Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第6章+大海の不死鳥伝説

第67話 フェザーカーライト





ジハードの放った魔法は、白く淡い色に輝いて辺りを優しく包み込む。


目を閉じているとどこか懐かしいような、暖かいような。そんな感じのする光であった。
砕かれた水晶の欠片に反射して、光は倒れているティエル達、そして魚人兵士達を照らし出す。

あまりの眩しさに、海王カリュブディスは思わず両目を閉じてしまった。




(なんだろう……この光。ねえ、そこにいるのはおばあさまなの? わたしを迎えに来てくれたの……?)

光の中、かすかに差し伸べられた手を見たティエルは、無意識のうちに手を伸ばす。
今まで真っ暗闇であった自分の意識に、突如一筋の光が見えたのだ。



……そこでティエルは目を開いた。


目の前には、自分を心配そうに覗きこんでいる白髪の少年の姿が見える。
先ほどまで千切れそうなほど痛かった身体の痛みも、今は何も感じない。むしろ楽なほどだ。

カリュブディスの暴走に巻き込まれ、確実に瀕死の状態であった魚人兵士達の傷も完治している。
彼らは一体何が起こったのか理解できずに、ただ首を捻るだけであった。



「あれっ? わたし、傷……治ってる」
ぺたぺたと自分の頬に何回か触れたティエルは、それからジハードに顔を向ける。

「全部ジハードが? あなたが、助けてくれたの……?」



<あなた達が奇跡の力をくれたんだ。あなた達を助けたくて、気がついたらそればかり考えていて>

それから彼は微笑みを浮かべた。
男性にも女性にも、誰にも決して浮かべることのできない柔らかな笑顔。


けれど見ていると、どこか胸が痛くなるような微笑であった。



<ぼくは今まで、一番忘れてはならないことを忘れていたんだ。でも、今やっと思い出した。
……散々悩んだりもしたけど、結局ぼくは人間ってやつが好きだったんだ>



「あのね、わたし」

彼に差し出された手を、すり抜けるとは理解していても、それでもティエルは掴もうと手を差し出した。
しかしティエルの手が届く瞬間。おぼろげであった彼の姿は、まるで霧のように掻き消えてしまう。


「……ジハード……?」
行くあてのなくなった手を見つめ、ティエルは理解できずに大きな瞳を瞬いた。




「クックク……馬鹿な奴だ。魂魄の状態であの魔法を使えば、力を使い果たすことぐらい知っておろうに。
まさに自分の命をかけてお前達を救ったんだろうが……残念だったな、お前らはここで殺される運命だ」

ゆっくりと歩き始めたカリュブディスは、桃色に輝くこぶし大の石の前で立ち止まる。
石化されたジハードの本体は、恐らくこの封魔石の中に封じ込められていたのだろう。

「すぐに奴と同じ場所へ送ってやる」




「……力を使い果たすと知っていて、ワシらを?」
負った全ての怪我が跡形もなくなった腕を見つめ、サキョウが苦しげに呟いた。

「ワシらが一体何のためにカリュブディスと戦っていると思っているのだ……」


「まったく、手助けは要らんと言ったのに」
立ち上がったクウォーツは頬の黒いススを拭いながら、はき捨てるようにして言う。




──嘘だ。

せっかくここまできて、わたし達の前から姿を消してしまうの?
……一緒にここ出ようって言ったじゃない……!!



「いやだぁぁっ!! お願いだから戻ってきてよ、ジハードっ……!!!」
やり場のない怒りを胸に抱えたまま立ち上がったティエルが見たものは、封魔石に縋っている海王の姿。




「さて、お祈りは済んだかね? 仲良く一緒にあの世に送ってやろう、この封魔石の力でな!!」

声高らかに笑い声を上げたカリュブディスは、長い触手を台座の上の封魔石に絡み付けた。
遠目からでも封魔石から滲み出る強大な魔力が、白い炎となって取り巻いているのが分かる。


「ぬうううぅん!!」



カリュブディスの魔力と封魔石の魔力が、段々と一つになって膨れ上がっていった。
桃色に輝く封魔石は、やがてカリュブディスの胴体付近に深々と埋め込まれていく。

「感謝するんだな。お前らごとき雑魚共に、強大なる封魔石の力を使ってやるのだから!」




『ザコかどうかは分からないだろう!!』
クウォーツ、サキョウの声が重なり、地面を蹴ってカリュブディスに向かって行く。


「バカめ、パワーアップした電撃で炭クズにしてやるわ! くらえサンダーレイジ!!」

海王の身体から放射状にして稲妻が迸ったが、まるで弾かれたようにサキョウ達には通用しない。
これには流石に驚いたのか、カリュブディスはぎょっとして彼らを見やった。


──薄い光の結界。
ジハードが渾身の力を込めて放った魔法は、彼が消え去った後でも彼らを完全に保護していた。




「……よそ見はよろしくなくてよ!」
詠唱を完了させ、不敵な笑みを浮かべたリアンは愛用の杖メイジマッシャーを振り下ろす。

「内腑煮たぎり、魂燃え尽くす、冥府に潜む者達集いて灼熱の火炎となれ……メギドフレア!!」



「うわっ、畜生、封魔石よオレを守れ!」
自分に向かってきた火柱を封魔石で慌てて跳ね返した海王の瞳には、サキョウの姿。

「海王カリュブディス、貴様のやり方は気に食わん……外道、滅せよ!!」



「人間共め、ゴミのようなお前らにこの海王が負けるはずなかろう! 死ぬのはお前達だよ……!!」

振り下ろされたサキョウの鋼の拳を片手で軽々と受け止めたのだが、
体力を完全に回復した彼の拳に、カリュブディスの腕は耐え切れずに悲鳴を上げる。

「なっ!? そんな馬鹿な……このままではオレの計画が台無しだ! ジハードを我が物にし、
陸へ進出して人間共を支配下に入れ……オレは覇王となるはずだったのに……!!」




「聞いてもいないのにペラペラと自分の計画を話すとは、まるで三流ザコの最期のようであるな」
妖刀幻夢を手にしたクウォーツは、その彫刻のように秀麗な顔に皮肉った笑みを浮かべた。

「一つ忠告してやろう……貴様には、美学が足りん」
ヒュッと風を切る音と共に、カリュブディスの右腕は見事に宙を舞う。




「馬鹿なっ……オレの腕がこんなザコに! いいだろう、オレの全ての力でお前らを葬ってやるぅぁ!!」

飛ばされた右腕を呆然と見つめていたカリュブディスは、怒りのあまり口から血泡を吹いて叫んだ。
周囲の気が膨れ上がり、カリュブディスの胸に埋め込まれた封魔石は一層激しく光を増す。



先程までジハードの立っていた場所に立ち尽くしていたティエルは、その声でようやく顔を上げた。

「……あんたなんか倒したって、何にもなんないけど……」
転がっていた竜鱗の剣を手繰り寄せ、強く握り締める。


「でも、封魔石だけはこの手で破壊する。……絶対に!!」
うなり声を上げたティエルは、周囲に風の粒子を帯びながら地面を蹴り上げて駆け出した。







+DeadorAlive+