Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第7章+みそらで嗤う道化師

第76話 月鏡の城-1-





大きな月を背にして、黒いシルエットが浮かび上がっている。

北に少し行った所、とあの青年は言っていたのだが、一体あれから数キロ歩き続けたのだろう。
道も悪く変わり映えのしない景色が延々と続いていたので、余計長い時間に感じてしまう。



出発時は昼過ぎであったのだが、今では完全に日が暮れてしまっている。

朝からずっと歩き通しだったので、そろそろ体力の限界も近づいてきたティエルが顔を上げたとき。
ようやく目の前にどっしりとした城が見えてきたのだった。



今まで見られなかった種類の植物が城の周りには生い茂っており、不気味な影を作っている。

入口付近に垂れ下がっている紋章付きの布はボロボロに朽ちており、
人がいなくなってから相当な年月が過ぎ去っているかと思われる。





「ここが月鏡の城なら、わたし達と同じようにアリエスと会うために入っていった人もいるんだよね?」
入口の近くに転がっていた錆びた小手を足で転がすと、ティエルが振り返る。

「それじゃあ、その人達よりも先に月の鏡を取らなくちゃいけないってことなのかなぁ」



「うふふふ〜……それは、その先に入った方達が生きていたらの話ですわよぉ」
「ぎ、ぎゃ──! オバケっ!!」

急に背後からヌッと顔を出したリアンに、ティエルは情けない絶叫を上げながら座り込んだ。
しかしその声の主がリアンだと分かると、怒ったように頬を膨らませる。


「ひどいよリアン、驚かせるなんてさ!」




「ひどいのはそちらじゃないですの、この可憐で美しい私をオバケ呼ばわりだなんて。
それに本当のことですわよ。今まで誰もクリアしたことがないんでしょ? 当然死人だって出てますわ」

両手を腰に当てて呆れたように言葉を発したリアンは、背後の巨城を見上げた。
ここからでは中の様子がさっぱり分からない。


「ま、大丈夫ですわよ。こっちには私もいますしねー」



「それが余計に不安だというのが貴様は分からないのかね。……本当におめでたい奴だ」
「何ですって!? 大体あなたは余計な一言が多すぎるんでーすの!」

横でガーガーと騒いでいるリアンを、クウォーツは涼しい顔で聞き流している。




「お前たち、こんな所にまで来てケンカをするでない……。
……おや、あの屋根に生えてい白い花は……もしかして満月草ではないか?」

その隣ではサキョウが呆れたように二人を眺めていたが、急に目を細めて上を見上げる。
見ると、城の最上階の窓の上に白い花が点々と根を生やしていた。

「驚いたなァ、こんな所に満月草が生えているなんて」



「満月草? それって一体何なんですの??」

「満月草というのはね、満月の夜にしか咲かない花のことだよ。
その白い花びらを細かくすり潰して使えば、薬草の何十倍もの治癒能力があるんだ」

目を瞬いているリアンに説明するようにジハードが口を開く。



「まさにフルムーン・マジックってね……おやティエル、どうかしたのかい?」

額の呪符を吹き上げながらお気楽そうに言ったジハードだったのだが、
ティエルが真剣な眼差しで城を見上げていることに気がつく。

「まさか、今さら怖いだなんて言わないでくれよ」



「ううん、違うの。なんか誰かに強く呼ばれているような気がしたから……」
そう呟いて首を傾げたティエルは、気を取り直したようにして慌てて両手を振った。

「単なる気のせいだよね。
もしかしたらまだ中に生き残っている人がいて、助けを求めているのかもしれない。なるべく急がなくちゃ」




「……声? はて、そんなもの聞こえたかなぁ……」
オーと威勢よく片手を上げて入口へ歩き始めるティエルの背を、ジハードは目を瞬いて眺めていた。















「ククク……とうとう見つけたぞ、ティエル」


月鏡の城最上階。
大きく開け放たれた窓から差し込む月光が、風ではためく白いマントを照らし出す。

その青白い月の光が照らし出したのは──暗黒騎士ヴェリオル=D.S=ガルフォース。



額にかかった黒い前髪を払うと、ヴェリオルは愉快でたまらないといった風に笑みを浮かべた。
濃く太い眉に、適度に整っている精悍な顔立ち。

それ故に邪悪を含んだ笑みは非常に不釣合いであり、更なる不気味さを増幅させる。




「もう決して逃がさんぞ、今度こそお前を手に入れてみせよう。……そうだな、タムラマ……いでよ!」

「……マロをお呼びでしゅか、ヴェリオルしゃま!」
ヴェリオルが気取った様子で片手を上げると、ポンという音と共に一人の男が姿を現した。



赤い道化師装束に小柄な全身を包み、顔は厚い白塗りで表情が全く分からない。
はたして若いのか、それとも歳を取っているのか。どんな顔なのか。

そのどこか泣いたような表情のメイクの上からでは、到底察することなど出来なかった。
先が二つに割れた巨大な帽子の飾りをゆらゆらと揺らせながら、小柄な道化師は恭しく跪く。



「ヴェリオルしゃまの永遠のしもべ……道化師タムラマ、只今ここにでしゅ」


「小娘を一人……手に入れたいのだ。ごく普通の、人間の小娘だ。お前なら簡単な話だろう?」
窓枠に腰掛け、ヴェリオルは試すように目の前のタムラマを眺めた。

「だが決して殺すな、抵抗しても半殺し程度で頼むぞ。生きてオレの前まで連れて来るのだ。
小娘以外は殺しても構わん。……名はティエル、栗色の髪の娘だ」



「ご安心下しゃいヴェリオルしゃま。このマロに、不可能なことなどございましぇん」


そう言うと再びタムラマは頭を下げる。
それを満足そうに眺めたヴェリオルは、ヒラリとマントを翻して立ち上がった。



「……よい知らせを期待しているぞ、タムラマ。オレは一度ゾルディスへ戻る」
「はいっ、お任せ下しゃい!」


頷いたヴェリオルは、懐から淡い紫色に輝く水晶球を取り出して軽く地面に叩きつける。
すると割れた破片から薄紫色の霧が発生して、段々と彼の身体を包んでいった。

おそらく移転効果のある霧であろう。



「必ずやこのタムラマ、ヴェリオルしゃまのご期待に添えるように頑張りましゅよ。シャッシャッシャ!」
完全にヴェリオルの姿がその場から消え失せると、タムラマはくるんと宙返りをしてシャンデリアに飛び乗った。















「ほら、今変な笑い声が絶対に聞こえた。……あ、本気にしてないでしょ? 本当に聞こえたんだってば!」
「だって私聞こえなかったんですもの。サキョウ、聞こえまして?」


ジタバタと足を踏み鳴らすティエルに、リアンは呆れたように肩をすくめて見せる。
そしてサキョウの方へと顔を向けてみるが、彼も聞こえていないようで静かに首を振った。



「はっはっは、ティエルにしては心配性だな。なぁに、大丈夫さ。お気楽に行こうではないか」

「わたしにしてはって、一体どういう意味なのサキョウ? もういいよ、先に行っちゃおうっと」
頬をブスッと膨らませたティエルは、足音を響かせながら城の入口まで進んで行った。



「あらら、怒っちゃいましたわ。ティエルったらそんな顔していると、元に戻らなくなりますわよー」



「手っ取り早く終わらせるぞ……こんな所にいては、コートが砂まみれになる」
「あーあ、ぼくの一張羅も砂のコーティングされちゃってるよ……帰ったら洗濯だね」

砂風で白くなってしまったコートの裾を叩くクウォーツと、むせてゴホゴホと咳をするジハード。
ひとまず一行はティエルを先頭に、重苦しい鉄の扉に向けて進んで行ったのだった。







+DeadorAlive+