| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第7章+みそらで嗤う道化師 第75話 緑のローブを着た青年 考古学者アリエスの元へ向かうため、酒場の給仕に教えられた通り港町テーベを出て西に進んで数時間。 道端には草木が申し訳程度に生えていたが、砂埃にまみれて茶色く変色してしまっている。 お洒落であった舗装されたレンガの道のりは町を出たところで止まっており、 それからは延々と砂埃のひどい荒野が続いているだけであった。 もちろん、道は舗装などされてはおらず。 鋭い石がゴロゴロと転がっている状態で、お世辞にも道とは呼べる代物ではない。 最初のうちは馬車の車輪の跡なども見受けられたのだが、やがてそれも見受けられなくなってしまった。 よほどの物好きでないかぎり、このような辺鄙な場所には足を踏み入れないということなのだろう。 空は雲に覆われており、どんよりとくすんだ重い色合いを発している。 酒場の給仕は『真っ直ぐに西に進めば辿り着く、としか言いようがない』としか説明しなかった。 言ってみれば、それは正確なアリエスの居場所を誰も知らないということだ。 特に涼しくも暑くも感じないが、砂を含んだ風が時折吹き付ける。 周囲にはゴツゴツとした大きな岩が、乾いた大地から存在感を誇示するかの様に突き出ていた。 一面、緑のない肌色の大地である。 本当にこんな場所に、かの有名な考古学者が住んでいるのだろうか? ……と。 砂埃を避けて口を押さえたティエルは、そろそろ本格的に不安になり始めてくる。 隣を歩いているリアンは、埃っぽくなった髪を気にしながら毛先を摘まんで眺めていた。 この分では、音を上げるのも時間の問題である。 そのすぐ後ろでは何やら不気味な鼻歌を口ずさんでいるサキョウと、 器用にも歩きながら分厚い本を読んでいるジハード。時折眠そうにあくびをしている。 それから数歩離れた最後尾には、砂埃をかぶったコートを神経質そうに叩きながら歩くクウォーツ。 「ね……ねえ、ちょっとここら辺で一休みしない? わたし、もう足がクタクタで歩けない……」 ピタリと足を止めたティエルは、心底疲れたような表情で引き攣っている腿を叩く。 普通の歩きやすい道ならばともかく、ここは石ころなど障害物が多くて非常に歩きにくい。 その分余計に体力を消耗してしまうのだろう。 「あらら。ティエルったら、このくらいでだらしないですわねー。 ……と言いたい所なんですけど、私サンダルの中に砂が入って滅茶苦茶痛いんですのよ……」 今まで涼しい顔をして歩いていたリアンだったが、急に泣きそうな表情になって岩に腰掛ける。 なるほど、言われてみればサンダルの中に細かい石が入り込んでいるようだ。 「……だからこんな所をサンダルで歩くのやめなよって言ったのに」 「私、スニーカーとか嫌いなんですのよ。うわ、こんなに石が入ってましたわ」 しげしげと覗き込むティエルに、リアンは慌てて言い訳をするとサンダルを脱いで逆さにする。 「それで、その考古学者の家には一体いつ着くんでーすの?」 「一応西に真っ直ぐ歩いてきたから、もうすぐなんじゃないかなぁ。えへへへ」 頭を掻きながら緊迫感の全くない笑顔を浮かべるティエルに、一同は重く溜息をついた。 「そんな行き当たりばったりの旅を続けていたら、お前……いつか行き倒れるぞ」 呆れともつかない声を発したクウォーツは、両手をポケットに突っ込んだまま身軽に岩に飛び乗る。 そして、目を細めて辺りを見渡した。 「……安心しろ、1.5キロほど先に巨大なテントが見えた。それが目的の場所かは知らんがな」 「本当クウォーツ!? やったー、わたし道を間違ってなかったんだ! 実はちょっと心配だったんだけど」 彼の言葉に飛び上がって全身で喜びを表現したティエルは、ケロリと恐ろしいことを口走る。 「……あなた達はいつも、こんな無計画な旅を続けていたのかい? ううう、先が思いやられるよ……」 読んでいた本をパタムと閉じると、ジハードは落胆しながら口を開いたのだった。 ・ ・ ・ 数十分後。 西に向かって歩き続けていると、クウォーツの言うとおり確かに白茶けたテントが見えてくる。 まるでサーカスのテントかと疑うような巨大なもので、一端の民家くらいの大きさである。 そのテントの周囲にはまるで囲むように、にょっきりと巨大生物の骨が突き出ていた。 ここがアリエスの家かな、とティエルが首を傾げた時。 カーンカーンと小気味のよい乾いた音が、辺りに絶え間なく鳴り響いていることに気がついた。 音のする方に目を向けてみると、茶色の髪をした若者が発掘作業をしているのが見える。 ティエルは意を決すると、トコトコとその若者の方へと歩み寄って行った。 「……あのう、ここって考古学者アリエスさんの家ですよね?」 「……へ?」 そのティエルの言葉に、若者は初めて気がついたかの様に驚いた表情で顔を上げる。 青年と少年の中間のような、幼さの残る大きな瞳。その色は透き通るような若葉色である。 砂で汚れた緑のローブに身を包み、傍らには同じく緑色のひしゃげた帽子が置かれていた。 特に整った顔立ちではないが、それほど醜い顔立ちというわけでもなく。 どこにでもいるような青年である。そして、どこか人懐っこさを感じさせられる。 「嬢ちゃん、アリエス先生に何かご用かい? 残念だけど、勧誘なら間に合ってるよ」 乱暴に切り揃えられた濃い茶色の髪を撫でつけると、青年は道具を置いて立ち上がった。 「あーでも、月2000リンくらいなら新聞取ってもいいかな。特典とかないの? 洗剤とかさ」 「あ……あの、わたし新聞の勧誘じゃないんですけど」 なにやら勝手に勘違いされてしまっているようなので、ティエルは慌てて両手を振る。 「わたし達、アリエス博士にご用があるんだけど。中にいらっしゃる??」 「なぁんだ、嬢ちゃん達も封魔石を狙っている冒険者のクチかい」 興味がなさそうに溜息をついた青年は、足元の道具を掴むと再び作業を始めた。 「悪いけど先生は多忙なんだ。なんてったって、あの大国ゾルディスから仕事を依頼されてるんでね。 いちいち冒険者たちの道楽に付き合ってられないよ」 「ゾルディス? あの、誰も姿を見たことがないと言われる女王、リダ=クイーンが治める国か?」 青年の言葉に、サキョウは目を見開いて首を捻る。 「驚いたな……あの悪名高い氷の王国から仕事を依頼されているなんて」 「……だろ? だから、あんた達の相手をしている暇なんてないってわけ。分かったならとっとと帰んな」 カーンカーンとハンマーを振り下ろして発掘作業を続けながら、青年は面倒くさそうに口を開いた。 もう早く帰れ、という雰囲気が態度から滲み出ている。 「面倒くさいな、命が惜しくば考古学者とやらに会わせろ」 「ちょ、ちょっと刃物はしまってよ。平和的に話し合いを……?? あれ、あなたどこかで……?」 しょぼんとしているティエルを見かねて刀を半分抜いたクウォーツを止め、ジハードが前に進み出た。 だが言葉の途中でしげしげと青年の顔を覗き込むジハードに、一同は一体どうしたのかと首を傾げるが。 やがてジハードは苦笑しながら頭を下げる。 「すまない、あなたとどこかで会ったような気がしてね。気のせいだったみたいだ」 「へぇ……何かそりゃ運命感じちゃうね」 ニヤリと意味ありげな笑みを浮かべた青年は、ポンポンと砂を払うと立ち上がった。 「ま、わざわざこんな所まで先生に会いに来てくれたんだ。会わせてあげてもいいけど……条件があるよ」 「ありがとう! でも、その条件って一体何なの?」 ぱあっと表情の明るくなったティエルを、青年はニヤリ笑いのまま見つめる。 「こっから北に少し行った所に、月鏡の城ってのがあるんだよな。今は廃墟なんだけど……知ってる? 先生はそこにあるらしい月の鏡が欲しいんだけど、多忙の身だからね。代わりに取ってきてくんない?」 これがいわゆる、クリアした者はいないと言われているアリエスと会うために必要な試験だろう。 「それを無事に入手してきてくれたら、先生と会わせてあげてもいいかな。 月の鏡は最上階にあるって話だ。んー……危険なところだから、死なない程度に頑張ってきなよ」 「……何かわたし達、いいように使われているような気がしなくもないけど……分かったよ」 「それにしても態度がでかい助手ですわねー」 こくりと頷くティエルの隣で、リアンが面白くなさそうに唇を尖らせる。 「そんな鏡なんか、私にかかれば造作もないことでーすわ。見てらっしゃい!」 「いや〜あ、威勢がいいね美人な嬢ちゃん。そんじゃ期待しないで待ってるぜ!」 笑顔で手を振る青年に見送られ、ティエル達はのろのろと『月の鏡』を求めて北へ歩き始めた。 +DeadorAlive+ |