Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第7章+みそらで嗤う道化師

第73話 R o m a n c e





「ちょっと! あなた女の子の歩幅に合わせて歩いてやるとか、そんな優しさすらないんですの!?」



洒落た造りのオレンジ色の魔法街灯が灯る街道で、この場に似つかわしくない怒鳴り声が響く。
通りを歩いていた旅人や恋人達は、一体何の騒ぎかと眉をしかめて振り返る。

レンガの道を機嫌が悪そうに足音を響かせて歩くのは、無論赤い瞳のリアンであった。
そんな彼女の前方、うんざりとした表情で両手をポケットに突っ込んで立ち止まるのはクウォーツ。




「……本っ当に口うるさい奴だな。貴様、口から先に生まれてきたとしか思えん」
クウォーツは長い前髪をかき上げ、苛々したようにコツコツと靴の踵を踏み鳴らした。

「いっその事、私達は別行動を取った方がいいんじゃないのか?」



「あーもう、望むところですわよっ。……こっちだってあなたの所為で、
情報収集も楽しみにしていた町見物もなーんにもできなかったんですから。最低ですわ!」

ようやくクウォーツの元まで辿り着いたリアンは、体力が少ない為にゼエゼエと肩で息をしている。


彼女の言うとおり、先ほどからクウォーツに追いつくために町見物どころではなかったのだ。
彼が進んで自分から情報収集することなどあり得ず、未だ何もしていないのが現状である。




「ふん、悪かったな。私だって貴様の所為で時間を無意味に過ごしてしまったよ」

「あらそう、なら珍しく二人一致で決まりですわね。今から別行動することにいたしましょ。
……って、もう歩き始めてるしー!? ふんっ、いーっだ。どこにでも行きなさいよ!」


リアンの言葉を待たずにスタスタと背を向けて歩いていくクウォーツに、彼女は一瞬呆然とするが。
やがて彼に向けて舌を出すと、リアンは頬を膨らませながら彼とは反対方向へと歩いて行く。




「ん……?」
数歩進んだところでクウォーツはリアンを振り返って見るが、彼女の行く先を眺めて首を傾げる。

「……あの方向は娼婦街じゃないか。あいつ、自分がどこに向かってるのか分かっているのか?」















「あーもう! 信じられませんわ、あの男サイッテー! キザ! 薄情! 過剰ナルシスト!!」

せっかくの可憐な顔立ちも苦虫を噛み潰したような表情で台無しのまま、
リアンはドカドカと足音を立てながら歩いていた。


「きっと、あいつの心はカッチカチの氷で出来ているんでーすわ。そうに決まってますわ!」




暫く怒りに任せて無茶苦茶に進んでいたリアンだったが、やがてトボトボと力なく歩き出す。
そして悔し紛れに足元に転がっていた大きな石ころを蹴飛ばした。

……しかし、運悪くそれは足の小指に当たってしまう。


「いっ……たー!! 最悪……これもどれもみんなクウォーツさんが悪いんですのよ……」
あまりの痛さに涙を浮かべて地団太を踏んでいたが、肩を落として立ち止まる。


「……そこまで私を嫌わなくてもいいのに。ケンカしたくて、話しかけているんじゃないのに。
もう無理……あなたのこと、何一つ分からない」




「よう、姉ちゃん。こんな時間に一人で出歩くなんて危ねぇぜー」

「それにそんな薄着でさぁ。誘っているとしか思われないっての。それともどっかの店の娘?」
「ヒマしてんならオレ達と遊ぼうぜー」



「……!」

気がつくと、薄ら笑いを浮かべた柄の悪そうな男達3、4人に囲まれていた。
彼らが真っ当な職に就いていない事くらいリアンにも一目で分かる。

改めて辺りを見渡してみれば、今までのお洒落な雰囲気の町並みとはどこか違う。


先程までの通行人は旅人達が殆どであったのだが、それがガラッと変わっている。
立ち並ぶ店々も、いかがわしいピンク色の街灯輝く店ばかりであった。


怒りに身を任せて歩いているうちに、どうやら治安の悪い場所へと迷い込んでしまったようである。




「あら。この私に声をかけるなんて、恐れ多い連中ですわね。私、そんなにお安くなくてよ?」

丁度機嫌の悪かったリアンは髪を払いのけると、冷めた目つきで男達をジロリと眺めた。
そんな彼女の顔を目にした彼らは一瞬顔を見合わせ、それから下卑た笑みを浮かべる。


「へえぇ……驚いた。こりゃ滅多にお目にかかれない上玉だな」
「売り飛ばしたら結構な金になるんじゃねぇか? その前に、たっぷりと遊ばせてもらおうかな!」



「あーやだやだ、思い切り私の嫌いなタイプですわ。遊ばせていただくのはこちらの方でしてよ。
私、今ちょっと機嫌が悪いんでーすの。あなた達運が悪かったですわねぇ」

小ばかにした口調でリアンは言葉を発すると、ニヤリと唇の端を持ち上げた。



「怪我したくないのなら、早急にここを去ることですわ」

「な、なんだとぉ!? この女、ちょっと可愛いからって調子に乗りやがって……!」
「いいからオレ達と来いよ!」

リアンの挑発に乗ってしまった男達は、怒りをあらわにして一斉に向かってきた。



「……ご安心なさいな、手加減しといてやりますわよ」
そしてリアンは愛用のロッドをくるくると振り回すと、ピタリと止めて男達に向ける。

「天空を舞う烈風を真空に変え、標的を切り刻め……ウインドカッター!!」
スパァァァァン、という激しい音と共に真空の刃が彼らに向かっていった。



「うわわわ、何だコイツ魔法使いやがった!?」

「ふせろ、ふせろー!」
「オ……オレの腕に傷をつけやがったな……おい、口を塞いじまえ!」



ぱっくりと裂けてしまった腕を震えながら見つめ、男は怒りに燃えた目でリアンを指さす。
その言葉にハッと彼女は身構え、次なる呪文を唱えようとする──が。


「なっ、何する……ん!? んんーっ!!」

音もなく背後に忍び寄ってきた男の一人に、口を塞がれてしまったのだ。
こうなっては自慢の魔法を唱えることも出来ない。




「散々手こずらせやがって……おい、この女早くホテルに連れ込んじまおうぜ!」
「んー! んんーっ!!」

太く毛深い腕に掴まれたリアンは力任せに暴れてみるが、彼女ではびくともしない。
さすがにこれはまずい状況だと彼女が自覚し始めた時……背後から低い声が響いてきた。




「……調子に乗るのはそれくらいにしておけ。悪いが、そいつは私の連れなんでね」



「なっ!?」
「誰だテメエは!」

振り返って見ると、そこには先ほど別れたはずのクウォーツが腕を組んで立っていた。




「まったく……相手を挑発するなど、自業自得としか言いようがない。貴様は本物の阿呆か?」
「なんですって!? 助けに来たなら来たって素直に言いなさいよ!」


「な、なんだァ? この男……ゲッ、青い髪じゃねーか」

「オイにーちゃん、ナイト気取りもいいけどよ……オレ達に勝てると思っているのかい?
その綺麗な顔がボコボコになりたくねェなら、とっとと視界から消えな」



確かに贔屓目に見ても、華奢な体格のクウォーツが力勝負で勝てるとは思えない。
だからといっても妖刀幻夢で斬り殺すわけにもいかないだろう。

本当に大丈夫かしら、とリアンは不安げに眉をしかめながら彼と男達を交互に見比べた。




「私が珍しく比較的穏やかに言っているのだが、やはり無駄か。……しかし相手をするのも面倒だな」
軽く溜息のようなものをついたクウォーツは、気怠そうに長い前髪をかき上げる。

「これが最後の忠告だ。この女に用があるのなら、全て私経由でお願いしたい。……で、用件は?」



ツカツカと彼は前に進み出ると、リアンの腕を掴んでいる男の顔を覗き込む。
決して逸らすことが許されぬ、吸い込まれるような妖しいアイスブルーの瞳。

この世のものとは思えないクウォーツの美貌に元々気後れしていた男達だったので、
覗き込まれた男は、ひゃぁ、と小さな悲鳴を上げて後ずさりをしてしまった。



「いや、その……可愛いカノジョを夜一人で歩かせるのは良くないってね!
なぁんだ、ここ、こんなカッコイイ彼氏がいんなら早く言ってくれよー……ハハハ……」

彼の凍りついた瞳に見つめられ、男達は愛想笑いを浮かべて一目散に逃げていってしまった。




「……肝に銘じておくことにしよう」
クウォーツは男達の背に向かって肩をすくめて見せたが、やがて座り込んでいるリアンを振り返る。

「貴様、一体何をやっているんだ? ここがどんな場所ぐらいか分かるだろう?」



「大体あなたが別行動しようって言い出したからじゃないですの!」
力が抜けたように座り込んだまま、リアンは立とうともしないでギロリとクウォーツを睨みつけた。

「それに助ける時だって一言余計ですのよ、何で素直に助けることくらいできないんですの?
本当にあなたのことが分からないですわ。私のことが嫌いなくせに……助けてくれますし……」



「フッ、素直じゃないのは性格でね。……貴様こそ、素直に黙って助けられることくらいできんのか?」
無表情で額にかかった青い前髪を払いのけると、クウォーツは背を向けて歩き始める。


「こんな場所にいれば、また物好きな奴らが寄ってくるかもしれん。早々に去るぞ」
「物好き!? ホントに失礼ですわねこの男! いつかその憎たらしい口を塞いでやりたいですわ」




……と。口だけは威勢がいいが、依然リアンは座り込んだままである。
さすがにおかしいと思ったクウォーツは立ち止まって腰をかがめた。



「何やってるんだ?」

「あーら、見て分からないのかしら? さっきの騒ぎで、足首捻ったんですのよ!」
言われてみれば、彼女の右足首が心なしか腫れ上がっているようにも見える。



「幸いティエル達との待ち合わせ時間まであと少しだ……さっさと戻って治療してもらうんだな」
暫く考え込んでいたクウォーツだったが、やがて右手を彼女に差し出した。

「……ほら、行くぞ」




「あーあ……結局何もできなかったですわ。それにからまれるし、足は捻るし……今日は厄日ですわ」
リアンは納得いかない表情で渋々と彼の手を掴んで立ち上がると、大きくため息をつく。

「私、クウォーツさんといると何故か調子が狂うんですのよ」



「それはどうも」

振り向きもしないでクウォーツが言った。
今度はリアンの歩調に合わせて彼はゆっくりと歩いてやっている。




「まあ不本意ながら一応助けていただいたのですから、言うべきことは言っておきますわ。
……その……えっと、あの……うぅ、んーと……」



「はあ? 全然聞こえんぞ、もっとはっきりと言え」


なかなかその先を続けようとせず、迷ったように口の中で小さく呟いているリアンに、
クウォーツは思わず振り返って眉をしかめた。

その言葉にムッとした表情を浮かべたリアンだったが、やがて意を決したのか静かに口を開く。




「助けてくれて……ありがとう。……ほんのちょっとだけ、嬉しかった……」


顔を上げ、出会ってから初めてクウォーツに対し、満面の笑顔を浮かべながらリアンがそう言ったのだ。
普段どこか突っ張ったような表情の彼女からは、想像もつかぬほど眩しい笑顔であった。


そんなリアンの笑顔にクウォーツは思わず言葉を失ってしまい、暫く呆然と彼女を見つめていた。
……しかし。



「礼だけは受け取っておいてやる」
そんな驚いた表情もつかの間で、すぐに普段どおりの冷淡な顔に戻る。


「……それと、いいかげんクウォーツ『さん』はやめてくれ。どうも貴様にそう呼ばれると、むず痒くなる」




「えっ? わ……分かりましたわ、クウォーツさ……クウォーツ」

意外なクウォーツの言葉に、リアンは思わず目を瞬いた。
だがそんな表情をしてしまった自分が悔しかったのか、慌ててそっぽを向いて口を開く。


「そ、そういえば、さっきの『私経由』って言い方は一体何なんでーすの?
あまりにもそれがキザったらしくて、私鳥肌が立ちそうだったんですけど。と言いますか立ちましたわ」

「うるさい。大体貴様がそんな無駄に肌を露出した格好をして、
変な場所をふらふら歩いているから厄介なことになるんだ。そこを分かっているのか?」


そう言うとクウォーツは、露出度の高いリアンの服装を眉をしかめてジロジロと見る。




「私としては、はっきり言って見たくもないものを無理矢理に見せられている気分だがね」

「目の保養と言って下さる? まぁ、女性に興味がないらしいあなたには分からないかしら?
女の子に全然モテないからといっても、お願いですから男には走らないで下さいね」

やれやれとリアンは両肩をすくめると、溜息と共に口を開いた。



「それにあなただってカビ臭いコートと、そのださい服装をどうにかしなさいな」

「……少しは黙れ、露出狂」
「なんですってぇ!? もう一度言ってみなさいよ、この根暗ヴァンパイアー!!」



賑やかな夜の街に、再び言い争いをするリアンとクウォーツの声が止むことなく響き渡っていった。







+DeadorAlive+