Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第7章+みそらで嗤う道化師

第77話 月鏡の城-2-





錆びた重い鉄の扉をサキョウが両手で開け放つと、正面ホールらしき部屋が目に映る。
中には明り取りの窓がどこかにあるらしく、完全な真っ暗闇というほどではなかった。


先に試験を受けた旅人達の姿が見受けられるかと思ったのだが、辺りは静寂に包まれている。



四方に窓はなく、敷き詰められている絨毯は既にボロボロで、冷たい石畳が顔をのぞかせていた。
埃の積もった欠けた石膏像の他には、古びたグランドピアノも見える。

一番奥には悪魔のレリーフで縁取られた大きな扉が見えるが、しっかりと閉ざされていた。





「へえ……中も朽ちているのかと思いましたけど、案外しっかりとしてそうじゃないですの」

キョロキョロと辺りを見回したリアンは、高価と思われる置物の甲冑を手でなぞる。
なぞった手にはびっしりと埃が付いてしまい、慌ててその埃を振り払った。


「他の冒険者の死体くらい落ちていてもよさそうですけどね。なぁんにもないでーすわ」



「……その言い方だと、死体が見つかって欲しいように聞こえるのだけど。不謹慎だなあ」

微かに床に残っていた血痕に手を触れると、ジハードはふと表情を曇らせる。
この血はつい最近のものだ。間違いなくここで何かあったのだろう。

「油断して命を落としてしまっても、生き返らせることなどできないよ。死んだらそれまでなのだから」




「そっか、いくら生を司る不死鳥でも……命までは司ることはできないんだね」

「そういうこと。擬似的になら、命を司ることが出来る者もいるけどね。ネクロマンサーとか」
隣で感心したように頷くティエルを一瞥したジハードは、それから後ろで手を組みながら前に進み始めた。


「けれど、所詮それは歪んだ命。失ってしまったものを取り戻すことは……不可能なのだよ」




「……おい、扉が開かんぞ」
一足先に奥の扉の前まで来ていたクウォーツは、押しても引いても開かない扉を思わず蹴っ飛ばす。

しかし、鈍い音が響いただけで扉は開く兆しを見せない。



「ただあなたが非力なだけなんじゃないんでーすの? もっと筋肉つけたらいかが?」
ニヤリと意地の悪い含み笑いを浮かべながら、リアンは不機嫌そうなクウォーツまでにじり寄る。

「あなた、フォークとナイフよりも重いものを持ったことがないとかいう雰囲気ですし」



「フッ……汗臭い力仕事は苦手でね。それに私は、貴様のように頑丈かつ図太くできていないのでな」
「男だったら力で勝負ですわ。サキョウならこのくらい、鼻息で吹き飛ばせますわよ!」


「……いや、いくらなんでもワシだってそんな……」

このままでは本当に『鼻息で開けろ』と言われかねないので(特に機嫌の悪そうなクウォーツに)、
サキョウは慌てて扉に手をかけたが……確かに彼の言うとおりビクともしない。



「あらら、本当に開かないんですのね。それならどこかにスイッチとかありそうなんですけど……」
少々困ったような表情でリアンはホールを見渡してみるが、見たところスイッチらしきものはない。

「これで何人もの冒険者達が入ったはずなのに、扉が閉まっている理由が分かりましたわ」




「ねえねえ、このピアノすごいね! 城のダンスホールにあったやつよりも大きいよ」
一方ティエルは、扉のそばにあったグランドピアノに興味を示したようだ。

ピアノには分厚い埃が降り積もっていたが、何故かカバーの取り除かれた鍵盤だけは綺麗である。
城にいた時の稽古を思い出したティエルは、いたずら半分で鍵盤を軽く押してみた。



──その瞬間。
どこからか飛んできた巨大な刃の振り子が、ものすごい速さでティエルに向かって来た。




「ティエルっ、危ないですわ!!」


とっさにリアンに突き飛ばされ、へっぴり腰のままティエルは地面を転がっていくが、
慌てて身体を起こし、先程まで自分が立っていた場所を見てゾッとする。


所々古い血のようなものがこびり付いた刃の振り子は、先程まで首のあった場所をかすめていった。
暫くすると、振り子は何事もなかったかの様に上へと戻っていく。




「あ……あわわ……死ぬかと思った……」
「もうあちこち触らないで下さいな、あなた滅茶苦茶危ないところだったんですのよ!」

同じくへっぴり腰のまま後ろ歩きでピアノから遠ざかろうとしたリアンだったが、
足元に奇妙な紙束が落ちていることに気がついた。


茶色くなった血飛沫が点々と付着しており、完全に黄ばんでしまっている。
どうやら何か書いてあるようだ。



「これ一体何なんでーすの? あ、なぁんだ……ただの楽譜ですわ」
有益な情報が書いてあると思って拾い上げたリアンは、ただの楽譜と分かると残念そうに放ってしまう。




「本当にただの楽譜かい? 仕掛けありのピアノに楽譜……ヒントが隠されているかもしれないよ」
散らばってしまったそれを、ジハードは丁寧にページ順に拾い上げた。

「ふむ、見たところただの楽譜だね。けれどこんな難しそうな曲を弾ける人がいるのかい?
残念ながらぼくは音符が読めないから分からないけど……」



「その曲、知ってますわよ。作曲者がこれを完成させた翌日に自殺してしまった、
怨念にとり憑かれたいわく付きの曲と言われているんでーすの」


「何で自殺しちゃったんだろうね? せっかく曲が完成したのに」
リアンの背後からジハードの持つ楽譜を覗き込むと、ティエルは首を傾げる。

「上の方に何か走り書きがしてあるよ。……この曲を偽りなく奏でた者に、更なる道が開かれん?」




「どうやらこの曲を間違えずに弾けたら、あそこの扉が開く仕掛けみたいだね。謎は解けたじゃないか」
ニッコリと笑みを浮かべながら、ジハードはその楽譜をティエルに差し出した。

「もしも間違えれば、先ほどのティエルのような目に遭うけれどね」



「問題はこのピアノを一体誰が弾くの?
練習すら出来ないのに、わたし音楽の授業サボってばかりいたから……こんなの弾けないよー」

ジハードから楽譜を受け渡されたティエルは、あまりの音符の多さに軽いめまいを起こす。



「ううーん……サキョウはともかく、クウォーツやリアンは育ち良さそうだから弾けそうじゃない?
リアンはお嬢様っぽいし、クウォーツは伯爵様ーだもんね」


「ワ、ワシは初めから論外なのか!? せめて弾けるかどうか聞いてくれてもよいのに……。
とは言っても、ピアノなど触ったこともないのだが。ハッハッハ」

そう言いながら、豪快に笑うサキョウ。やはり想像通りの台詞である。




「ティエル、あなたメドフォードのお姫様なんですのよ? もっと自覚を持っていただかないと。
私はまぁ楽譜なら一応読めますけど……クウォーツ、あなたはどうなんですの?」

「……たしなみ程度なら。だがいくら私でも、間違えずに弾けるかどうかは分からない。貴様がやれ」
ティエルから手渡された楽譜を、クウォーツはリアンに押し付けた。



「仕方ないですわねー。私だって絶対に間違えないという保障はないですわよ」
楽譜を受け取ったリアンはコホンと一つ咳をすると、渋々ピアノの前に座る。


暫く楽譜をめくって読んでいたが、やがて深呼吸をしてから鍵盤に両手を叩きつけるように弾き始めた。
想像していたよりも、随分と激しい曲のようである。




「う……うわあ、わたし絶対こんな速い曲弾けない……指攣りそう……爪欠けそう……」


「しかし分からんのは、先程の振り子の刃には血痕が付いていた」
ピアノを弾くリアンを眺め、それから腕を組んでクウォーツは振り子が現れた天井に目を向けた。

「ということは、ここで死んだ者達だっているはずだ。なのに死体が一体もないのは変な話だろう?」



「誰かが片付けたのではないか? こう、頃合いを見計らってサッサと」
「……で、一体誰がだ?」

「そりゃあ、ワシら以外の誰かだろう……」



クウォーツに睨まれてしどろもどろになっているサキョウの隣で、ジハードは首を傾げる。

「確かにそうだね、ここで誰かが死んでいてもおかしくはない。片付けたのが一体誰か気になるけど」
とジハードが呟いたとき、ジャァァァンという音と共に曲を締めくくったリアンの背後で扉が開いた。


「あー……死ぬかと思いましたわ……」







+DeadorAlive+