| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第7章+みそらで嗤う道化師 第82話 想う気持ち トロルの重みに耐え切れなくなった脆い床は、ガラガラと音を立てて周囲を巻き込んで崩れていった。 一つのものが崩壊したのをきっかけに、同じく脆くなっていたあちこちが連鎖的に崩れていく。 まさにドミノ倒しさながらの光景である。 ようやく崩壊の止まった階下は、瓦礫や壊れた家具によって滅茶苦茶になっていた。 ──しんと静まり返っている辺り。誰も動く者はいなかった。 「……うっ……」 丁度柱の隙間に落ちたようで、上に降り積もる瓦礫も少なかったジハードが目を覚ます。 落ちた時に強く打ちつけた背中に痛みが走ったが、深刻なほどではない。 弾みをつけて瓦礫から這い出たジハードは、辺りの様子を見て一瞬息を飲み込んだ。 ここは丁度、先程トロルから逃げるために飛び込んだ一階の広いホールなのだろう。 なんとなく見覚えがある。 しかし周囲は深く瓦礫が降り積もり、まさに足の踏み場もないほどだ。 「……クウォーツ、サキョウ……どこにいるんだい? いるなら返事をしてくれ!」 眉をひそめ瓦礫の上を四つん這いになって進みながら、ジハードは口を開いた。 ……返事はない。代わりに、しんとした静寂が彼に応えてくる。 「まさかトロルの落下に巻き込まれて、下敷きになってしまったんじゃ……」 「誰が下敷きだ。お生憎様、私はそんなに鈍くないんでね」 急に頭上から響いてきた声に驚いてジハードが顔を上げると、折れた柱の上にクウォーツが立っていた。 あちこちに擦り剥いたあとが見受けられるが、特にひどい怪我はしていないようである。 「それよりも、先程からサキョウの姿が見えんのだ。一通り探して回ったのだが……見つからない」 ポンと柱を蹴って地面に着地したクウォーツが、淡々とした口調で言った。 「本当にトロルの下敷きになったのかもしれんな」 「……かもしれんなって……一大事じゃないか、手遅れになる前に早く彼を探さないと!」 ハッと顔色を変えたジハードは、急いで立ち上がるとサキョウの姿を求めて走り始める。 暫く進んでいくと、大階段の近くに一際瓦礫が降り積もる場所があった。 クウォーツとジハードはそこに何かを発見したらしく、無言で駆け寄っていく。 そこには、だらしなく口から舌を出して息絶えたトロルが半分埋まっていた。 しかし彼らが見つけたのはそんなものではなく、トロルの横に落ちていたハチマキである。 赤と緑の濃い色合いのそのハチマキは、モンク僧の証であるとサキョウが身に着けていた物。 そしてトロルの巨体の下からは、血にまみれた太い腕が見えていた。 「サ……」 「……サキョウ!」 愕然とするジハードの隣で、クウォーツは膝をついて太い腕を引っ張り上げるが。 身体の方はトロルに潰されてしまっているのか、虚しく千切れた腕だけが彼の手に残る。 「おい……嘘だろ……」 「あなたは心優しいひとだった。いつだって朗らかで、頼もしくて……言葉なんかじゃ言い表せないよ」 地面に膝をついて唇を噛みしめるクウォーツの背後で、ジハードは静かに瞳を閉じて手を合わせた。 「どうか安らかに……」 「おおーっ、二人共探したぞ! 無事だったのか、本当によかった……!!」 「は……?」 背後から響いてきた聞き覚えのある明るい声に、クウォーツとジハードはゆっくりと振り返る。 そこには満面の笑顔を浮かべたサキョウが両手を広げて立っていたのだ。 「いやあ、探したのだぞ! このどさくさで大切なハチマキもなくしてしまったし……。 ん? お前が持っているのはワシのハチマキではないか! ハッハッハありがと──ごふぅっ!?」 「……紛らわしいことをするな!」 ハチマキを握りしめながら無表情で歩いてきたクウォーツにサキョウは笑顔で手を差し出すが。 バコッという爽快な音と共に、彼に殴り飛ばされたようである。 「な……何故だ……? ワ、ワシは一体何をしたんだ……??」 不意の出来事であったので、決して腕力が並外れて強いとはいえないクウォーツの拳であっても、 かなりサキョウには効いたようである。 「まったく、先程の私が馬鹿みたいではないか。……で、貴様は一体何故にやけているのだジハード」 機嫌が悪そうに眉をしかめたクウォーツは、 ジハードがこちらに向かって何やら笑みを浮かべていることに気がついた。 「こんな天使のスマイルに対して、にやけているだなんてひどい言い草だなあ。 いやさ……いつもは怖いほど冷静なあなたの意外な一面が見れたから、なんだか嬉しくてね」 「……」 その言葉にクウォーツは、もう付き合いきれないといった様子でスタスタと歩き去ってしまった。 「あれれ? ……別に恥じる事でもないと思うのだけど。 他人を理解するって難しいなぁ。おや、サキョウ。あなた少し怪我をしているじゃないか」 フウと軽い溜息をついたジハードは、隣のサキョウの腕から血が流れていることに気がつく。 「見たところそんなに深い傷でもないけど……一応治しておいた方がいいね」 「おっ、気付かなんだ。落ちた時に色々と転がって行ったから、その時に擦ってしまったようだな」 苦笑しながらサキョウはジハードに腕を差し出した。 一回思い切り深呼吸をすると、ジハードは目を閉じてサキョウの腕に手をかざす。 淡い緑色の光が優しく傷口を包んでいった。 それを暫くぼんやりと眺めていたサキョウだったが、やがて呟くように小さな声で口を開いた。 「……なあ、ジハード。ワシはもしかしたら、クウォーツにあまり好かれてはいないのかもしれんな」 「え?」 サキョウの意外な言葉に、ジハードは目を瞬いて彼を見る。 「どうしてそう思うんだい? あなたらしくないよ。……大体、あなたを嫌う者なんているもんかい」 「なんとなくな……。しかしワシも、あいつに決して好かれるようなことをしていないとは思う。 少し前までは、あいつを……人として認めるのも許せなかったのだ……」 自嘲気味にそう呟いたサキョウは、こちらをジッと見つめているジハードから目を逸らした。 「クウォーツはきっと、ワシを心の奥底では憎んでいるのだ。だから……」 「はい、治療はおしまい」 ニッコリと穏やかな笑顔を浮かべたジハードは、完全に傷の癒えた彼の腕を軽く叩く。 それから、突然の出来事に目をまん丸に見開いているサキョウに向かって口を開いた。 「……あなたはきっと好かれているよ。それは間違いなく言える」 ジハードの少年にも少女にも見える不思議な笑顔を暫く眺めていたサキョウは、 やがてつられたのか笑いを吹き出した。 「なんだかお前にそう言われると安心するな。治療までしてもらって、本当に世話をかけるなぁ」 「そうだよ。分かっているのなら、無茶なことばかりしないでよ。向かって行くことも大切だけど、 時には引くことだって大切だ。一言で言うなら、心配する方の身にもなってってこと!」 呆れたように頬を膨らませたジハードは、やれやれと両手を腰に当てる。 「まぁ少々ひどい怪我をしたとしても、あなたは死にそうもないけれど。きっと長生きするよ」 「わははは、それはありがたいなあ! 不死鳥のお前よりも長生きできるといいが」 「……」 少し離れた所から聞こえてくるサキョウの笑い声に顔を上げたクウォーツは、 何か言いたげな表情であったが、それも一瞬の間だけであった。 +DeadorAlive+ |