Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第7章+みそらで嗤う道化師

第78話 月鏡の城-3-





リアンの演奏でゆっくりと開いた扉を、一向は暫く様子を見たまま動かなかったが。
やがてゴクリと固唾を飲み込んだティエルが、恐る恐る一歩ずつ扉へ近づいて行く。

開いた扉の隙間から、ひょいと顔を覗かせると、奥に広い廊下が続いていた。
天井から届く月の光が、青白く廊下を照らしている。──どうやら人の気配はない。




「……ここの扉開いたの、絶対にわたし達だけじゃないよねえ? でも人の姿が見えないんだけど」
一度扉から身を離したティエルは、背後の仲間達を振り返った。

「もしかしたら、得体の知れないモンスターが潜んでいたりなんかして……」



「んんー? ティエルったら怖いんでーすの? 可愛いですわ。私がいますから安心ですわよ」
ニヤニヤと笑みを浮かべたリアンは扉に向かって進んでいくと、身を屈めて中を覗き込む。

「見たところ、別に異常はなさそうですわね。とりあえず先に進めそうですわ」



「ほんと? オバケとかいない??」
「きゃーっ、ティエル上に乗っからないで下さいな! うぐぐ、重いーっ」

半ばリアンに乗っかるようにして扉の中を覗き込んだティエルは、ホッとしたように胸を撫で下ろす。
乗っかられた方のリアンは、へっぴり腰で何とか立っていたが。




「しかしなあ、アリエスが求めているその月の鏡とやらは一体どのような物なんだろうな」
重い扉を全員通れる様に広げたサキョウは、ふと思い出したように首を捻った。


「……そりゃあ、月の鏡と名の付く物なのだから月みたいな鏡なんでしょ」

サキョウの腕の下をよたよたと潜り抜けながらジハードが口を開く。
彼は巨大な本──リグ・ヴェーダ──をいつも両手で抱えているので、随分と歩きにくそうである。


「ぼくは見たことがないから、何とも言えないところだけれどね」




「はあー? 月みたいな鏡って一体何なんですのよ。それじゃあ名前のままじゃないですの。
あなたって頭良いのか抜けてるのか、いまいち分からないでーすわねえ」


「失礼な! 見たこともない物にどうこう言えといわれても、分かるはずないだろう?
ぼくだって万能ではないのだからね」

呆れたように言うリアンの隣で、ジハードが心外だというように抗議している。
その声は静かな廊下に反響して不気味な木霊を生んでいた。




「どこまでも緊張感のない奴らだな」


一連の騒ぎを軽く聞き流しながら、最後にクウォーツが扉を抜けると音もなく閉まっていく。
試しにそっと扉を押してみるが、やはりビクともしないようだ。

誰かが再びピアノを弾き終えるまでこの扉は開かないのだろうか。




「……それにしても、帰りはどうやって帰るんだろうね??」
ジッと背後を見つめるクウォーツと閉まった扉に、ティエルは交互に視線を移動させる。

「他に出入口があればいいんだけど……まぁ、何とかなるでしょ」



「気楽でいいな……私も少しはお前を見習ってみたいが」
あまりにもお気楽なティエルに、クウォーツは思わず肩を落とすが……突然その瞳が鋭く細められた。



「……気をつけろ、何か来るぞ」
「えっ、何かって一体何が……」

彼の言葉にティエルは目を瞬き、廊下の奥の方に視線を移動させた瞬間──。
ズズズゥゥン、と地の底から響いてくるような地響きが襲った。




「きゃーっ、この揺れ何なんでーすの、地震!? た……立ってられないですわ!」


「リアン、とりあえずワシに掴まれ!」
危うく転倒しそうになったリアンを、柱にしがみ付いたサキョウが慌てて引き寄せる。



「これは一体何の揺れなんだい? この地域は、地震なんて起きなさそうだと思うのだけれど……」

立っていることを諦めたのか、ジハードは地べたに四つん這いになりながら口を開いた。
天井から細かく降ってくる砂を、リグ・ヴェーダで避けている。




「ぎゃあああ、化け物がっ!!」


そんな中。暗闇に包まれた奥の方から、三人の男達が必死の形相でこちらへ駆けてきた。
服装から察するに旅人だろう。しかし、その顔は青ざめ、恐怖の表情を浮かべている。



「あ……あなた達もアリエスの試験を受けに来た旅人なの?」
こちらに突っ込むように突進してきた旅人の一人に、ティエルは慌てて声をかけた。

「ねえ、この地響きは一体何!?」



「うわあああ、もう試験なんてクソ食らえだ! どうでもいいよ、命の方が大切だぜ!!」
「助けてくれえ! 化け物が現れたんだ……仲間は皆、そいつに食われちまった!!」

「お前らも、命が惜しければ逃げた方が賢いぞ!」



ティエル達の元まで走り寄ってきた旅人らは、ゼエゼエと荒い息でそう告げる。
その様子からただ事ではないと悟ったティエルは、旅人達がやって来た方向へと目を向けた。


よく気をつけてみると、地響きは一定の間隔で起こっている。──まるで、足音のように。




「……とにかく落ち着いて。何を見たのか教えてくれるかい?」
背後でブルブルと震えている旅人達を、ジハードが落ち着かせるように優しくなだめている。


その時、通路の奥の方にヌッと巨大な影が現れた。



「バケモノだよ……あんな化け物見たことねえ……」
「仲間なんて、奴の片腕一本で捻り潰されちまった! 皆殺される……皆殺されるんだ!!」

ズズン。また一歩、巨大な黒い影が近づいてくる。
ティエルは震える手で腰から竜鱗の剣を抜くが、どうにも冷や汗で柄が滑ってしまう。




「! 見て……あれ……!!」


赤い瞳をいっぱいに見開いたリアンの指さした先には、棍棒を握りしめた巨大な怪物が立っていた。
だらしなく垂れ下がった黄土色の贅肉を揺らし、口の端からは絶えず泡の混じった唾液を流している。

見事に禿げ上がった頭に、半開きの目。ボロ布を右肩から掛けただけの衣服であった。



「見つけたぞォ……ご馳走……もう逃がさないぞォォォ……」
たどたどしく言葉を発しながら、その怪物は間違いなくこちらへ向かって来る。



「あれは……トロルですわ。動きは鈍いですけど、抜群の破壊力を持っている人喰いモンスター!!」
杖を両手で握りしめ、リアンは顔色を青くさせながら脱出口はないか探し始めた。

「あんなの勝てっこないですわよ……殴られたら、脳みそぶちまけて一発であの世行きなんですから!」



「の、脳みそぶちまけてって……えぐい事を平気で言うね、あなたは……」
余計に怯え始めた旅人達をなだめながら、ジハードは前髪を払って深い溜息をつく。

「大方……ここにはご馳走である人間がよく来るということで、寝床にしてしまったトロルだね」



「ここにいれば食べ物……どんどんやって来る……ゲヘヘ、馬鹿だ……。お前ら、く、喰ってやる……」
ボタボタと大量の唾液を垂れ流し、トロルは下卑た笑みを浮かべながらこちらへ向かって来た。



「後ろの扉は開かぬし、どこか別の部屋に逃げるしかない。ここは狭すぎる!」

大きな声で叫んだサキョウは、廊下の途中にある大きな扉を開け放って皆を促す。
深く頷いたティエル達は、急いで扉の中へと飛び込んだ。旅人達もそれに続く。



しかしクウォーツはあまり面白くなさそうだ。



「逃げるのか? 敵を目の前にして。私は嫌だね、プライドが許さん」

「あなた、プライドと自分の命どっちが大切なんですのよ!?
絶対に殺されますわ、殴り飛ばされて、脳みそグッチャグッチャでーすわよぉっ!」


今にもトロルへと駆け出して行きそうな彼の背を、リアンは扉に向かって突き飛ばすように押した。


「まったく……あなたはトロルの恐ろしさを知らないから、そんな事が言えるんですのよ!
あのピアノの部屋に死体がなかったのは、扉が開いた時にトロルが全部食べたんですわ!」




改めて辺りを見渡すとここは大きなホールのような場所で、中央に二階への階段がある。
そしてホールには左右の扉と、たった今入ってきたばかりの扉との三つが存在した。


「どっちへ行こう……!」



「月の鏡は最上階にあるんだろう? せっかくここまで来て、手ぶらで帰るわけにもいかない」
オロオロと慌てた様子のティエルの隣で、腕を組んでいたジハードが顔を上げる。


その言葉にティエルらは暫く迷ったように顔を見合わせるが、やがて深く頷いた。



「んもう、仕方ないですわね……どうして皆こう命知らずが多いのかしら」

「まぁ、月の鏡がなくては何も始まらん。
せっかくここまで来たのだから、やれるだけのことはやってみようではないか」



「どうしてもアリエスと会って話がしたい。その為には、月の鏡が必要なんだ……!」
最後にティエルが皆を見渡すと、背後の階段に向かって駆け出す。

「行こう!」




「うわわわ、オレ達は死にたくねえ!」
「勝手にあんたらだけで行くんだな、オレ達は別の道から逃げさせていただくぜ!」

そう言うと旅人達は、階段を駆け上がって行ったティエルらとは別の道に向かって行った。







+DeadorAlive+