Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第8章+考古学者アリエス

第88話 血の壁画





「う……いてて……」
罠にかかり、かなり下まで落とされたと思われるサキョウが首を振りながら身を起こす。

「おいリアン、お前も無事か? どうやら下が土と瓦礫だったお陰で助かったようだぞ」




少し離れたところでリアンが四つん這いになって髪の泥を叩いていた。
サキョウが足元に手を触れると、白い瓦礫がそこかしこに降り積もっているようである。


「もう、とんだドジ踏んじゃいましたわよ……それにしてもサキョウも無事で何よりでーすわ」
弾みをつけて立ち上がった彼女はサキョウの方へ歩いて行くが、下を見下ろすとガタガタ震え始めた。

「あ……あなたが触っているのは瓦礫じゃないですわよ……」




「なに?」

リアンにそう言われ、彼は首を傾げながら自分が触っていた白い瓦礫をまじまじと見つめる。
……どうやら、白い瓦礫と思っていた物は大量の白骨であったようだ。



「う、うわあぁっ!?」



慌ててリアンの腕を引き寄せてその場から離れ、辺りの様子を観察したサキョウは愕然とする。
彼らが落ちたその周辺は、白い骨で埋め尽くされていたからだ。

かなり古いと思われる黄ばんだ物もあれば、まだ元の顔が判別できるくらいの物もあった。



これは、彼らのように罠にかかり落ちた者達の末路なのであろうか。
……いや。落とし穴があった洞穴の入口は、月の鏡がなければ見つからなかったのだ。

ということは、ここに故意に捨てられた死体なのだろう。
無言で自分の腕にギュッとしがみついてくるリアンの肩を引き寄せて、サキョウは固唾を飲み込む。




「とにかく、先に進もう。進まなければティエル達とも合流できんよ」



彼女を元気付けるようにサキョウが声を発したとき、奥の方から奇妙な一団が足音もなくやってきた。

かろうじて目の部分だけはくり抜かれている先の尖った奇妙な黒いフードで足首まですっぽりと覆い、
手には太いロウソクの乗った職台を何個も持っている集団である。



「な……なんだ、お前らは……っ!?」















「とにかく、リアン達を助けるためにも下に行かなきゃ」
暫くリアン達の落ちた穴を見つめていた彼らだったが、そんなティエルの一声に静かに頷いた。

「この洞窟は地下神殿に続いているんでしょ? だったら急がなきゃいけない」




「そうだなティエルちゃん。さっきテントで調べていたんだけど、今夜はドゥーペル黒ミサの夜らしい。
……どさくさに紛れて、早いところ封魔石をいただいちまおう」

さすがに奴隷信者全員を敵に回して戦う度胸もないしな、とアリエスは軽く笑う。


「そうなりゃ早く行動に移さないとな、最悪の場合リアンちゃん達が今夜の生贄になっちまう。
えーと……そうだな、オレの冴え渡る勘からすると……こっちだ」




再び洞穴の奥深くに進み始めたアリエスの後に、静かにティエル達も続いた。
暫く歩いていくと、明らかに洞穴内部の雰囲気が変わってくる。

先ほどまではゴツゴツとした冷たい岩壁であったのだが、今はその左右にご丁寧に松明が掲げられ、
奇妙な模様の壁画や文字が延々と描かれているようである。



「……アガサ、マナヌヴ……驚いた。何が書いてあるかと思いきや、全部呪いの言葉じゃないか。
願わくば、全ての者に死と永遠の苦しみを。大昔に根絶やしにされた邪教の謳い文句と全く同じだ」

壁画をなぞるようにして手を触れていたジハードは、ふと眉をしかめて壁を食い入るように見つめた。
時折パラパラと落ちてくる白い前髪が気に食わないのか、何度も手で払いのけている。




「……どうしたのジハード、何かまだ変なことが書いてあるの……?」

そんな彼の様子に、ティエルはどこか不安そうに表情を曇らせる。
リアン達の安否が気になって仕方がないのだろう。



「うん……書いてあるってわけではないのだけれど、この文字は全て血で描かれているみたいだね」
ティエルの言葉に、ようやくジハードは壁から身を離した。

「これだけ大量の血……相当多くの者達が生贄と称して殺されているのは確かだよ」




「血を壁画の塗料にするとは、随分と勿体無い事をするものだ」
「こ、怖い事言うなあクウォーツ……でも仕方ないけど」

隣でボソッと呟いた実にヴァンパイアらしいクウォーツの言葉に、ティエルは思わず首を引っ込める。
その背後ではアリエスが、血が勿体無いってどーゆーこと? などと言っているが。




──その時、奥の方からウォォォ、と唸るような歓声が聞こえてきた。
歓声、と言うのも少し違うような気もするが。まるで地の底から響いてくる亡者達の呻き声である。



「……黒ミサが始まりやがったな。ミサに封魔石を使うのは確かだから、とりあえず様子を見に行こう」
「リアン達も無事に抜け出していればいいんだけど……」

メイジスタッフをくるくると回しながら歩いていくアリエスの背を見つめながら、
ティエルは元来た道を眉をしかめながら振り返った。



「あいつらがそう簡単に殺されるような愚か者ではない事は、私よりもお前が知っているだろう」
なかなか歩き出そうとしないティエルに、クウォーツは立ち止まって髪を軽くかき上げる。

「先に進めば合流できるかもしれん。……行くぞ」



「……うん」
こくりと頷いたティエルは、もう背後を振り返らずに歩き始めた。





大分奥の方まで歩いたのだろうか。

黒いフードを頭からかぶった異様な格好の者達が、音もなく通路を歩いているのが見えた。
ここから一番近いのは、槍のような武器を持って扉の前に立つ者である。


壁に身を隠していたティエル達だったが、何を思ったのかアリエスが歩き始めたではないか。




「やあ、こんちは。黒ミサの様子が一番よく見える場所ってどこか知っているかい?」
「それならば、この部屋からよく見える……!? 貴様、何者だ!」

当然扉の前に立っていたフードの者は驚き、彼に向かって槍を突き出す。
しかしそれよりも早くアリエスがスタッフを振り下ろし、ゴキッと鈍い音が辺りに響き渡った。


そのまま声もなく倒れたフードの男の足を引っ張りながら、彼は部屋の扉を開けて中の様子を調べる。
中に人間が一人いることを確かめると、アリエスはティエルらに向かって手招きをした。




「……なんか、見かけによらずアリエスって大胆」
「大胆さでいうならば、あなたも充分負けてはいないだろうけどね」

「なにそれジハード!」




部屋の中に入ると、そこは小奇麗な装飾のされた部屋のようであった。
扉の前に見張りがいるくらいである。今、こちらに背を向けて座っている人物は高い位の者なのだろう。

にやりと笑みを浮かべたアリエスは、静かにティエルにロープを手渡した。


一体何をやるんだろうと彼女が目を瞬いたとき、
アリエスはダッと駆け出して、こちらに背を向けている男の頭に杖を振り下ろす。



「ぐわぁっ!?」


「ほら、ティエルちゃん! 早くロープをっ」
「あ、うん!」




「……あーあ、やること乱暴なんだから。話し合って解決とかできないのかい?」
早速男をロープで縛る彼女らの姿を見て、リグ・ヴェーダを抱えたジハードは溜息をつく。



「話し合いで解決? 甘いとしか言いようがないな……殺られる前に殺れ、私はそれだけだがね」


そう言いながらクウォーツは前に進んでいくと、部屋の一番奥のカーテンを少しだけ開く。
そこは大きな窓になっていて、見下ろす形でミサの行われる聖堂があった。

既に奴隷信者達はそこに終結して溢れんばかりに蠢いている。




「うひゃー……これだけ人間がいると、虫が蠢いているように見えるよなぁ。よくもまぁ集めたもんだ。
さすがにこの人数を相手にするのは辛いよな……ここはどうやって封魔石を奪おうか……」

帽子が落ちないように押さえながら、思わずアリエスは眉をしかめて言葉を発した。







+DeadorAlive+