| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第7章+みそらで嗤う道化師 第79話 謎の道化師タムラマ 大階段を駆け上がり、追ってくるトロルをなんとか引き離したティエル達は廊下を走り続けていた。 左右に目を配り、身を隠せそうな場所を探しながら走る。 全力で走り続けていたのでリアンやジハードなどは、そろそろ体力が底をつきそうであった。 「ち、ちょっと……ぼくは全力疾走なんてあまりしたことがないんだ。もう走るのも限界だよ……」 背後から息も絶え絶えに話すジハードの声が聞こえてきた。 とっさに辺りに目を走らせたティエルは、広い廊下の中央にある両開きの扉を見つける。 石造りで頑丈そうなこの扉なら、いくらトロルといえども簡単に破れはしないだろう。 そう考えたティエルは扉を両手で突き飛ばすようにして開け放った。 全員入ったことを確かめると、サキョウが素早く鍵をかける。 それだけでは物足りないと、そばにあった本棚を引き寄せて扉を封鎖した。 途端に皆、ホッとして気が抜けたようにその場に座り込む。 ここは誰か身分の高い者の部屋だったのだろうか。埃の積もった豪華な家具が立ち並んでいる。 見渡せば、ダンスホールのように広い部屋である。 「な……なんだか短距離走を延々と続けていたみたい……。わたし、もう走れないよー……」 竜鱗の剣を放り投げ、ティエルはバタンとだらしなく大の字に寝転んだ。 「これでトロルが気付かないで、どっかに行っちゃえばいいんだけどね」 「走るのは苦手だよ。自慢じゃないけど、ぼくは100メートルを25秒で走れる自信があるんだ」 パタパタとリグ・ヴェーダで風を送りながら、ジハードが心底疲れたような表情で口を開く。 「あなた達について行くのが精一杯だったよ……」 「100メートル25秒? それは素敵に遅いですわねえ。 少し体力をつけるために、サキョウにでも弟子入りしてみればいかがですの?」 走り続けていたために乱れた長い髪を整えながら言ったリアンは、 それから隣の涼しい顔をしているクウォーツを睨みつけた。 「……それにしても一番逃げるのを嫌がっていた誰かさんは、一番逃げ足が速かったですしね。 ホホホ、本当はメチャクチャ怖かったのかしらねえ?」 「確かに、トロルに向かって行こうとした私を引きとめた貴様の顔は怖かったな」 あれだけ走っても息一つ切らさずに、前髪をかき上げながらクウォーツが素っ気無く言葉を返す。 「トロルが二人に増えたのかと思ったぞ」 「だっ、誰がトロルなんですのよ! この私を、あんな不細工と一緒にしないでくれます!?」 「まあまあまあまあ、そんなに騒いでいたらトロルに気付かれるぞ」 ケンカに発展しそうな二人の間に、慌ててサキョウが入ってなだめ始めた。 ──その時。 「シャッシャッシャ! 皆しゃん楽しそうでしゅねえ。マロも仲間に入れて欲しいでしゅ」 突然、辺りに不気味な声が響き渡る。 わざと裏返った声を発しているかのような、キンキンと頭に響くどこか耳障りな男の声。 その声で思わず動きをピタリと止めたティエル達は、息を殺して辺りの様子を伺う。 緊迫した雰囲気の中、姿を現したのは……かなり小柄な男であった。 大きな窓枠に器用にも片足を曲げて立っており、それからクルリと一回転をして地に降り立つ。 顔を白塗りにし、不気味なメイクを施している。そして、赤い奇抜な道化師装束。 尖った帽子の先は二つに分かれており、フワフワとしたぼんぼりのような物が付いている。 あまりにもこの場にそぐわない人物の登場で、ティエル達は暫く呆気に取られていたが。 「あ……あなた誰? もしかして、ここに住んでいる人……とか?」 ハッと我に返ったティエルが、恐る恐る道化師に一歩近づいて口を開いた。 「それとも、さっきのトロルの仲間?」 「トロル? マロはそんなもの知らないでしゅねえ。シャッシャッシャ!」 耳障りな笑い声を発すると、道化師はシャラシャラと鈴の音を鳴り響かせながら前に進み出る。 「……ところでティエルというのは、あんたしゃんでしゅか?」 「……!!」 その言葉に、ティエルを除いた面々は皆一斉に武器を構えて男を睨みつけた。 「ティエルはわたしだけど。何かわたしに用なの? それにあなたは一体誰……?」 「ちょっとティエル、馬鹿正直に名乗らなくてもいいんですのよ!」 背後で杖を構えたリアンがガックリと肩を落としている。 「敵らしき人物に、わざわざ情報を与えてどうするんだい。黙っておけばよかったのに……」 その隣で、リグ・ヴェーダを開いたジハードが呆れたように呟いた。 「まぁ、そこがあなたらしいと言えばそれまでだけど」 「あんたしゃんがティエルしゃんでしゅか! マロの名前はタムラマと申しましゅ。 見ての通りの道化師でしゅが、ただの道化師じゃないでしゅよ」 嬉しそうに顔を歪めたタムラマは、ティエルを頭から足先までジロジロと眺める。 「ヴェリオルしゃまの命を受け。道化師タムラマ、ティエルしゃんを迎えに来ましたでしゅ」 「ヴ……ヴェリオル!!」 その名を聞いた途端、ティエルは今まで見せたことのない憎しみの表情になった。 炎に包まれた城。死んでいった祖母ミランダ、ゴドー、ガリオン。失ってしまった愛しい者たち。 全てを一瞬にしてヴェリオルに奪われてしまったのだ。 忘れたくても忘れることのできない、いや、決して忘れるものか。あの日の誓いを。 ──この手で憎き暗黒騎士ヴェリオルの首を取る、と。 「ゴドー兄上の仇、ヴェリオルだと!? そんな輩にティエルを渡すわけにはいかんな。 タムラマとやら、死にたくなければ帰れ。……ワシはお前を殺してしまうかもしれん」 両手の拳を力強く握り締め、怒りに燃えた瞳でサキョウも前に進み出る。 そう。サキョウにとっても、ヴェリオルは兄を殺した憎き仇なのだ。 「迎えに来たなんて冗談じゃない! 必ずお前を倒してやると、ヴェリオルに伝えておくことだね」 血の滲むほどギュッと唇を強く噛み締め、ティエルは竜鱗の剣を静かに構えた。 しかし、タムラマは動じることもせず嫌な笑いを浮かべていたが、その笑みがピタリと止まる。 「……あまり貴様は歓迎されていないようだな。おとなしく帰った方が身のためだと思うが?」 いつの間にか背後に回っていたクウォーツの刃先が、タムラマの首に差し向けられていたからだ。 「私は気が長い方ではないんでね、早急に立ち去れ」 「怖いでしゅねえ。そんな悩ましげな目で見つめられても困りましゅ! シャッシャッ!」 身軽に地面を蹴って刃から逃れたタムラマは、胸元から皿のような丸い物を取り出す。 周囲に細かい細工が施された──鏡? 「これが何か分かりましゅか? あんたしゃん達が欲しがっている物でしゅよね?」 「まさか……それが月の鏡? 何であんたが持っているの!?」 ハッと表情を変えたティエル達の反応に、タムラマはにやりと怪しい笑みを浮かべた。 「取れるものならマロから取ってみましゅか? ……おっと、新しいお客しゃんが来たようでしゅね」 鏡を再び懐にしまったタムラマは、視線を封鎖された扉へと移す。 見ると、扉が外側からボコボコと強く叩かれているではないか。 外からくぐもったトロルの声が聞こえてくる。この叩き方では、扉が破られるのも時間の問題だ。 「シャシャシャッ。折角だから、みんな一緒に遊んだ方が楽しいでしゅよ!」 +DeadorAlive+ |