| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第1章+少女ティエル
第8話 わたしは生きる 「な、なんだっ!?」 驚愕の表情のヴェリオルの前に、ドサドサと火炎に包まれた木片が降り注ぎ、ティエルとの間を裂いた。 紫紺の霧は、呆然とするティエルの前で段々と人の形を為していく。 おぼろげに浮かんだ黒い人影は、もう一度確かめるようにして口を開いた。 『お前のその望み……余が叶えてやらんこともない。何もかも、無くしてしまいたいのだろう?』 「……あ……あなたは誰……?」 しかし影はその問いに答えることもなく、不気味な笑い声を発する。 『クックック……お前の負の心が、眠っていた余を呼び覚ましたのだよ。 さあ、言ってみろ。何が望みだ? 全ての物の破壊か、皆殺しか、どれがお前の望みだ』 「いや……」 その紫紺の霧にとてつもなく嫌なものを感じ取ったティエルは、一歩後ろに下がりながら口を開いた。 「いやぁぁぁっっ!!」 あとは振り返らずに無我夢中で走り続けた。 大食堂、勉強部屋、中庭。転がる死体は皆ティエルの見慣れた顔だった。 断末魔の表情を浮かべたまま息絶える、仲の良かった女官サリエの顔を見たティエルは瞳を閉じた。 ……どのくらい歩き続けたのだろうか。 ゴドーが殺された場所に辿り着いたが、そこは既に彼の亡骸も見えぬほど炎に包まれていた。 もうヴェリオルの姿も、紫紺の霧も見受けられない。 パチパチとオレンジ色に燃えさかる炎を見たティエルは、一歩前に進み出た。 このまま自分が生き残っても仕方がない……祖母もゴドーも皆みんないなくなってしまった。 (……ここで死んだら、楽になれるのかな。ゴドーやおばあさま、亡くなった父様達にも会えるのかな……) 『オレはこの国を、そして貴方を守るために剣を握った。逃げる事なんて……できませんよ』 ──そして、ガリオンに。 『ティアイエル姫様を……俺達の希望だった姫様を、よろしくお願いします』 『姫様はこのゴドーが守ります。姫様と共におります』 『だから、生きるのです……生き続けて下さい……このゴドー、いつまでも、姫様の……そば、……に……』 (……生きていても辛いだけだよ……。みんながいない世界なんて、わたしにはもう意味なんかないのに) フラフラと炎に向かって進み始めたティエルは、足下に転がる死体に躓いて倒れ込む。 ……もう起き上がる力もない。 目の前に燃え続ける炎が、段々と霞んだものになっていく。 (ああ……わたしは、このまま死ぬんだ) いつもならここで、ゴドーの大きな手が差しのべられるはずだった。 穏やかな笑顔を浮かべて、『姫様、お怪我はございませんか……?』と。こう聞くのだ。 でも、ゴドーはもういない。 朦朧としていく意識の中で、ティエルは周りを炎が囲んでいくのを感じた。 激しく燃える炎の音を初めて聞いたな、と彼女は煤だらけの顔に微かに笑みを浮かべる。 そんなティエルの瞳に、優しく笑うゴドーの顔が映った。 「……姫様、お怪我はございませんか……?」 いつも通りの笑みを浮かべて、ゴドーがティエルに手を差しのべているのだ。 「もう安心ですよ……姫様にはこのゴドーがついています」 そんなゴドーの笑顔に、ティエルも満面の笑顔で応えて見せる。 触れた彼の手は、大きく、温かかった。 ──そして彼女は安心したように静かに目を閉じた。 (やっと……会えたね、ゴドー……。もうずっと一緒だよね……?) ・ ・ ・ ……うっすらと瞳を開けると、木の天井が見えた。 まだ意識が朦朧としているので、ティエルは自分が一体どうなったのか、どこにいるのか分からなかった。 視線だけを横に移動させてみると、泥の付いたスコップが壁に立てかけられている。 どうやら、自分は掃除の行き届いていない小屋のベッドの上にいるようだ。 天国にしては、あまりにも現実的すぎる風景。 「……なんだ、気がついたのか。てっきりこのまま死んじまうと思って、墓穴を掘ろうとしてた所だぜ」 振り返ると、見窄らしい格好の男が煙草をくわえながら椅子に腰掛けていた。 「とんだ厄介モン拾っちまったぜ、ここは死体廃棄所じゃねえっての」 「……ここはどこ……? わたし、どうしてここへ?」 痛む節々に鞭打って、ティエルは上半身だけ起こして口を開く。 「ああん? ここはメドフォード墓地を管理する、墓守イエシュのマイホームだよ。オレのことなんだけどな。 城の方で大火事があったってんで、外飛び出したら家の前にお嬢ちゃんが倒れていたんだ」 煙草の端を口の中でモゴモゴと噛みながら、墓守イエシュは面倒くさそうに口を開いた。 「ったく。オレの専門は死体処理だってのに……お前みたいな生きてる人間には用はねえんだよ。 まぁ、あんまりにも可哀相だったから助けちまったけどな」 「……家の前で倒れていた?」 メドフォード墓地は、城からかなり離れたところにあるのだ。 まさか、自力でここまで辿り着いたのか? 否。そんなことはあり得ない。ならどうしてここにいるのだろう。 意識を失う寸前に見たゴドーは、やはり幻であったのだろうか。それとも、本当にゴドーが……? 「その火傷から察するにお前、城にいたんだろう? 自力で城からここまで這いずってきたのかい? とんでもねェお嬢さんだぜ。っておい、どこいくんだ!?」 驚いているイエシュの横を駆け抜け、ティエルは扉を開けて外に飛び出した。 城の方の空がオレンジ色に染まっている。 十字架が立ち並ぶ墓地をトボトボと歩き、そして歩みを止めた。 「ゴドー、わたしに生きろと言っているの……? 何もかも失ってしまったわたしに、生きろと」 腐りかけた木の十字架を見つめながらティエルは、絞り出すようにして口を開く。 「生きてわたしに何をしろって言うの!? これ以上生きていても……辛いだけなのに……!」 「なぁ、お嬢ちゃん」 低い声に振り返ると、泥の付いたスコップを担ぐ墓守イエシュの姿。 「滅多にそんなことを言うもんじゃねえよ。嬢ちゃんは生きている、これは真実なんだ。 ここで眠る奴らの中には、生き続けたくても生きられなかったヤツもいる。きっと、こいつらより幸せだよ」 「……幸せ? わたしが……?」 溢れ出てしまった涙を拭う。 「何もかも失って、それでもあなたはわたしが幸せだと言うの?」 「……ああ言うさ」 死体の入った麻袋を担ぐと、イエシュはティエルに背を向けて歩き始めた。 「あとは自分で考えるんだな」 誰もいなくなった墓地の真ん中で、ティエルは煤にまみれた自分の右手をギュッと握る。 服の袖には、ゴドーが殺されたときに付着した血飛沫が染みついていた。 最期のゴドーの顔が思い浮かぶ。 (……わたしが、強かったら。もしもわたしが、もっと強かったなら。ゴドーは死ななかったのだろうか……) 次に、嘲るような笑いを浮かべたヴェリオルが。 (それならば、ヴェリオルに真っ直ぐ向かっていけたのだろうか。 わたしに、皆を守れる強さがあったら。おばあさまも、ガリオンも皆死なずにすんだのだろうか) 『お強くおなりなさい姫様……辛いことにも決して負けない……強さを持って』 ……ゴドーの声が聞こえたような気がした。 「わたし、強くなりたいよ……。もう誰も失うことのないように、守れる強さが欲しい……!」 透き通った茶の瞳に、はっきりと揺るぎない決意の色が浮かび上がっていた。 それはティエルが初めて浮かべる愛する者を奪われた復讐の色と、 何もできなかった自分に対しての怒りの色が混ざり合い。決意の色となっていた。 生き続ける。 それが彼女が今、自分を守り命を落とした者達にしてやれることだ。 この先たとえ何があっても、どんなことがあろうとも。もう挫けない。 ──わたしは、生きる。 +DeadorAlive+ |