぐれも都合のいい解釈をするなよ」



「困っている者を救うのも、モンク僧の大切な役目」
最後にサキョウがニッコリと笑みを浮かべながら言った。

「過去にどんな事があったのかは知らんが、お主を石にするのは許しがたい」




そんな彼らの言葉に、ジハードはどこか胸が苦しくなって礼の言葉も言えずに俯く。
やがて、勇気を振り絞って口を開きかけた。


<……あのね、聞いて。ぼくを助けるだなんて言わないで。だって石化を解くためには、封魔石を壊さ──>




──その刹那。
「ほほう、ジハードよ……そやつらが新しい奴隷候補かな?」

顔中鱗に覆われた男。
金の刺繍が施された着物を羽織ったその者は、癇に障る笑みを口元に浮かべた。


彼の周囲には、モリを持ち武装した魚人兵士達が立ち並んでいる。



<か、海王カリュブディス!>

「そこに転がっているのはペグパウラーだな? ……ふふふ、人間にしてはなかなかやりおる。
こいつらはいい下僕になるよ。しかしお前は恐ろしい男だな、こいつらを騙すのは簡単だったか?」

ニヤリと意味深な笑みを浮かべたカリュブディスは、肩をすくめてジハードに顔を向ける。



「計算高いお前のことだ、大方その人間達とオレを衝突させて両者殺すつもりなんだろう。
そして封魔石をお前が壊すシナリオか? 可哀相に。ジハードはお前らを復讐の駒にするつもりだぞ」




「……わたし達を殺すつもりで……?」

カリュブディスの発した言葉に、ティエルは心配そうな眼差しでジハードを見上げた。
それは本当のことなのか、本当に自分達を騙していたのか。そんな訴えが瞳から感じられる。



ティエルの眼差しを見ていることに耐え切れなくなったジハードは、キッとカリュブディスを睨み付ける。



<でたらめを言うのはやめろ! 信じてくれ、ぼくは決してあなた達を騙して連れて来たわけでは……!>

「そう言って一体何人の人間が騙されたことか。今ならまだ早い……人間達よ、オレにつかないか?」
カリュブディスは両手を大きく広げると、ティエル達に猫なで声で語りかけた。

「お前たちはこんな所で犬死するには惜しい。オレにつけば、助けてやってもいいぞ」



<嘘だ! そんなことを言って、お前は強い人間を手に入れたいだけなんだろう!!>

強い口調でそう言ったジハードだったが、不安そうに顔を見合わせるリアン達を見て口を閉ざす。
これ以上何を言っても余計に怪しまれるだけだと悟ったのだ。


それから、静かに顔を上げる。




<……ぼくの言葉を信じてくれなくてもいい。けれど、これだけは言わせてくれ>
半ば諦めきった表情で、ジハードはゆっくりと顔を上げた。

<ぼくは決してあなた達をカリュブディスと相打ちにさせようと連れて来たんじゃない。
誰かを騙して犠牲にまでして、自分の復讐を果たそうとは思わないっ!!>




「……言ったじゃない、ジハード」
ハアハアと息荒く叫んだそんなジハードの前に、スッと静かにティエルが進み出る。

「あなたはわたし達を信じてくれた。だから、わたしもあなたを信じるって」



<……>

そのティエルの言葉にジハードは一瞬目を見開き、暫くして何回か瞬いて彼女を見つめた。
複雑な表情のジハードの隣を通り過ぎたティエルは、竜鱗の剣を抜き放つとカリュブディスを指し示す。


「わたし、全然あなた達の事情知らないけれど。あなたのやり方あまり好きじゃないよ」



「ほう……だったらどうするんだ、たかが人間の小娘が?」
こちらをキッと見据える少女をあざ笑いながら、カリュブディスは醜く顔を歪めた。

「オレを倒してみるか? ジハードを救ってみるか? 今までこいつを救おうと思った者はおらんがなぁ。
いいだろう、この海底神殿に来てしまったことを地獄で後悔するんだな……!!」



そうカリュブディスが言葉を発したかと思うと、周囲に控えていた魚人兵士達が一斉に向かってきた。

奇声を上げて飛び掛ってきた一人をサキョウが渾身の力を込めて殴り飛ばす。
ギャッと呻き声を上げた魚人兵士は、そのまま拉げた形で壁に激突した。



「天空を舞う烈風を真空に変え、標的を切り刻め……ウインドカッター!!」

瞬時に詠唱を終わらせたリアンは、杖を何回か回転させるとピタリと止めて標的を定める。
哀れ標的にされた魚人兵士達には、容赦のないカマイタチが襲い掛かった。


「……私はナマモノとマッチョが苦手だって、何回も言っているじゃないですの」



「ふん、美学の欠片も持ち合わせていない奴らは好かん。……あと生臭い奴もな」

左手に妖刀幻夢を手にしたクウォーツは、次々と向かって来る魚人兵士達を斬り捨てる。
斬り飛ばされた首から、まるで噴水のように血飛沫が上がった。







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