Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第6章+大海の不死鳥伝説

第65話 海王カリュブディス-2-





カリュブディスは魚人兵士達に守られるようにして、彼らの中心で余裕の笑みを浮かべていた。
おそらくこのまま自分の手は一切汚さずにティエル達を葬り去る気なのだろう。




背後で戦う仲間達の様子を一瞥し、ティエルは隣のジハードを振り返った。

今までずっとカリュブディスを睨み続けていた彼は、ティエルの視線に気がついて彼女を見下ろす。
しかし、彼はティエルを見てもなかなか口を開こうとはしなかったのだが。


「……ねえ、ジハード。どうしたらあなたを助けることができるの?」

カンカンと剣を打ち合う音が聞こえ、派手な爆発音と共に響き渡る悲鳴。
爆発の光で一瞬だけ橙色に染まった白髪を片手で押さえると、ジハードは沈黙の後口を開いた。




<破壊するんだ……。ぼくの全てを封じ込めているあの石を……破壊しなければ、ならないんだ。
だから、あなた達がぼくを助けることは絶対に無理なんだ……>

「……破壊? 破壊するって一体、何の石を……?」



またオレンジ色の閃光。
その光に映し出されたジハードの表情は、ひどく言いにくそうな顔つきであった。

表情から彼の言いたこと全てを察したティエルは、何も言わずに少し寂しげに微笑んだ。
その笑顔は、ジハードが今まで見てきたどんな人間達よりも寂しく愛らしい微笑みであった。




<あなた達は封魔石が必要なのでしょう? だから、ここに来たんでしょう?
ぼくを助けるためには封魔石を破壊しなくちゃいけない。──だから、助けることは無理なんだ……>

<それでも、あなた達がぼくを助けるって言ってくれて嬉しかった。だからこそ言い出せなくて。
もう封印が解かれても解かれなくても……全部、ぜんぶ……どうでもよくなっちゃって……>




「……いいよ、壊そ。封魔石壊さないと、ジハード助からないんでしょ」



顔を上げたティエルは、笑みを浮かべるカリュブディスの背後にある扉に目を留めた。
厳重な封印が施されていると一目で分かる扉である。おそらくジハードの本体はあそこにいるのだろう。

「壊して、生きてここから出ようよ。ずっとずっと、閉じ込められていたんでしょ……?
本当はどうでもよくはないんでしょ? だからあなたは……わたし達に助けを求めてきたんでしょう!?」



強いティエルの口調にジハードは唇を噛み締めながら顔を伏せ、彼女から目を逸らした。

<……そうだよ。あなたの言うとおりだ……ぼくは、誰かに気付いてもらいたかった。
ずっと暗い海の底で、誰かを待ち続けていたんだ……>


そして、顔を上げる。



<けれど、誰一人としてぼくの声が届くことはなかった。今度も……無駄だと思ってた。
これで誰かを待つのは最後にしようと思ったんだ。笑いたくもなるよ、自分では何もできないなんて>

しかし偶然か、はたまた運命であったのか。ティエル達にはジハードの声が届いたのだ。




「4人とも同じ夢を見るなんて、信じられん話だったがなぁ」
ティエル達の背後に忍び寄っていた魚人を殴り飛ばすと、サキョウが柔らかい笑みを浮かべた。

「それにジハードのことがなくとも、あのカリュブディスという男の他人を見下した態度が気に食わん」



「仕方ないですわねっ、最後まで付き合ってあげますわよ」
汗ばんだ額にはり付いた青緑の髪を払いのけながら、杖を握ったリアンが隣に並ぶ。


「あーもう、最近自分の得にもならないボランティア活動ばかりでーすわ!」




ティエルは隣のリアンを一瞥し、魚人兵士を相手にしているサキョウとクウォーツの方にも顔を向ける。
カリュブディスはそちらの方面を向いており、ティエルの事など気にも留めていないようだ。

その隙を見逃さず、彼女は力いっぱい地面を蹴って駆け出した。
目指すは、玉座の後ろの扉である。



「なっ、ま……まさか奴ら本当にジハードの封印を解く気か!?」

さすがに狼狽したような表情を浮かべたカリュブディスは、ザッとティエルに向かって行った。
しかし、それを遮ろうとサキョウが前に飛び出した。



「ティエルの所へは行かせん!!」
サキョウは身軽に身体を回転させると、カリュブディスに回し蹴りを食らわせる。

「ぐぶッ!?」
その衝撃に口から泡を吐いたカリュブディスは、軽々と吹っ飛んで壁に激突した。



「……いつ見ても、破壊力抜群の蹴りだな」
魚人兵士達に介抱されているカリュブディスを一瞥し、クウォーツは眉をしかめて口を開く。

「私と戦った時も、肋骨三本ほど折ってくれたしな」


「そ、その話はよそうじゃないか……本当にすまん、あの時はワシも気が動転してて……」
クウォーツの言葉にギクリとしたサキョウは、慌てて両手を合わせて謝り始めた。


「……? 別に貴様が謝る必要はないだろう」





「この青白い光が邪魔して中に入れないなぁ……これも封印の一種かな?」
一方。扉の前まで立ち止まったティエルは、背後から顔を覗かせているリアンを振り返る。


「リアン、どう? 扉の封印解けそう?」



<これは、封印レベル3の上だよ。まぁ、カリュブディスの魔力ならこの程度かな>
「う〜ん……レベル3なら何とか解除できそうですわね」

口をへの字に曲げながら、真面目な顔つきでリアンが首を傾げた。



「ねえ、ところでジハード。参考のためにお聞きしますけど、
扉じゃなくて、あなた自身にかけられた封印のレベルはどのくらいなんですの?」


<ぼくの場合は、一個人の魔力じゃないからね。封魔石の力全てを使って封印されているし。
軽く見積もって封印レベル10くらいかな?>

「……げっ、ケタ違いでーすわ。聞かなかった方がよかった」



「魔法の話はイマイチ分からないなー、レベル10っていうとそれだけ凄いってことなんだよね?」
ジハードとリアンの専門的な話に、ティエルは目を瞬きながら腕を組んだ。





「邪魔だっ、どけ役立たず共が!」
ペッと忌々しげに血を吐き捨てたカリュブディスは、助け起こそうとする部下を苛立ちながら殴り飛ばす。

「ゴミみたいな人間達のくせに、このオレに勝とうなど一億年早いわ……!!」


そう怒りの声を発したカリュブディスの身体が、見る見るうちに不気味なものへと変化していく。
ぶくぶくと巨大化していき、触手のような長い足が出現する。

あの船上で戦った海獣ダゴンの外観を凶悪化し、さらに全身を鱗で包んだようであった。



真の姿を現した海王カリュブディスは、ニヤリと不気味な笑みを口元に浮かべる。
それと同時にニョロニョロと触手を動かしてサキョウらへ向かって行った。


途中で巻き込まれ、潰された魚人兵士達の断末魔の叫び声が響き渡る。




「こ、これはやばいぞ……ワシらだけでは手に負えないのではないか……」
向かって来るカリュブディスを青ざめて見つめながら、サキョウがボソリと口を開いた。

「フッ……やるしかあるまい、死にたくなければな!」
ちら、と扉の封印解除に徹しているティエル達に視線を走らせ、クウォーツが言う。




「カ、カリュブディスが巨大化してる……!? わたし、クウォーツたちを助けに行ってくるよ!」

封印解除の長い詠唱をしているリアンの横で、ティエルはハッとして駆け出そうとした。
しかし、おぼろげなジハードの手がそれを遮る。



<ぼくが行く、あなたはここでリアンを魚人兵士達から守らなくては>

「え……? でもジハード、カリュブディス相手じゃ魔法が通じないんじゃ?」
思わず目を瞬かせるティエルを後に、ジハードは魔本リグ・ウェーダをめくりながら駆け出す。


<……ただ見ていることしか出来ないなんて思われたくないんだ。あなた達を──守って見せるよ>







+DeadorAlive+