Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第7章+みそらで嗤う道化師

第83話 あなたのぬくもり





「全てが終わったら……一緒に暮らそう。誰も知らない場所で、静かに、二人だけで」















「……ん……」

目を開けると、月明かりにうっすらと照らされた石の天井が見える。
頬に暖かい感触を覚え、そっと震える手で触れてみると、気付かぬうちに涙が流れていた。




クレセント・エッジが突き刺さった背中の痛みは、もう既に感じられなくなっていた。
……自分は助かったのだろうか。それとも、ここは……。


そんなことをぼんやりと考え始めたリアンは、ふと気配を感じて視線を移動させる。



一番最初に目に映ったのは、艶のある栗色の長い髪。
リアンに付き添うようにして、ティエルがうつ伏せでぐっすりと眠っていたのだ。

ティエルがいるという事は、おそらく自分は助かったのだ。少なくともここは地獄ではないだろう。
思っていたよりも、自分はなかなか丈夫にできているようである。




ふっと表情を和らげたリアンの瞳に次に映ったものは、暗闇に溶け込むような青い色。

首だけを静かに横に向けると、クウォーツが片膝に腕を乗せながら地に座り込んでいた。
どうやら雰囲気からするとここは月鏡の城のようである。




「……気がついたのか」

リアンが目覚めたことを悟ったクウォーツは、ボソリと呟くようにして口を開いた。
その彼の表情が、何故か見ていて哀しかった。とても遠くに感じた。……こんなことは初めてだった。


思わず、行かないでと手を伸ばしてしまいそうになる。
ここにいるのに。こんなに近くにいるのに。それなのに、こんなにも遠くに感じるのは何故なのだろうか?

何故かこれ以上クウォーツを見ていられなくなったリアンは、黙ったまま思わず視線を逸らす。




「うなされていた。……悪い夢でも見ていたのか」
そんなことには気付かずに、いつもの様に淡々とした口調でクウォーツは言葉を続けた。

「貴様にも、そんな繊細な部分があるとは驚きだったな」



「……死神みたいなあなたがいるんじゃ、死んで地獄に落ちたのかと思いましたわ」
ティエルを起こさぬように、リアンはそっと身体の向きを変えて彼に顔を向ける。

「いやですわね、この私がうなされるわけないでしょう。悪夢は不幸な人間が見る物なんですのよ」




「──けれど、泣いていた」


サッと月が雲に隠れ、辺りを一瞬だけ闇が包む。
次に月明かりで照らし出されたリアンの顔色は、まるで蝋人形のように蒼白であった。

命を持たぬ美しく冷たい人形が、そのまま無造作に床に倒れているような。
暫く、長い沈黙が辺りを支配する。聞こえる音は、どこからか聞こえてくる雫の音のみ。




「……あまり無理するなよ。ケンカ相手がいないと……張り合いがない」


そう口にしたクウォーツは立ち上がると、彼女に背を向けて静かに扉に向かって歩き始めた。
彼が扉を開くと、重そうにバケツを抱えたジハードと出くわす。

「あれ? クウォーツ、こんな夜更けに一体どこに行くんだい。いくらなんでも外は危険だよ。
ぼくだって怖さで高鳴る胸を押さえながら、こうして水を汲みに行ったわけで……」



「すぐ戻る」
ボソリとそう一言呟くと、クウォーツは後ろも振り返らずに暗い廊下を歩いて行った。




首を傾げつつジハードが部屋の中に入ると、リアンの方を向いてホッとした表情を浮かべる。
「よかった、気付いたんだね。まだ動かない方がいい、決してあなたの傷は浅くなかったのだから」


「うーん、私怪我した所までは覚えているんですけど……。あれからどうなったのかしら?」
寄り添うようにして隣で眠るティエルの顔を眺めながら、リアンは首だけをジハードに向けた。

「あなた達、トロルと一緒に階下へ落ちていったじゃない。ジハードが助けてくれたんですの?」




「……応急処置がよかったんだ」
バケツを抱えながらこちらに向かって歩いてきたジハードは、ドンとバケツを地に下ろす。

「あのままだったら間に合わなかったかもしれない。けれど、ティエルが満月草をあなたに」



「満月草? それって確か、この城の屋根付近に生えていた薬草ですわよね。
あんな足場の悪い所に生えている草を、ティエルったらどうやって取ったのかしら……」

そう言いながらリアンは静かに身を起こすと、眠っているティエルに目を落とした。


しかしよく見てみると、彼女の手足にはタムラマと戦った時にはなかった傷跡が多数見受けられたのだ。
擦り剥いた傷、鋭利な刃物に切られたような傷、強く打ち付けたようなアザ。


手のひらなど、目も当てられぬ程ボロボロに擦り剥けていた。




「ティエルはあなたを助けようと、壁伝いによじ登って満月草を取りに行ったんだ。
あんな所から落ちたら、それこそ即死なのにねえ」

ふうと溜息をついたジハードは、リアンの隣に腰を下ろして頬杖をつく。



「ティエルも……そして、リアン。あなたもだよ。どちらも本当に命知らずなんだから」
「悪かったですわねえ。私だってあの時、咄嗟にそれくらいしか思いつかなかった……」

どこか説教くさいジハードの物言いに、リアンは少し眉をひそめて口を開く。
しかし、彼の表情を見て思わず口をつぐんでしまった。




「……お願いだから、少しは心配する側の身にもなってくれよ」
ジハードの表情は、彼の心の優しさが一目で分かるような。その優しさ故の苦しい表情であった。


「……心配かけて、本当にごめんなさい」
そんな彼の表情に心が痛んだリアンは、少し俯いて呟いた。

「ごめんなさい……」















「おぉーっ、今夜は実によい月だな! お前が月を愛する気持ち、少しはワシにも分かったよ」
トロルが落下した衝撃でガラガラに崩れ去ってしまった窓枠に腰掛け、サキョウが歓喜の声を発した。

「リアンも何とか大丈夫そうだしな、何はともあれ良かった良かった!」



大きくくりぬかれた窓の外には、美しい薄黄色の月と満天の星空が広がっている。
そんなサキョウの隣では、クウォーツが腕を組みながら窓枠にもたれかかっていた。



「まぁな」

軽く上に視線を移動させながら、彼はいつもの通りに素っ気無く答えをサキョウに返す。
サキョウはそんな無愛想なクウォーツの返事にも気にすることなく、窓から身を乗り出した。


「こんな夜空を見ていると、いかに自分がちっぽけな生き物か思い知らされるなぁ……」




「……どうでもいいが、貴様は疲れという単語を知らんみたいだな。生気が有り余っているように見えるが」
ちらりと視線を隣に移したクウォーツは、自分の腰ほどの太さもあるサキョウの腕を見つめる。

「貴様の血でも吸えば、私も貴様のように疲れ知らずになるのかね。一滴くらい頂きたいな」



「そ、そんな獲物を狙うような目で見るでない。どうも落ち着かんよ……。
しかしお前が生きる為に仕方がないと言うのなら、……ワシの血でよければやってもいいのだぞ」

大きく開かれた窓から静かな夜の風が入り込み、彼らの髪を揺らしていく。
暫くの沈黙が流れたが、突然サキョウは何かを思い出したかのように躊躇いながら口を開いた。




「そ、そういえばヴァンパイアの吸血行為の感覚は、いわゆる性行為の感覚に近いと聞いたのだが……」

「? ……まぁ、感じるものはそれに近いかもしれんな」
急にそわそわと態度が変わり始めたサキョウに訝しがりながら、クウォーツは眉をひそめる。



「お……お前は先程、ワシの血が欲しいみたいな事を言っていたよな?」
「?? ……言ったかもな……」


「のおおおおああぁーーっ!! い、いくらお前だとしても、できれば女性の方が好ましいのであって……!」
変な叫び声を上げながら、サキョウは半分転がるようにしてクウォーツから身を離した。

「ワシの守り抜いてきた純潔が奪われてしまう!」




「……なんだか随分と一人で楽しそうだな。何が純潔だ、馬鹿者が」
冷たい瞳を更に冷ややかに細めて、その形の良い眉をひそめながらクウォーツが静かに口を開く。

「私だってどうせ血を吸うのなら、ごつい上に汗臭い大男は勘弁願いたいね」



「クウォーツ……お前今、サラリとひどい事を言わんかったか……?」
無言で再びサキョウから視線を外したクウォーツに、サキョウはやれやれと苦笑しつつ近寄って行った。

「すまんって、冗談だ冗談。ちょっとしたお茶目なのだから、そんなに機嫌を損ねんでくれよ。
でも、お前がどうしても必要と言うのならば、血を分けてやる覚悟はできているというのは本気だぞ」




「……」

返事はなかった。
命が宿っているとは思えぬ人形めいた美しい顔に影を落としたクウォーツは、黙ったまま目を伏せる。


そんな彼の複雑な心中を察したのかそうでないのか、サキョウは明るく笑うと夜空を見上げた。
顔に、どことなく寂しげな表情を浮かべながら。







+DeadorAlive+