Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第8章+考古学者アリエス

第87話 まやかしの森





一言で言えば、黒い森、であった。


深く生い茂った木々に遮られ、細々と微かに月明かりが届く程度である。
それでも足元や周囲の様子がよく分かるのは、所々の岩や大木に付着している光ゴケの所為だろう。

ぼんやりと青白く輝くその光は、どこか蛍を連想させる。




全体的に水分を多く含んだ森のようで、雨も降っていないのにあちこちの葉から雫が垂れていた。
しんと静まり返った辺りからは、時折どこからかホウホウとフクロウの鳴く声が聞こえる。


夜の妖精が出てきそうな幻想的な森だなぁ、と先頭を進むアリエスの後ろ姿を眺めながら、
ティエルはのん気にそんなことを考えていた。


その時、ポタリと冷たい雫がティエルの首筋に落ちてくる。




「ひゃあっ!」

次の瞬間、彼女は情けない声を発して数メートル後ろに飛びのいた。
ティエルの後頭部は運悪く丁度後ろを歩いていたジハードの頭と激突してしまう。



「……ちょっと、そんな石頭で当たられちゃ痛いじゃないか」
「いたたた……ご、ごめん……。いやでも、大丈夫だよ。ジハードの頭も相当の石頭だから」

ヒリヒリと痛む額をさするジハードに、ティエルは振り返り慌てて謝った。




「あらあら、石頭同士がぶつかったら相当痛いんじゃなくて? 私じゃなくてよかったですわー」

「貴様の頭の中には増殖スライムが入っているから大丈夫だ。ぶつかっても軟らかいしな」
意地悪そうに笑みを浮かべるリアンの背後で、ボソリと小声でクウォーツが呟く。


「ぞ、増殖スライム!? ……一体何なんでーすの、それ」
それを彼女が聞き逃すはずはなく、早速うだうだと他愛のない口論が始まった。



「お前達、これから敵の本拠地とやらに乗り込むのに緊張感が全然足りんぞ」
早速いつものようにサキョウが間に入って窘める。




「まぁ、いーんじゃない? いつも通りで。緊迫してたら反対に失敗することもあるしね」
樫の木で作られたような先が丸まった杖──メイジスタッフ──を持ったアリエスが振り返った。

緑の帽子とローブを身に付ける、一見どこにでもいるようなただの青年であるが、
彼は闇の世界で名を轟かせる考古学者アリエス=ファレル博士なのだ。




ティエルらはイデアを奪ったドゥーペル大司教・ゲマから封魔石を取り返すために、
アリエスに連れられて、ゲマの本拠地に向かっている。

取り返した暁には、封魔石イデアをティエル達に譲るとはっきりアリエスは言ったのだ。
彼いわく、月の鏡を命懸けで取ってきた彼女達を気に入ったからだそうだ。





ガサガサと葉をかき分け進んでいくと、少し広い場所に出る。



「……ねえ、アリエス。こんなところに本当にゲマの隠れ家なんてあるの?」

「嬢ちゃ……じゃなかった、ティエルちゃん。隠れ家というか、地下神殿と言った方が正しいかな。
信者しか知らない秘密の場所さ。どうだい、ドキドキしてきただろう?」

楽しくてたまらない、といった様子でアリエスが口を開く。
これだけ見ていると、考古学者の肩書きなど到底想像もつかない幼い子供のような表情である。




「へぇ〜……奴隷信者達に作らせた大神殿があるって話は聞いていましたけど、
まさかこんな森の中にあったなんて想像もつきませんでしたわ……」

「そうさ、意外だろう? 誰も知らなかったのは、
ゲマが森に巧妙な魔術をかけていて、神殿に辿り着けないようにしていたからさ」

感心したように呟くリアンの言葉に、アリエスは小気味よさそうに頷いて見せた。



「騙されてほぼ奴隷扱いされてる信者達は、みんな神殿の中で暮らしているだろうからね。
まさに、外界から完全に遮断された場所ってわけだ」




「──で、貴様はその神殿とやらを見つける術を知っているのか?」
長い間湿った森を歩かされているので、不機嫌そうに目を細めたクウォーツがアリエスを睨みつける。


「へへへ、兄ちゃん慌てなさんな。ここであんた達が取ってきた月の鏡のご登場」
おもむろに懐に手を突っ込んだアリエスは月の鏡を散りだし、息をかけて軽く磨いた。

「こいつは真実の姿を映し出す鏡なんだ。前々からこの森が怪しいとは思っていたんだけど、
いつまで経っても神殿に辿り着けなくてさ。こうなったら最終手段ってやつ?」




「……だからおぬしは月の鏡を欲していたのだな。イデアを奪い返すために」


「坊さん冴えてるね! そのとおり。ま、ちょっと見てな。ここから魔法の気配がぷんぷんとしやがる」
2、3歩後ろに下がると、彼は手に持っていた鏡をサッと目の前の大木に向ける。


鬱蒼と茂る木々の間から届く細い月の光が鏡に反射して、大木が青白い光に包まれた。

すると、まるでカーテンを引いたかのように目の前の景色が変わり、
先程まで存在した大木の代わりにポッカリと黒い口を開けた洞穴が現れる。




「ふぅん、これが真実を映し出す月の鏡の効力かい。なかなか面白い物を見せてもらったよ」
感心の混じった溜息をつきながらジハードが呟いた。

「……考古学者は名ばかりではなかったのだね」



「いやだなァ、疑ってた? まいっか。そうそう早く洞穴に入らないと、月の鏡の効果が消えちまう」
帽子を押さえたアリエスは、慌てて洞穴の中にズカズカと大股で入っていく。


「わ、なんかドキドキするな。こっから気を引き締めていかないとね……あ、アリエス待ってよう!」
それに続いてティエルも早足で彼の後を追って行った。

「早くサキョウ達もおいでー」




「……敵の本拠地だというのに、随分とのん気だな。本当にここからは気を引き締めて行かねば」
グッと口をへの字に結んで目の前の洞穴を見たサキョウは、背負っていた荷物を背負い直す。

「おや、行かんのか? ジハード」




「なんだか、この洞穴の奥深くから嫌な気配がするよ。身体にまとわり付くような嫌な気配が」
「フッ、貴様怖いのか? と言いたい所だが……同感だ。それに濃い血の臭いもする」


顔を見合わせるジハードとクウォーツに、リアンはにやりと意地悪そうな笑みを浮かべた。



「やーだ、もしかしてあなた達びびってるんでーすの? 態度は大きいけど、ノミの心臓ですわねえ」
「怖くないと言えば嘘になるけど、びびってるわけではないよ」

ジハードは思わず振り返って抗議をするが、クウォーツの方は無言でスタスタと洞穴に入って行く。




「言ったじゃないですの、ゲマは生贄殺すのが趣味だって。今頃地下ではざくざく……きゃぁっ!?」
「大丈夫か、リアン……うおおっ!?」

そう言いながら歩き始めたリアンの足元が急に崩れ、そばにいたサキョウも大きくバランスを崩した。



「リアン! サキョウっ!!」
慌ててジハードが手を伸ばすが、彼女達の姿は吸い込まれるようにして穴に消えていった。

とっさに下を覗き込むが、暗闇に包まれていて様子が分からない。




「どうしたの、今の悲鳴は!?」
異変に気づいてティエル達が駆け寄って来るが、リアンとサキョウの姿が見えない事に眉をひそめる。

「これは……落とし穴?」



「罠が仕掛けられていたみたいだね」
綺麗にくり抜かれた穴の淵に手を触れ、ジハードが静かに振り返った。

「……どうやら進まなければならない理由ができてしまったようだ」







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