Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第6章+大海の不死鳥伝説

第68話 大海の不死鳥伝説





「封魔石を破壊する? 正気か小娘、よかろう……我が魔力の餌食となれ!!」
太い触手を蠢かし、カリュブディスはそれでも余裕の表情で彼女に向き直る。



……こんな人間が、自分に勝てるはずがない。
たとえ不死鳥の加護を受けていようとも、自分は封魔石の力を引き出すことができるのだ。


そうだな……この人間達を殺した後は、死体を酒のつまみにして新しいボトルでも開けるとするか。
あれはまだあったかな? 貯蔵庫に数本あったはずだが。

ジハードめ、人間などに加担して愚かな奴だ。
……オレと共に覇道を進んでいれば、こんなことにはならなかったのに。



何故だ? 何故、こんなザコ共に心を許したのだ……ジハード……。




──この時。
海王カリュブディスは、自分の胸に埋め込まれた封魔石に深々と突き刺さる剣に気がついた。

目の前には、唇を噛み締めて剣を握る少女の顔。
あちこちから血が出ているのは、自分の触手の攻撃を受けたからなのだろうか。



「……なぇ……ぁ……?」


海王カリュブディスとあろう者が、随分と情けない声を発してしまったものだ。
普通の剣では、封魔石に傷一つだってつける事はできないはずだった。

次の瞬間自分の口から生暖かい液体が溢れ出し、少女は深々と突き刺した剣を引き抜く。




(血……? このオレが、情けなく口から血を吐き出しているのか……?)

胸の封魔石は中央にぽっかりと穴が開いており、次第に全体へとヒビが伝わっていった。
そして、カリュブディスごと封魔石は一気に弾け飛んだ。


ティエルはその瞬間爆風に押されて、倒れこむようにして地に転がっていった。















やがて爆風もおさまり、静かに開いたティエルの瞳にキラキラと光るものが映った。
水晶と、封魔石の細かい破片。


「きれい……まるで、虹の雨だね」


光に反射して、それは虹色の雨となってティエル達に降り注いでいく。
剣を突き立てて立ち上がったティエルは光の破片をすくい上げようと、そっと手を差し出した。

しかし細かい砂の欠片は、ティエルの手に触れると同時に雪のように溶けて消えてしまう。




「……普通、そんな剣じゃ封魔石に傷をつける事さえもできないんですのよ」

カリュブディスが立っていた場所に落ちていた大きな欠片を手に取ると、リアンがティエルを振り返る。
仲間達は皆、かすり傷一つないようだ。



「想いは時折、どんなものよりも強い力となるのだ」
地面に転がる水晶の岩を身軽に避けながら歩くクウォーツの隣で、サキョウが低く呟いた。


「けれど……カリュブディスを、封魔石を破壊しても……彼は……」
リアンの拾った封魔石の欠片からは次第に薄桃色の色が抜けていき、ただの硝子の欠片となる。




《本来であったならば、ぼくは人間達の頼みなど聞かないのだからね》

《正直言ってしまえば、欲深いだけの人間なんて信用できなかったんだ。いつもそうだった。
……今回だって、あなた達は口だけだろうって思っていた》


《……散々悩んだりもしたけど、結局ぼくは人間ってやつが好きだったんだ》




「せっかく封魔石壊したんだよ!? あんなに自由になりたがっていたじゃない!!」
唇を噛み締め、思わず溢れ出てしまった涙を拭いながらティエルが叫んだ。


「……あなたがいなくちゃ……全然意味なんかないじゃない……」




「……ぼくだって、あなた達がいたから」
──え?


「失望していたこの世界が、人間達が……鮮やかに色付いて見えてきて」



「うそ……」
「こんな、まさか。信じられん……」

リアンとクウォーツの唖然とした呟きに、ティエルはゆっくりと。静かに背後を振り返る。




そこには透き通るような白髪とスカイブルーの瞳を持った少年が微笑んでいた。
今までおぼろげに霞んで見えた彼の姿は、今でははっきりと見える。

頭に直接ぼんやりと語りかけてくるようだった声も、ちゃんとこの耳で聞くことができる。
──間違いなく彼は。ここに、いるのだ。



「あなた達のおかげで、ぼくは自分のやるべきことを思い出したんだ。
……誰かを守ること、癒してあげること。それがぼくの役目。馬鹿だね、こんなことも忘れていたなんて」

そう言って、ジハードは柔らかく笑みを浮かべて首を傾げた。



「本当に生きてますわ! えーっ、やだすごい……ちゃんと触れますわよっ!」

ジハードに近づいていったリアンは、驚きの声を上げながらぺたぺたと彼の顔や腕に触れる。
この感触は夢や幻ではない。




「ほんとに……ジハードなの……?」
手に握っていた竜鱗の剣をカランと落とし、ティエルはフラフラとした足取りで歩み寄って行く。

「ほんとに、ほんとなの?」


「やだなあ、こんな天使のスマイルを前にして、他に誰に見えるっていうんだい」
目の前で歩みを止めたティエルに、ジハードは苦笑しながら肩をすくめて見せた。

「勿論、ぼくだって駄目だと思ったよ。命と引き換えにあなた達を助けることになるだろうって思ってた。
魂魄の状態で全ての魔力を使い果たしてしまったら、ほぼ死と同じことなんだ」


それからジハードはティエルにクルリと背を向けると、聞き取れないような小さな声で言った。




「……生まれて初めて、こんなにも強く生きたいって思ったよ。絶望していた世界だったのに。
生き続けたいって思ったよ。けど……もう駄目だって思ったとき、声が、あなたの声が聞こえたんだ」



『いやだぁぁっ!! お願いだから戻ってきてよ、ジハードっ……!!!』


その渾身の思いを込めたティエルの叫び声が、自分に届いたのだ。
薄れ行く意識の中で、それだけがはっきりと聞こえたのだ。



「想いは時には奇跡を起こす。諦めていては、起こる奇跡も起こらぬしな」
「なんにしても、本当に良かったですわ!」

そう言って、サキョウとリアンはニッコリと笑って顔を見合わせる。



「フッ……別に私は貴様のためではなく、ただ腕慣らしでカリュブディスとやらと戦っただけだ。
こいつらのようなお人好し連中と私を一緒にするなよ」

「へえぇ。結構本気でカリュブディスに対して怒っていたように見えたのは、私の気のせいかしら?」
「……とうとう目まで使い物にならなくなったようだな」


「ん? 目までってのは一体どういう意味なんですの! 素直じゃないですわ、このひねくれヴァンパイア!」




背後で繰り広げられるケンカを眺めたティエルとジハードは、顔を見合わせて苦笑する。

「……あなたは封魔石が必要だったのだろう? ぼくのために破壊させてしまって申し訳ないね」
それからジハードはティエルに向かってどこか異国風の礼をしながら、胸に手を当て静かに顔を上げる。


「ぼくの力は、ほんの些細なものだけれど。それでも……──ぼくは、あなたの翼になろう」




「じゃあ、じゃあ……一緒に行ってくれるんだ、ジハード!」

思わずジハードに飛び付いたティエルは、背に手を回してギュッとしがみつく。
一瞬だけ面食らったような表情をしていたジハードだったが、やがてこぼれる様な笑みを浮かべた。


「……ぼくはあまり胸を張れるほど強くはないけど、精一杯ぼくなりにあなた達を……あなたを守りたい」




「また変なのが一人増えましたわね。まぁ、一人や二人増えても変わりありませんけど」
くるくると長い巻き毛を指に絡めながらリアンは、戦いによって乱れた髪を整え始めた。


「……一応貴様は、自分が変だという自覚はあるのだな」

クウォーツは目を細めて妖刀幻夢を鞘に収めると、コートについた水晶の欠片を叩き落とす。
隣でリアンが不機嫌そうに頬を思い切り膨らませているが、それ以上何も言わなかった。




周囲にはジハードの魔力によって生き残った魚人達がいたのだが、ただこちらを見ているだけである。
攻撃をしてこないところを見ると、一応彼に対する恩を感じているのかもしれない。


「それじゃあ、帰ろ」
転がっている竜鱗の剣を拾ったティエルは、擦りむいた膝をこするとニッコリとジハードを振り返った。


「……地上へ!」







+DeadorAlive+