Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第7章+みそらで嗤う道化師

第72話 テーベの港-2-





港を出て大通りへ歩いていくと、夜でも大勢の旅人達が楽しそうに歩いていた。

あちこちの店から色とりどりの 光が溢れており、陽気な笑い声が外にまで聞こえてくる。
船員から聞いた話によると、この町は夜になってから本領を発揮するのだという。


さすがに親子連れは見えず、歩いている者たちは皆冒険者風の格好をしている者が殆どであったが。
ティエルにとってはそのどれもが初めて見るものであり、とても新鮮な気持ちで眺めていた。

このままでは情報収集の事など忘れてしまいそうである。





「夜なのにすごく賑わってるね! 何だかみーんな楽しそう」
グルリと辺りを見渡したティエルは、背後を歩いていたジハードとサキョウを振り返る。

「ええと、情報収集もしなくちゃね。人が多く集まっている場所っていったら……どこかなぁ?」



「ひとが多く集まる場所といえば……無難にレストランとかどうかな」
分厚い魔本リグ・ウェーダを重そうに小脇に抱えながら、ジハードが目を瞬いて口を開いた。


「それか……冒険者達が多く集まる点でいうと、酒場辺りが妥当じゃないかい?」

「酒場はいかん! こんな時間に物騒な場所にいては、ならず者達の格好の餌食になる」
ジハードの言葉にギョッとして、気難しそうに腕を組み直すのはサキョウ。

「あそこはならず者や不良たちが多く集まる場所だ……ってこれ、待たんか!」




「酒場ってどんな所なのかな? 何だか危険な場所と言われると、余計にワクワクするね〜」
「やっぱり自分の足で大地を歩くことはいいね。けれど、人波は歩き慣れないなあ」

サキョウが一人呟いている間にも、二人は勝手にスタスタと酒場の方へと向かっていたのであった。
「揉め事に巻き込まれるかもしれんと言うのに……何かあったら、保護者であるワシが怒られる……」





ティエル達が向かって行ったのは、ここテーベの港で一番大きな酒場である。


開け放たれた窓からは、オレンジ色の光と陽気な笑い声が絶えず洩れてきた。
黒ずんだ古めかしい板の階段を上ると、『Open』と書かれた看板がぶら下がっているのが見える。

ガハハと響く野太い声に、扉の前まで来たティエルは一瞬ビクッとなって後ろを振り返った。



「な、何かドキドキするなぁ……一体どんな人たちがいるんだろうね?」

「二人共、ワシから離れるでないぞ。ここは子供のうろつく場所ではないからな。
もしかしたら町のならず者達に、金品を巻き上げられるかもしれん」

サキョウは胸を反らしてポンと一つ拳を当てると、用心深く辺りを見渡す。



「子供? それはひどいなぁ……一応ぼくは、あなたよりもずっと長く生きているのだけれど」
そんなサキョウの背後で、ジハードが驚いたように目を丸くしてリグ・ヴェーダを両手で抱え込んだ。

「そもそも人を外見で判断するのはよくないよ。
外見なんて人物の本質を見極めるのには、あまりにも不確かな要素であり云々……」



「わ、分かった! お前の言うことも確かに一理ある。
……しかし事実、お前はどう見ても少年にしか見えないのだから一応トラブルを避けるためにも。な!」

くどくどと長くなりそうなジハードの反論に、サキョウは慌てて終止符を打つ。




「……ジハードってさぁ。お説教とか話とか、意味もなくだらだら長くなるタイプでしょ?」
「ぼくは話し始めると止まらなくなるんだ……ってティエル。意味もなくだらだらとは一体どういう……」

「はーいストップ! それじゃ、早速酒場の中に入ろうか」



まだ言い足りなそうなジハードを後目に、ティエルは木製の扉を勢いよく開いた。
その途端、むわっとむせ返るようなタバコの臭いと低く響き渡る野太い笑い声。

様々な国の格好をした冒険者と見られる者たちが、ビールジョッキ片手に卓を囲んでいる。
その間を給仕たちが忙しなく酒を運んでいた。



「ゲホッ、ゲホッ、タ……タバコ臭い……」
白い煙を思い切り吸い込んでしまったジハードは、リグ・ヴェーダで扇ぎながら盛大に咳をする。

「ぼくはデリケートなんだ……こんな場所に長時間いたら、それこそ声が出なくなる」


「とりあえず、座るだけ座っておこうか。ジハードが本格的に気分悪くなったら店出よう?」
「ほ、本格的にってそんな……ぼくを殺す気かい!?」




ひとまずティエルは、あまり人の少ない端の方のテーブルに歩み寄るとそこに腰を下ろした。
サキョウと渋々口と鼻を押さえたジハードもティエルの隣に座る。

それを見計らってか、メモを持った給仕の一人が彼女たちのテーブルに向かって来た。



「よう、あんたら何にするんだい?」
「うーん……あとでリアン達と合流するから、食べ物は頼まない方がいいよねえ」

若い給仕に手渡されたボロボロのメニューを受け取り、ティエルは思案顔でそれを眺めた。



「んじゃ、わたしアイスコーヒーで。サキョウ達は何にする?」
「ワシもそれと同じものを貰おうか」

「烏龍茶はないのかい? 大体、コーヒーなんてハイカラなものは飲めないよ……あ、烏龍茶あるね」




それぞれの注文をメモに書き終えた給仕は、クルリと背を向けて歩き出そうとする。
「ち、ちょーっと待って!」

それをティエルは慌てて止めたので(しかも給仕のエプロンを引っ張ったらしい)、
給仕は危うくひっくり返りそうになってしまう。



「な、何なんだいオネエチャン! 逆ナンパは間に合ってるよ!?」

「ごめんなさい……違うの、ちょっとあなたに聞きたいことがあるんだけど」
エプロンを掴んでいた手を慌てて離すと、ティエルはこそこそと小さな声で口を開いた。


「封魔石の事なんだけどね……灰色の封魔石イデアって知ってる?」



「ふうませきぃ!?」
大げさに驚いた顔をした給仕は、ティエル達に向き直るとメモをテーブルの上に置く。

「あんた達も封魔石を探して大金持ちになりたいってクチかい?
悪いことは言わないからやめときな、命がいくつあっても足りないぜ!」



「……その調子だと何か知ってそうな口振りだね。話だけでも聞かせてくれないかな?」
優しくニッコリと、だが決してノーと言えないような笑みを浮かべてジハードは給仕を覗き込んだ。




「封魔石か……知ってるも何も、ここに集まっている冒険者たちの殆どが封魔石目当てだぜ。
一つ手に入れただけで、一生遊んでも使い切れないくらいの金が手に入るんだからな」

──この給仕も封魔石を求める者達の一人なのであろうか。
まるで子供が将来の夢を話しているかのように瞳が輝いている。

「けど、誰一人としてホンモノを見たことがないんだ。そりゃあそうだよな」




「ううむ……皆が封魔石を狙っているとは気付かなんだ……我々もこうしてはおれん」

「ハハハ、焦りなさんな。大丈夫大丈夫! そんな簡単にホイホイ見つかるような代物じゃないって」
急にそわそわとし始めたサキョウに、給仕は笑いながら肩をすくめて見せた。


「みんな、封魔石の情報を少しでも集めようと走り回っているのさ。大した情報は見つからないけどな。
唯一封魔石に詳しいアリエス博士は、あの通りの変わり者だしなぁ……」



「……アリエス博士?」
何気なく言った給仕の言葉に、ティエルは怪訝そうに顔を上げる。

「そ、知らないのかい? 封魔石研究の第一人者、考古学者アリエス=ファレル博士。
長年封魔石の研究を続けてきただけあって、情報量はハンパじゃないって話だぜ」




「……そんな物知りな博士がいるのなら、何故皆その者に聞かぬのだ?」

「坊さん甘いなぁ……だから言っただろ、アリエス博士はえっらい変わり者だって」
サキョウの言葉に、給仕はチッチッチと指を左右に振って見せた。

「アリエス博士の助手は情報を求めてやって来る旅人達に、一つの試験を出すんだ。
それをクリアしなければ、博士にすら会わせてもらえないんだよ。勿論、今まで合格者ナシ!」



そこまで話したとき、遠くのテーブルから給仕を呼ぶ声が聞こえた。
慌ててその声に顔を上げた彼は、苦笑しながらテーブルの上のメモを取る。


「……ま、そーゆーこと。だから封魔石のことは諦めた方が賢いかもしれないぞ。
ここはいい町だぜ。観光だけでも充分来た甲斐があるってもんだ。それじゃ、オレ仕事に戻るな」

「うん、ありがとう。とても参考になったよ」
去って行く給仕に手を振りながら、ティエルは神妙な顔つきでサキョウ達を振り返った。




「……で、どうする? そう言われて諦めるわたしじゃないんだけど」

「その考古学者とやらを訪ねてみるのもいいかもね……これは思わぬ情報だよ」
「うむ、そうであるな。その試験とやらに合格すれば、博士と話ができるかもしれん」



「オッケー、じゃあ情報収集終わり! これから集合時間まで、町の見物でもしましょうか」
ジハードとサキョウの顔を順繰りに眺めると、ティエルは嬉しそうに両手を叩いて笑った。







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