Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第8章+考古学者アリエス

第85話 考古学者アリエス-2-





薄暗いテントの中のあちこちに置かれているロウソクの火が、か細く頼りなげにユラユラと揺れている。



随分と濃い色合いの自分の影に目を落としたティエルは、暫くしてから目の前の人物を見上げた。

ロウソクの火に照らされる、緑のローブの男。
若葉色をしたぐりぐりと大きな瞳、低い鼻に、まるで少年期のように男くささを感じさせられない顔立ち。


そんな幼い外見とは裏腹に、ロウソクが照らし出した彼が浮かべる表情は老人のようであった。
一瞬だけアリエスと骸骨のようにやせ細った老人が重なって見えたティエルは、慌てて目をごしごしと擦る。





「……嬢ちゃん達はオレを探していた。見たところ、化石発掘に興味があるとも思えないしな。
──とすると、用件は大体察しがつく」

ニヤリとどこか意味ありげに笑みを浮かべるのは、彼の癖なのだろうか。
そんな笑みを口元に浮かべたアリエスは、ティエル達一人一人の顔を順繰りに眺めていく。


「封魔石……だろう?」




「……わたし達……封魔石イデアを探しているんだ。アリエス、あなたなら何か知っていると思って」

マントの裾をギュッと握りしめ、ティエルは絞り出すようにして言葉を発した。
思いのほか喉が乾燥していたらしく、少々上擦ったような声が口から洩れる。


「もしも知っていたら、教えて欲しいの。封魔石について知っている限りのことを」



「へえ、どんな封魔石かと思えば……灰色の封魔石イデアかい」
丁度その時シミズと呼ばれていた女性が、6人分のお茶を持って姿を現した。

軽く礼を述べたティエル達に向かって上品な会釈を返すと、女性はトレイを持って再びこの場から姿を消す。




「確かにイデアについて知っている奴なんか、そうそう見つからないよ。まさに幻の封魔石ってやつ。
あんた達、オレに会えてラッキーだったね」

「それではおぬしはイデアのことについて何か知っているのか? 知っていたら教えて欲しいのだ」




「まぁまぁおっちゃん、そんなに焦りなさんな。ゆっくりと時間をかけて説明してあげるからさ」
アハハ、と軽く笑みを浮かべたアリエスは、女性の持ってきたお茶に口をつけた。


「いやー、やっぱりシミズさんの入れてくれたお茶は最高だね。んじゃ、本題に入りましょうか」


そう言いながらアリエスは手元に散らばっていた何冊かの本を拾うと、ぱらぱらとめくり始める。
その衝撃で降り積もっていた埃が軽く舞い上がり、ジハードが小さな咳をした。




「どんな強い呪いでも解くことができる唯一の封魔石イデア──……。
その実物は誰も見たことがなく、ほぼ伝承上の封魔石である。どんな形なのか、どんな色なのかも分からない」

分厚い本をめくり軽く詩のような物を口ずさみながらアリエスは、とあるページで手を止める。


「けれどイデアは確かに実在した。何故ならこのオレが、一年前まで手にしていたのだから」




「いっ……一年前までイデアを持っていたんですの!?」
そのアリエスの言葉に、リアンは思わず大きな声を出して立ち上がった。

「それで、今はどこに? 今も持っているんですの? どこで見つけたんですのよ!?」


「……おい、落ち着けよ」
完全に目の据わっている状態のリアンを、眉をしかめながらクウォーツは静かに咎める。




「そうそう、兄ちゃんの言うとおり。嬢ちゃん落ち着いてくれよ。どうせ今はもう手元にないんだからさ」
渋々ペタンと座り込んだリアンに、アリエスは申し訳なさそうに口を開いた。

「手元にないというか……正確には盗まれてしまったと言った方が正しいかな」




「確かにそんな伝説上の封魔石を持っていることが誰かに知られたら、盗まれない方がおかしいけど」
ぺらぺらとリグ・ヴェーダのページを弄びながら、ジハードがどこかそっけなく呟く。

「しかしあなたは、強奪者など倒せるくらいに強かったのではなかったのかい?」



「いい所に気がついたね、ジハードくん。そこなんだよ」
「……おや? ぼくはあなたに名を教えた覚えはないのだけれど……」

パチンと指を鳴らしたアリエスを、ジハードは思わず顔を上げて怪訝そうに見やった。
しかし彼の方は実にあっけらかんとして、へらへらと軽い調子で答える。


「そうだったっけ? お仲間の誰かがあんたの事をジハードって呼んでいたのを聞いただけだよ。
……そうそう、封魔石イデアはよりにもよってオレの留守中に盗まれたんだ」




「留守中に? そもそも何で、アリエス博士が封魔石を持っていることがバレちゃってたの?」
「おっと、嬢ちゃん。オレのことはアリエスでいいぜ。博士なんてつけられるガラじゃないよ」

シミズの持ってきたお茶に口をつけながらこちらを見ているティエルに向かって、
アリエスはぷらぷらと片手を振ってみせた。




「オレの助手の一人が裏切ったんだよ。情報を奴らに売りやがった。
オレが戻らない夜を狙って奴らは襲撃をかけた。火を放ち、全てを滅茶苦茶にしてくれたんだ」


「助手さんの一人が? さっきから思ってたんだけど、テントの中にいるのはシミズさん一人だよね?
見たところ助手さんが一人も見えないけど……もしかして、それ以来助手を取ってないとか?」

キョロキョロと辺りを見回し、ティエルは広いテントの中に人影が見えないことを確認した。
佇んでいるのは物言わぬ生物の化石だけ。




「……まぁ、そういうことになるかな。いくら親身になって接していた助手でも、あっさりと裏切りやがる。
信用できるのは自分だけだってね。唯一信用できるのはシミズさんだけだ」

ロウソクのオレンジ色に染まった彼の顔に、一瞬だけ修羅のような表情が通り過ぎる。
それは幼すぎる彼の顔立ちにはあまりにも不釣合いだからこそ、ゾッとするような感覚を覚えた。


「あの事件で、シミズさんはひどい大火傷を負っちまった。
──それこそ一生消えることのない火傷の痕が彼女の背には残っている」




アリエスの握りしめたカップが怒りのために微かに震えている。
それを目にしたティエル達は、言うべき言葉も見つからずに困ったように顔を見合わせた。


「……それじゃもしかして、そのイデアを奪った連中というのがドゥーペル教の奴らなんですのね?」



リアンの言葉にアリエスは静かに頷いた。
ドゥーペル教の信仰対象がイデアかもしれないと言ったのは、ベムジンの大僧正シグンである。

「やっぱり大司教ゲマの差し金だったんですわ……あいつはミサと称し、
信者の中から生贄を選んで虐殺する男だって聞きますの。考えただけでも気持ち悪いですわ」




「けれど、そのドゥーペル教の司教がイデアを奪って何に使うんだい?」

首を傾げるジハード。
確かにそうだと、隣でサキョウが深く頷いている。


「信仰対象ならば、いくらでもあるだろうに。何故イデアを……?」




「イデアの効果は先程言っただろ、どんな強力な呪いも解くことができると」

あまりにもサイズが大きすぎるので少々ずれてしまった帽子をかぶり直すと、
アリエスはふふんと鼻を鳴らしながら人差し指を前に突き出した。

「封魔石イデアには五つのスペルが刻み込まれているんだ。五つ揃って、最大の力を発揮する。
しかしイデアのあまりの強大な力に、大昔の賢者さんは五つのスペルをイデアから消し去っちまった」


アリエスは続ける。



「イデアをめぐっての争いを危惧したのかな。スペルが刻み込まれていなくても充分強力だけどね。
大司教ゲマはどうやら、その五つのスペルの一つ『血のスペル』を持っていたみたいだ」




「……血のスペル?」
今まであまり興味がなさそうに聞き流していたクウォーツが、思わず首を傾げた。


「おや兄ちゃん、聞いたことがあるかい?」
クウォーツを一瞥し、アリエスは指折り数えながら確認するようにして言葉を発する。

「血のスペル、運命のスペル、宵闇のスペル、混沌のスペル、断罪のスペル。
この五つが聖なる封魔石イデアを形成するスペルってわけだ。五つも探すのは大変だねえ」




「聖なる封魔石のわりには、血のスペルって名前のものがあるんだね……」
思わずブルッと身を震わせたティエルは、青い顔をしながらそう一言呟いた。







+DeadorAlive+