Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第6章+大海の不死鳥伝説

第70話 戦い終わって-2-





「そんじゃ、ジハードの封印がめでたく解けたのと……みんなの無事を祈ってかんぱーい!」



「いやだ、このワイン味がぼやけてますわ。ついでだから、そっちのボトルも開けちゃいましょ」
白ワインの注がれたグラスを片手にご機嫌な様子のリアンが、向かいの瓶に手を伸ばす。

「やっぱり、私の故郷のワインが一番美味しいですわねえ。他のが飲めなくなっちゃいますわよ」



「……リアンの故郷?」

こちらはオレンジジュースを手にしたティエル。
彼女も酒を飲みたいとねだったのだが、リアンによって反対されてしまったのだ。


「わたしリアンの話あんまり聞いたことないなー。リアン、あまり自分の事話してくれないでしょう?」



「イヤですわねぇ、これだからお子様ティエルちゃんはぁ。
私がいい女の秘訣を教えて差し上げますわ! 女はちょっとくらいミステリアスの方がいいんですのよ」


「ワシの好みから言わせていただくと、ミステリアスよりも全部丸分かりの女性の方がいいがなぁ」
ふむふむと素直に頷くティエルに、横で聞いていたサキョウは大きなため息をつく。

「あまりにも相手の事が分からないと、却って不安に感じてしまうのだ」



「そうともいいますけれどね。あ、そうですわ。先程船員さんから話を聞いたんですけど、
私達の目指すテーベの港には三日後に着くらしいですわよ」



この部屋は元々一人部屋だったのを無理矢理二人部屋にしたことから、随分と狭苦しい部屋である。

ベッドが二つ、くっ付くようにひしめいて並んでいる。
その部屋に四人もいるので、テーブルからはみ出してしまったジハードはベッドに転がっていた。




「……そういえば、あなた達の目的を聞いていなかったね。封魔石が必要なのかい?」
横になりながら、額の青い呪符にフッと息を吹きかけて口を開く。

「封魔石を探すことはあまりお勧め出来ないけれど。それなりに命の危険も伴う」


「わたしは……仇を討ちたいだけ。自分の国を取り戻したいだけ」
ジハードの言葉にティエルは、飲みかけのジュースを静かにテーブルに置いた。


「大切なおばあさまと友達を殺した……憎いあいつを倒す力が欲しいだけ。ただそれだけなんだ……」




「復讐かい? けれどね、ティエル。
心が黒い復讐心で支配されている状態で封魔石を使ったら、魔に魅入られてしまうかもしれないよ」

だらしなくベッドに寝転がってはいるが、ジハードの声は重い響きを含んでいる。
顔を上げたティエルは、そんなジハードの大空を連想させる水色の瞳を見つめた。


けれど、もう後には引けないのだ。封魔石を手に入れ、仇を取る。それがティエルの全てなのだ。




「……ごめん、あなたを責めているわけじゃないんだ。ぼくとしては、そうなる事をできれば避けたいから」
ゆっくりと身を起こしたジハードは、ボサボサになった白い髪を手櫛でとかす。

「その時は、あなたが魔に魅入られないように……しっかり見ててあげるからさ」



「……うん」

ようやくニッコリと明るい笑みを浮かべたティエルは、ジハードに向かって静かに頷いた。
それから、ちびちびと隣でワインを飲んでいるリアンに顔を向ける。

「リアンは封魔石イデアを探しているんだよね。そういえば、何の為に探しているのか聞いてないよ。
……さっきも言ったけど、リアンは全然自分のこと話してくれないじゃない」



「灰色の封魔石イデア? 驚いた、そんなものを探しているなんて。それこそ伝説上の宝石だよ」
目を何回か瞬いたジハードは、上半身だけを起こして口を開いた。

「ワシもリアンの事は興味あるなあ。酒のついでに、いっちょ話してみんか」
ビール片手にすっかりと出来上がってしまい、サキョウは上機嫌である。




「え? あ……わわ、私!?」
三人の視線がいきなり自分に集中したので、リアンはゴホッとむせて咳き込んだ。


「そ、そんな私のことなんか聞いたって面白くないですわよ! それよりジハードが何か話しなさいな」



「ぼくのことはいいじゃないか、今はあなたの話が聞きたいな」
「たまにはいいじゃない、リアン〜。何でもいいから、リアンのこと聞かせてよう」


「わははは! 別に体重を聞いているのではないのだから……ゴフゥッ!!」
「酔っ払いはうるさいでーすわ」

容赦なくサキョウに肘鉄を食らわせたリアンは諦めたのか、下を向いて小さな声で話し始めた。




「……私ね、お父様に会いたいんですの。死んだお父様に、どうしても会いたいんですの」

「えー!? リアンの……お父さん? どんなひとだったの? リアンのお父さんなら、すっごい美男っぽい」
目をぱちくりとさせたティエルは意外そうに声を発すると、リアンに上半身を近づけていく。



「顔は全然覚えてないんですの。けれど……私に精一杯与えてくれた、あの愛情は今でも覚えてる。
優しくて、大らかで、まるで海のように深い愛情を持ったひとでしたわ……」

昔の楽しい記憶を思い出すかのように、リアンは目を閉じて幸せそうに笑った。
そして胸から下げている銀色のロケットペンダントを取り出す。


「この中にはお父様の写真が入ってるから大切にしなさいって、父の形見にお母様から貰ったの。
けど火事の時、金属が溶けてしまって……かつて一度も開いたことがないんですけど」




「顔を全然覚えていないのだろう? そのロケットペンダントを開けば、顔が分かるんじゃないのか?」

大分酔いが回ってきているらしいサキョウが、呂律の回らない口調で言った。
そばに空っぽの酒瓶三本が転がっていることから、彼は全てそれを一人で飲み干したのだろう。


「金属が溶けてくっ付いていようと、何とかしたら開けられるものだぞ」



「……別に開けようとも思いませんわ。そのために封魔石イデアを探しているんですもの」
ロケットを再び首にかけるとリアンはニッコリと笑顔で顔を上げる。

「私の故郷には、『死者の泉』というのがあるんですの。
その泉は、一度だけ願った者の愛する人物を生き返らせてくれるという言い伝えがありますの」



「ふーむ、なるほど。それであなたは、お父さんを生き返らせたいってことだね」
比較的アルコール度の低い果実酒を手に持ったジハードは、そう言いながら首を傾げた。


「その死者の泉と封魔石イデアは一体どんな関係があるんだい?」




「……ご丁寧にも死者の泉は、呪いによって封印されているんですのよ。
だから、呪いを解くといわれているイデアが必要なんですのよ。これで分かってくれました?」

一通り話し終えたリアンはどこか清々しい表情でワイングラスに手を伸ばすが、
目の前でティエルがうるうると瞳を潤ませているのを見ると思わずギョッとする。


「ど、どーしたんですのティエル??」



「ううう……死んだお父さんのために封魔石を探す危険な旅に出るなんて……。
それでも明るいリアンってえらいねえ。健気だねえ。わたし、ちょっと感動したよ」

「やぁだ、そんなことで泣かないで下さいな」


ごしごしと目を擦るティエルに苦笑しつつ、リアンは彼女にハンカチを差し出した。
刺繍の付いたハンカチを受け取って涙を拭いたティエルは、それで鼻もかみ出してしまったのだが。



「わたしがもし男だったら、リアンをお嫁さんにして絶対絶対幸せにしてあげたいくらい感動した……」


「あら、嬉しいですわね。もしもティエルが男でしたら考えてもよくてよ」
よしよしとティエルの頭を優しく撫でてやると、急に表情を変えて呆れたように肩をすくめる。


「……それにしてもクウォーツさんったら、本当にこのまま来ない気なのかしらね? あの冷血男」




「ワシも一応部屋を覗いてみたのだが、姿が見えなかったからなぁ。うわはは、なんか気分がいいぞー」
「ちょっと、お酒の一気飲みは身体によくないよ。酔っ払うと性質が悪いひとだね、まったくもう」

ガハハと豪快な笑い声を発したサキョウは、酒瓶をラッパ飲みし始める。
その隣でやれやれとため息をついたジハードが止めていた。















──暫しの時が過ぎると、次第に皆今日の疲れが出てきたのであろう。
ゴロンと横になると、サキョウはそのままイビキをかき始めた。


寝ている所をいきなり海獣ダゴンに襲撃され、その上海底神殿にて死闘を繰り広げてきたのだ。
……疲れていないはずがない。

ティエルやジハードは既にベッドの上で丸くなり、すやすやと寝息を立てている。




「もーみんな、気持ちよさそうに眠っちゃってぇ」

何故かあまり眠くなくなってしまったリアンは、大きな燭台の明かりを吹き消し、
唯一テーブルの上で小さく燃える明かりを、グラスを傾けながらぼんやりと見つめていた。



「……仕方ないよ、本当に今日彼らは頑張ったのだしね。ぼくは申し訳ない気持ちでいっぱいだよ」
そのリアンの言葉に、完全に眠っていると思われたジハードがうっすらと目を開く。

「元気の出る治癒魔法でもあったら、即行で唱えてあげたいくらいだ」



「そんな都合の良い魔法なんてあるわけないでーすわ……って、あなた起きていたんですの」
ワイングラスに残った最後の一口を飲み干すと、リアンはベッドの方へと顔を向けた。

「それにしても今日はごめんなさいね。せっかくのあなたの歓迎会だったのに、
若干一名の冷血ヴァンパイアの所為で気分悪くさせちゃって」



「別にそんな風に思ってないよ。彼にも、彼なりの事情があるのだろう」
起きているのか寝ているのかはっきりとしない口調で、ボソボソとジハードは言葉を発する。


「……そんな風によく考えられますわね。私頭にきちゃって、そんなこと考えられませんでしたわ」
リアンは空になったグラスをテーブルの上に置くと、最後のワインの栓を抜きにかかった。

「もーほんと……クウォーツさんの心の中がさっぱり見えませんわ」




「……相手のことが見えないのは、見ようとしないからだよ。見えないのなら、見ようとすればいい。
難しいこと考えないで、全ては……それからなんじゃないかな」

心安らぐような穏やかな笑顔を浮かべたジハードは、それから静かに目を閉じる。



「それじゃあ、おやすみ」
──再び部屋に静寂が戻る。



(相手のことが見えないのは、見ようとしないから……か。
……そんなの言われなくても分かってますわよ。分かってる……けど──……)


何か言いたげに唇を尖らせたリアンは頬杖をついて、暫くの間その体勢のままでいた。







+DeadorAlive+