Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第7章+みそらで嗤う道化師

第81話 失った代償に得たもの





「……クウォーツ!? サキョウ!!」
「ジハードっ!」


突如後方から聞こえてきたガラガラと崩れる音に、ティエルとリアンは思わず振り返った。

見れば、トロルの立っていた周囲数メートルが崩れ去っているではないか。
恐らく三人とも崩壊に巻き込まれたのだと思われる。




「シャシャシャ! 可哀相に……お友達しゃんはお亡くなりになってしまったようでしゅね。
でもマロが冥福を祈ってあげるから大丈夫でしゅよ!」



「勝手にサキョウ達を殺さないでよ、彼らは生きている。必ずね!」
向ってきた刃のブーメランを身を捻って避けたティエルは、剣を握り直してタムラマに切りかかった。

「あんたが死んでも、わたしがご冥福をお祈りしてあげるわよ!」



「ヒェェー、それは困るでしゅ。マロはまだまだやりたい事がたっくさんあるんでしゅ!」

身軽に一回転をしたタムラマは、ちょこんとティエルの竜鱗の剣の先に乗る。
そして、試すようにニタニタと癇に障る笑みを浮かべた。


「ヴェリオルしゃまはティエルしゃん、あんたが欲しいんでしゅ。おとなしくマロと一緒に来るんでしゅ。
そうしなければ、大切なお友達が死んでしまうことになるんでしゅよぉー!」




「退場するのはあなたの方じゃないかしら? この私の存在を忘れるとはいい度胸ですわね!」

そこへ、背後から現れたリアンが杖を振りかざしてタムラマを殴り飛ばす。
不意の出来事であったので、タムラマは奇妙な悲鳴を上げてあっさりと軽く吹っ飛んでいく。


「ティエル、こいつの言うことなんか聞くんじゃないですわ。早くサキョウ達を助けに行くんでしょ?」




力強いリアンの声にハッと我に返ったティエルは、やがて照れくさそうに笑みを浮かべた。

「そうだね……ごめん。わたしヴェリオルの名前を聞いて、頭にカッと血が上っちゃって。
苦しそうな顔のミランダおばあさまやゴドーの顔が急に思い浮かんじゃって……」


燃える炎の中、オレンジ色に照らされたヴェリオルの憎々しげな笑みと、倒れる祖母にゴドー。



『オレは、この国を……そしてあなたを守るために剣を握った。逃げる事なんて、できませんよ』
柔らかい色合いの金髪。いつも前を向いていた、黒目がちな瞳。……ガリオン。




「ヴェリオルはいとも簡単にわたしから全てを奪ったんだ。一瞬で!
おばあさまも、ゴドーも、友達も……ガリオンも皆、みんな一瞬でわたしから奪ったんだ!!」


「ティエル……」



大きな瞳にいっぱいの涙を浮かべたティエルを、リアンはなす術もなく見つめていたが。
やがて静かに目を閉じて、彼女は優しくティエルを引き寄せる。


「──お願いだから、怒りに飲み込まれないで。自分をしっかり持って。
確かにあなたは多くのものを失ったけれど……その代償に、多くのものを手に入れたのだから」




リアンの決して嫌な気分にはならない微かな香水の甘い匂いを感じながら、
ティエルはああそうだったんだと目を閉じた。

確かに自分は、一夜にしてとても多くのものを失ってしまった。
──けれど、その代償に、決して出会うはずのなかった者達と出会うことができたのだ。



「本当に……ほんとに、そうだったね、リアン。わたし、そんなこと分かっていた筈だったのに」

一度だけギュッとリアンにしがみ付いたティエルは、
それからゆっくりと向かいの壁に激突して身を起こしているタムラマに目を向ける。



「……わたし、リアンにたくさん勇気貰ってる。元気貰ってる。それで今の自分がいるのに、忘れてた」



「分かればいいんですのよ」
ニッコリと誰もが見惚れてしまうような可憐な笑顔を浮かべて、リアンはティエルの頭を撫でてやった。

「さ、あの変態ピエロをやっつけましょう?」




「ヘンタイとは聞き捨てならないでしゅねえ、マロは至って普通のプリチィな道化師でしゅよ!」
背中をさすりながら口を開いたタムラマは、再び両手にブーメランを構える。

「次で終わりにしてあげましゅよ、このクレセント・エッジの威力をとくとご覧に入れましゅ」


そう言いながら弾みをつけてクレセント・エッジを宙に放り投げた。
それはまるで意思を持つ生き物のように、円を描いてティエル達に向かって行く。



初めは目で追うのもやっとであったブーメランの動きではあったが、気をつけてよく見てみれば、
決まった動きをしているではないか。




「二番煎じはもう通用しないよ、この勝負もらった!」

クレセント・エッジがタムラマを中心として大きな八の字に動くことを悟ったティエルは、
口元に笑みを浮かべて剣を振り下ろした。



……カキィィン!
耳障りな音と共に、クレセント・エッジの片方が遠くへ弾き飛ばされる。


「マ、マロのクレセント・エッジが弾き飛ばされるなんて……あり得ないでしゅ! 何かの偶然でしゅよ!」
壁に激突してカランカランと地に落ちるブーメランを、タムラマは思わず振り返って見た。




「隙ありですわよ、おバカさん。天空を舞う烈風を真空に変え、標的を切り刻め……」
しかし、その隙に詠唱を完了させていたリアンが両手で杖を振りかざす。

「行け、ウインドカッター!!」
スパァァァンと、勢いよく風の刃がタムラマを襲う。血が飛び散り、これは確実に大ダメージである。



「……月の鏡はあなたには必要ないものでしょう? 悪いけど、わたし達には必要なものだから!」

風圧で思わずバランスを崩したタムラマに、ティエルは剣を捨てて飛び掛った。
ゴロゴロともつれ合う様にして地面を転がっていき、その隙にタムラマから月の鏡を奪い取る。


「やったあ、月の鏡を手に入れたよ!」




幸い、鏡にはヒビ一つないようである。ティエルはホッと安堵のため息をつく。
しかし、隣に蹲っていたタムラマは、何故か口元に不気味な笑みを浮かべていた。

そのタムラマを首を傾げて眺めていたリアンだったが、急に表情が強張ると地面を蹴って駆け出した。



「ティエル伏せてっ! ああもう、間に合わない!!」



鏡を抱えて喜ぶティエルの背後から、なんともう一つのクレセント・エッジが向かって来ていたのだ。
タムラマの不気味な笑みの正体はこれだったのである。

もう間に合わないと悟ったリアンは、目を瞬くティエルを抱きしめる様にして地に伏せた。




「……リアン……?」
いまだ状況が把握できないティエルは、鏡を抱えたまま目の前のリアンを見る。

「一体何が起こったの……?」



「もう、ほんと……あなたったら頼りなくて、危なっかしくて、私がいないと駄目なんですから……」
ゆっくりと顔を上げたリアンは呆れたような笑みを浮かべると、そのままドサリと力なく地に崩れてしまった。

その華奢な背中に突き刺さっているのは──クレセント・エッジ?
気が動転して抱え起こそうとしたティエルの手は、ベットリと赤い血で染まっていた。




「あ……やだ……嘘、うそっ……!! わたしの所為だ、わたしが……」



「シャッシャッシャ! お仲間しゃんはどうやら全員死んでしまったようでしゅね!?」
ボタボタと血を垂らしながらタムラマは笑い声を上げると、重い足取りで窓枠へ飛び乗る。

「チャンスと言いたいところでしゅが、マロもこの傷ではもう動けましぇん。
ここはひとまず退却してあげるでしゅ。……守ってくれたお仲間しゃんに感謝しゅるんでしゅね!」


そう言い放ったタムラマは軽く一回転をすると、まるで煙のように掻き消えた。




「あのピエロ、勝手に殺さないでいただきたいですわ……このくらいじゃまだまだ私は殺せなくてよ……」
「リアン! ……リアン、今助けるからっ!!」



暫く呆然としていたティエルだったがリアンの声にハッと我に返ると、
彼女に突き刺さっている刃を引き抜き、自分の赤いマントの綺麗な部分を破って傷口に巻きつける。

あとはジハードの治癒魔法を待つしか手はない。
途端に現実を突きつけられた様な感覚に陥ったティエルは、思わずぼろぼろと大粒の涙を落とし始めた。



自分が全て悪いのだ。
タムラマの言葉に動揺してしまったり。油断して、背後のクレセント・エッジに気付かなかったり。




「……バカね、何泣いているのよ。安心なさいな、勝ったんですのよ。ピエロはもういないんですのよ」
「ごめんね、ごめんね……鏡なんか手に入れても、リアンが無事じゃなきゃ全然嬉しくないよ……!」

「……あーら、冗談でも嬉しい言葉ですわね。そのゴドーとやらが聞いたら嫉妬されそうですわ……」



「冗談なんかじゃないよ、だって……リアンは、リアンは……わたしの大切な……」
汗ばんだリアンの手をギュッと強く握り締めながら、ティエルは祈るように目を閉じた。


何故、自分はこんなにも無力なのだろう。

あの日自分は誓ったではないか。大切なものを守れるくらいに強くなると。
サキョウ達も、きっと生きている。そう信じるしかない。


しかしそのティエルの願いとは裏腹に、彼らが落ちた階下からは物音一つすらしない。




(どうすれば……どうすればいい!?
わたしは、誰かがいないと何もできない無力な人間のままなの……!?)


──辺りは、まるで生きる者はティエルただ一人であるかの様に静かであった。




『驚いたなァ、こんな所に満月草が生えているなんて』

『満月草というのはね、満月の夜にしか咲かない花のことだよ。
その白い花びらを細かくすり潰して使えば、薬草の何十倍もの治癒能力があるんだ』




城の入口で、サキョウとジハードが言っていた言葉。

苦しそうに荒い息をしているリアンを暫く抱きしめていたティエルだったが、やがて静かに顔を上げた。
その瞳には先程までの弱い光はなく、言い表せぬ強い意志が宿っている。


「……わたしが必ず助けるから。だから、それまで頑張って……!」







+DeadorAlive+