| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第8章+考古学者アリエス 第89話 薔薇の聖堂 開かれた窓から思い切って下を覗いて見たティエルは、場のあまりの異様な雰囲気に口を押さえた。 何やら香が焚かれているようで、それと果物の匂いと血の臭いが混ざり合い異臭を発している。 骸骨をあしらった置物が──本物なのかもしれないが──至る所に置かれており、 その周囲を囲むように白い薔薇が埋め尽くしていた。 奴隷信者達は皆ぼろ布のような服で、何かに取り憑かれたように一心不乱に祈りを捧げている。 丁度ティエル達の窓の真下には祭壇が置かれており、カエルのような顔をした小太りな男が立っていた。 そこの周囲だけ、まるで血のような色合いの絨毯が敷き詰められている。 どこかカエルが潰れたような顔立ちの男は立派に生やした顎ひげを満足そうに撫でており、 ティエル達に覗かれている事など微塵も思っていないようだ。 太い指には全て悪趣味な指輪がはめられており、身に纏った法衣には金の刺繍。 おそらくこの者が大司教ゲマで間違いなさそうであるが……。 「皆の者、静粛に。静粛に! これよりミサを始める!」 ゲマと思わしき男が前に進み出ると、あんなにも騒がしかった会場は水を打ったように静かになる。 「まずは暗黒卿バアトリ様に捧げる歌を!」 「な……なんなんだい、この歌は……?」 暗い闇の底から響いてくるような不気味な歌声に、思わずジハードは耳を塞いだ。 そうしていないと気が変になってしまいそうである。 アリエス、ティエルも精神力を削られてしまいそうな歌声に急いで耳を塞いだ。 ただ一人だけクウォーツは耳を塞がず、ジッと黙ったまま祭壇付近を見下ろしている。 中央の金の台座に仰々しく置かれている銀色に光り輝く美しい宝石は……イデアなのだろうか。 この位置からではよく見えないので、彼が少し首を傾げたとき。祭壇の奥の方に人影を見つけた。 「さあ、我が子供達よ。今から暗黒卿バアトリ様からありがたいお言葉をいただく!」 肥えた両手を忙しそうに動かしながら、ゲマは興奮したように唾を撒き散らして叫んだ。 「このお方こそが、地上を闇に塗り替えるお方! 全ての者に死を! 永遠の苦しみを!!」 「今日は特別な日ですからねェ……わたくしもそれなりに楽しみにしておりましたよ」 ひっくり返ったような男の高い声。 赤いカーテンがゆっくりとめくられ、場に姿を現したのは一人の男であった。 病的にまでも青白い肌。痩せ型ながらも筋肉質な体躯に黒いマントを羽織っている。 目はいやらしく細く伸びており、神経質そうな黒い口ひげを生やしていた。 装飾品を多数身につけてはいるのだが、派手な色合いの物が多く成金趣味にしか見えない。 全体的に毒々しい雰囲気の男である。 「……あいつ、ヴァンパイアだ」 暗黒卿バアトリと名乗る男をジッと見つめていたクウォーツの言葉に、ティエルは彼を振り返った。 「じゃあ……クウォーツと同じ? それに、ここの一番偉い人ってゲマじゃなかったの?」 「噂によるとゲマの他に黒幕がいるって聞いていたが……まさかヴァンパイアさんのお出ましとはな。 これは厄介だぜ……いくらなんでも、悪魔の貴族ヴァンパイアに手を出すほどオレも馬鹿じゃない」 チッと軽く舌打ちをしたアリエスは、下でふんぞり返りながら話すバアトリを睨みつける。 「イデアを奪うのは一度対策を練り直してからの方がいいよ、早くリアンちゃん達を探して戻ろう」 そうだね、と、アリエスに向かってティエルが頷こうとしたその時。下から大きな歓声が上がった。 「それではバアトリ様、わたくしこのゲマがご用意させて頂いた今夜の生贄をご覧入れましょう」 ゲマがニヤニヤと笑みを浮かべながらサッと片手をあげると、 奥の方から黒いフードをかぶった者達が何か大きい物を運んでくる。 「このような事をしていると、いつか天罰が下るであろう!」 逆さ十字架をあしらったような板に、ジャラジャラと鎖でくくり付けられているサキョウが目に入った。 これではいくらサキョウといえども身動きが取れない。 「ちょっと、レディにこんな扱いをしていいと思っているんでーすの!? これ外しなさいよ!」 その隣では同じく鎖でくくり付けられたリアンが大声で抗議しているが、フードの男達は応じない。 「あっちゃー捕まっちまってる……これって最悪の状況だよな……」 「何言ってるのアリエス、リアンとサキョウを助けなきゃ……わたし助けに行ってくる!」 窓から飛び下りようとしたティエルのマントの裾を、慌ててジハードが両手で掴んだ。 「落ち着いてティエル、今あなたが助けに行ったところで捕らえられるだけだ。 ここはもう少し様子を見て、奴らに隙ができたときに助け出さないと……こちらが殺られる!」 二人のくくり付けられた十字架が、バアトリに向かって壁に並べられる。 「……バアトリ様、この者達は愚かにもここへ進入したネズミ共でございます。 せめてもの情け、この汚れた者達の魂を暗黒卿バアトリ様に捧げましょう」 「何が情けなんですのよ! 捧げられたくもないですわ、このヘンタイ! ハゲ! スケベーっ!!」 リアンは悔し紛れにありったけの声で暴言を吐くが、周囲の歓声にかき消されてしまう。 「リアン、もうやめろ! 余計に奴らを喜ばせてしまうぞ。ここは冷静になって脱出の方法を考えねば」 唯一自由に動く首を動かし、サキョウは小さな声で彼女に向けて口を開いた。 「この人数だ……ティエル達が助けに来たとしても返り討ちにあうのは明確だろう。 ワシらを助けるために彼女達まで巻き込みたくはないだろう? ワシらでなんとか脱出するのだ」 「そうですけど! でも、この状況で一体どうやって脱出するんですのよ」 場のあまりの熱気に、リアンは少し息苦しそうに眉をしかめながら首をサキョウに向ける。 「絶対こいつら、ただじゃ殺してくれなさそうですわよ!? 死ぬほど酷い目に遭うんですのよ!」 「これはこれは……ゲマ、今回の生贄は実に素晴らしいですねェ」 満足そうに微笑んだバアトリは、はり付けられた彼らに向かって一歩ずつゆっくりと歩み寄って行った。 「わたくしは美しいものが大好きでしてね……恐怖に怯える美しき乙女。ゾクゾクするでしょう?」 嫌がるリアンの顎に手をかけると、バアトリは笑みを浮かべて彼女の頬を舐め上げる。 生暖かい息が自分の顔にかかると、リアンは硬直したように表情を強張らせた。 それからバアトリは隣のサキョウに向かって歩き始める。 「この筋肉の美しいこと! ここまで鍛え抜かれた身体は、肉体の究極の美だとわたくし思うのです」 「や、やめろ気色悪い!」 撫で上げるようにしてサキョウの腕に手を触れたバアトリは、そんな彼の抗議の声も軽く聞き流す。 「そう怖がらずに……。しかしそんな恐怖の表情も非常にそそりますがねェ。 血に彩られた屍体ほど美しいものはありません。あなた達にぴったりの最期を飾らせてあげましょう」 ベロリと唇を舐めたバアトリは、小刻みに震えているリアンにゆっくりと手を伸ばしていった。 「まずはあなたから血を頂きましょうか。その後はじっくりと犯してあげましょう。これは光栄なことですよ。 それとも……あなたはとても美しいですし、わたくしの永遠のしもべにして差し上げてもよろしいのですよ……?」 そう言って、カッと牙を剥き出しにする。 「い……いやぁぁ──っ!!」 「ごめん、ジハード。どんなに止めてもわたしは行く!!」 竜鱗の剣を既に抜き放ったティエルは、窓枠に足をかけると彼らの返事も待たずに祭壇へ飛び下りた。 「まったく……世話のかかる奴らだ、……見てられん!」 既に妖刀幻夢を半分ほど抜いていたクウォーツもティエルに続き、窓枠を蹴って下へと消えていく。 「……もう止めはしないよ、ぼくだって丁度行こうと思っていた所だったのだから」 リグ・ヴェーダを抱え、ジハードは窓枠に足をかけた。そして静かにアリエスを振り返る。 「あなたは? まぁ、言ってしまえばあなたは関係がない。どさくさに紛れて逃げるなら今だけれど」 暫くジハードを眺めていた──どちらかと言えば、睨み付けるような──アリエスだったが、 やがていつものように無邪気さを備えた笑みを口元に浮かべた。 「暴れるんだろ? いっちょ最後まで付き合ってやりますか……!」 +DeadorAlive+ |