Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第7章+みそらで嗤う道化師

第80話 道化師か、トロルか





ガンッ! ガンッッ!!

大きな音と共に頑丈な石の扉が、まるで粘土で作られた物のようにボロボロと崩れていく。
何とかサキョウが新しい本棚で封鎖しようと試みたのだが、トロルの怪力の前には無意味であった。


完全に扉を破壊したトロルは、ティエル達の姿を確認するとニタリと笑みを浮かべた。




「ご……ごちそう……おで腹減った。お前ら、全員食ってやるぞォ……!」

だらしなく口を開き、そこからべチャべチャと黄色い唾液を垂れ流す。
その様子を見たクウォーツは耐えられなくなったのか、あからさまに嫌な顔をして視線を逸らしていた。




「お下品でしゅねえ……マロを食べてもあまり美味しくないでしゅよー。
それよりティエルしゃん、ヴェリオルしゃまの命令でしゅからね。何がなんでも来てもらいましゅよ!」

ピョコピョコと身軽に飛び跳ねたタムラマは、巨大なブーメランのような物を取り出す。
それは月の光に鈍く輝いて、静かな銀色の光を放っていた。


「邪魔する人たちには、申し訳ないでしゅが死んでもらいましゅ!」




「フン、面白いですわね……この厚塗りピエロ! あなた、いる場所間違えているんじゃなくて?」

ブルーの水晶玉が先端に付いている愛用の杖を大きく振り上げると、
青緑の髪をなびかせたリアンは軽く唇の端を持ち上げて笑みを浮かべる。


「サーカスにでも行ってらしたらどう? 食らいなさい、メギドフレア!!」




「厚塗りなんて言い草、ひどいでしゅねぇ……火遊びは危険なんでしゅよ!」
くるんと空中で一回転をすると、リアンの杖から放たれた炎を軽く避けてしまう。

「マロの華麗なる必殺技を喰らいなしゃい、行けムーンライト・ダンス!」



そう言いながら、両手に持った巨大なブーメランをティエルらに向かって投げ放つ。

どうやら手に持つ部分以外は全て鋭利な刃になっているらしく、
投げられたブーメランは月の光に照らされて妖しげな美しさを醸し出していた。


しかし見惚れている暇などなく、向かって来たブーメランをティエルは慌てて姿勢を低くして避ける。



ホッとしたのも束の間で、ブーメランはまるで命を持っているかの様に再び向かって来たのだ。
その姿は、まるで優雅にダンスを踊っているようにも見える。




「ティエル、後ろですわ! 後ろからまた向かって来ていますわ──っ!」

リアンの声で後ろに視線を移動させると。成る程、確かに意思を持ったように向かって来る。
これは剣で叩き落すしかないと考えたティエルは立ち上がる……が。


ヒュッという音と共にすぐ耳元で風が通り過ぎた。
どうやらもう一つのブーメランの存在を忘れていたようである。頬に生暖かい血の感触。




「くっ、飛び道具相手にどう戦えばいいんだ……!」
「とにかく……あのバカ道化師をぶっ飛ばして、ブーメランを封じないといけませんわ」

頬の血を拭ったティエルに、リアンがパタパタと駆け寄ってきた。



気付けば、トロルを相手にしているサキョウ達とは大分離れてしまったようだ。
すぐに加勢に行けるような距離ではない。




「サキョウ達とは引き離されてしまいましたけど……あちらにはジハードもいるから暫くは大丈夫ですわ。
トロルよりかはバカ道化師の方が絶対に弱いですから、頑張りましょう」

「……そうだね。早くこいつを倒して、サキョウ達を助けに行かないと」
リアンの赤い瞳に見つめられ、ティエルはしっかりと頷いた。





「ううぅ……ちょこまかと素早い奴ら、だな……。余計に腹、減るぞォ……大人しく食われろォォ!」


一方。トロルを相手している間に、ティエル達と大分引き離されてしまったサキョウ達。
厳つい棍棒を狂ったように地面に叩きつけ、トロルは一歩一歩と彼らを部屋の隅に追い詰めていく。




「う……ううむ……こんな間近で見ると、やはりリアンの言ったとおり勝てそうもないな……」
改めて見るトロルの巨体に、サキョウは少々気後れしてしまっているようだ。

「ここは時間稼ぎをして、ティエル達が鏡を奪ったと同時に逃げるしかない」



「そんな頼りない事を言わないでよ……とも言えない状況だね。無事で帰れたら奇跡だ」
トロルとの距離を開けて後ろ向きに歩きながら、ジハードはリグ・ヴェーダを開いて詠唱を始める。

「見たところ力はありそうだけど、動きはぼくよりも鈍いみたいだね」




「フッ……できれば、脳みそぶちまけた頭部大破の状態では死にたくないな」
左手に妖刀幻夢を手にしたクウォーツは、冗談なのか本気なのか分からないことを呟いた。

「ヴァンパイアなど食えば、腹を壊すぞ」



「ううぅ……脳みそぶちまけただなんて、気味の悪いこと言わないでよ気持ち悪……来る!!」
恨めしそうにクウォーツに顔を向けたジハードだったが、その表情が急に強ばる。




「お、で、の、食い物ォォ!!」


トロルがその巨体を震わせながら、突進するようにして突っ込んできたのだ。
これに直撃しては命はないと、三人は地面を蹴ると方々に散っていった。

急に目の前で姿を消してしまった獲物に、トロルはあれ? といった様子で首を傾げて立ち止まる。




「どこを見ている!」

その隙に背後に回ったクウォーツが妖刀幻夢を振り下ろす。……確かな手ごたえ。
ブシュッという音と共に、トロルの右肩から緑の血が吹き出した。



「んあ……? なんか、肩がかゆ、い……ぞォ? オマエ、何かした、のか?」
「おい、痛みを感じていないのか? なんて奴だ……」

「オ……オ、オマエ、喰ってやる……ほ、骨まで喰ってやる……!」
慌ててトロルの肩から刀を引き抜いたクウォーツを見て、トロルは涎を垂らしながら笑みを浮かべる。



「やめなって、クウォーツ食べたらお腹を壊すってさ。爆破陣!」



ジハードが片手を前に突き出すと、トロルの周囲を虹の魔法陣がぐるりと取り囲んでいった。
そして、彼がパチンと指を鳴らすと魔法陣はトロルを巻き込んで大爆発を起こす。



「やあ、危ないところだったねクウォーツ……ん、どうしたんだい?」

間一髪であったクウォーツの元に駆け寄ったジハードだったが、
彼が何とも言えないような表情で自分を見ていることに気付いて首を傾げた。


「あなたに無表情で睨まれると、その顔立ちだけにちょっと迫力があるのだけれど……」




「……私を食えば腹を壊すだと? 失礼な」
どうやらクウォーツは、先程ジハードが言った台詞が気に入らないようである。


「え!? だ、だってあなたがさっき、自分から言っていたじゃないか……」

「だが確かに、不死鳥である貴様の方がトロルにとっては美味そうだな。囮になって食われてこい!」
「そんなのひどいや、ぼくなんか食べたらまさに腹痛と頭痛と突き指とインフルエンザの嵐だよ!」




「安心しろ、おでは腹ペコだ、だから……、ど……どっちも……く、喰ってやるぅぁ……!」


どうでもいい事を騒いでいる彼ら向かって、トロルは巨大な棍棒を振り下ろした。
とっさにクウォーツはジハードを後方に突き飛ばすと、自分も地面を転がって避ける。




「いたた……もう少し優しく助けられないものかね……あれ、サキョウ? 今までどこにいたんだい?」
腰をさすりながら起き上がったジハードの目に、ニヤリと不敵な笑みを浮かべたサキョウが映った。


「これを探していたのだ。うまくいけば、奴の目を封じることができるかもしれん」

そう言ってサキョウが差し出したのは、ボトルに入った黒いインクである。
成る程、これをトロルの目に向かって投げつけて目を封じようというのだろう。




「おい、奴がそっちに向かって行ったぞ!」
クウォーツの声にハッと顔を上げると、まさにトロルがこちらに向って来るところであった。



「むしろ好都合だ、ワシがこれを投げつけたら一気に攻撃を開始するのだぞ」
「そんなにうまくいくのかなぁ……」

どこか心配そうなジハードをよそに、サキョウは自信満々といった風にインクの瓶を持って立ち上がる。
幸いトロルの動きは鈍いので、これなら簡単にインクを浴びせられそうだ。




「もう腹ペコだ、ァァ〜!!」


「これでも喰らえ、トロルめ!」
サキョウが力一杯投げたインクの瓶が、見事にトロルの頭部に直撃する。

流れ出した黒いインクによって視界を奪われたトロルは、急に足を踏み鳴らして狼狽し始めた。



「目、目、目、目が見えねぇよぉぉ! おでの目が、目がァ!! 食い物、食い物どこに行ったァ!!」
ズズンズシンとまさに大地震並みの揺れである。




──その瞬間。

大分脆くなっていた床は、トロルの周囲数メートルを巻き込んでガラガラと崩れ始める。
全ては崩れず、衝撃に耐え切れなくなったトロルの周囲だけがポッカリと底が抜けてしまったのだ。


急な出来事であったので、逃げる時間もなかったサキョウ達三人を巻き込んで、
トロルは呻き声と共に階下へと消えていった。







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