Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第8章+考古学者アリエス

第91話 血の暗黒卿バアトリ-2-





「おや? どうやらティエルちゃん達も、かなり苦戦している様子みたいだけど」
目の前に迫る黒フード達を風の魔法で一掃したアリエスは、少々ずれた帽子を直して振り返る。

「まーそりゃそうだよな。なんせ相手はヴァンパイア族だぜ? 勝てるわけねぇっての!」




「……そんな減らず口を叩く暇があるのなら、イデアを奪うとか考えたらどうなんだい?
幸いバアトリとやらはティエル達を相手にするのに夢中だ。こちらはノーマークと言ってもいい」


ジハードは意外に身軽な動作で黒フードの攻撃を地面を蹴ってかわすと、宙返りをして地面に降り立った。


そこへ、鋭い剣の一撃が彼を襲う。
しかし背後に忍び寄っていたアリエスのメイジスタッフがフードの男を殴り飛ばした。




「あっはっは、前ばかりじゃなくて後ろも気を付けなくちゃ駄目ですよジハードくん!」

「あなたに言われなくとも分かっているよ」
更に新たな極陣を発動させたのか、彼の周囲を虹の魔法陣が取り囲む。


「それにしても、本当にぼくとあなたは以前どこかで会った事はないかい?」
バァン、という爆音と共に周囲の床が弾け飛ぶ。何人かの黒フード達が巻き込まれて吹っ飛んだ。




「さあ……ないんじゃない? そんじゃ聞くけど、あんたは一度会った人間を忘れるような奴なのかな?」

ブツブツと早口で声にならない声を発して詠唱を完成させたアリエスは、スタッフを前方に突き出す。
その杖の先から灼熱の業火が、まるで意思を持っているかのようにうねりながら飛び出した。


「ジハードくんの記憶にないのなら、オレとは初対面だってことだ。深く考えるのは良くないぜ!」




「……そうだね。今は余計なことを考えないようにするよ」
詮索するような疑い深い瞳を伏せて、ジハードは重苦しく言葉を発してアリエスを見る。

しかしそれも束の間で、すぐに、何を考えているのか分からない普段の彼の瞳に戻ってしまう。


そんなジハードをニヤニヤ意味ありげな笑みを浮かべて眺めていたアリエスだったが、
肩をすくめながら悪戯っぽく片目を閉じて指をさす。



「こっちは粗方片付いたし、そろそろティエルちゃん達の加勢にでもくり出しますか?」
「まったく、あなたというひとは何を考えているのか分からないよ。ぼくも人のことは言えないけれどね」

周囲に倒れている黒フード達に静かに十字を切ったジハードは、
リグ・ヴェーダをパタムと閉じて抱えると、ティエル達の元まで走り始めた。





「ウッフフフ! さあ聞かせて下さいな、あなた達の美しい断末魔を、情熱的な喘ぎ声を……!」

快感に酔いしれているような表情のバアトリは、ティエル達を執拗に追い詰めて鞭を振り下ろす。
服が裂け、肌が傷つき、赤い薔薇のような色合いの鮮血が飛び散る。



「あうっ……!」


背中に広がる引き裂かれたような痛みに、思わずティエルは顔を歪めて膝をついた。
見えないので様子は分からないが、どうやらかなり深く裂けているようである。

バアトリはその様子を眺め、鞭に付着したティエルの血を嬉しそうに舐め取った。



「やはり乙女の血はどんな血よりも美味ですねェ。あなたの血、全て頂きたくなりましたよ……!」
「誰がお前なんかに血をやるもんか……!」


背中のあまりの痛みに立っていられなくなってしまったティエルは、
震える手で掴む竜鱗の剣を杖代わりにして、なんとか身体を支えている状態である。

脆弱な獲物を狩る仕草でティエルに振り下ろされたバアトリの鞭を、
風の速さとしか形容できぬほど、弾丸のように突っ込んできたクウォーツが右手で掴んだ。




「ふん……残念だったな、貴様の自慢の武器も掴んでしまえば役に立たん」
「おやおや、あなたですか。何故高貴なる眷族のあなたが、人間などに加担しているんです?」

鞭の茨で傷つき、ぼたぼたと流れ落ちるクウォーツの赤い血を見つめてバアトリが笑みを浮かべる。
そして指で彼の血をすくうと、ペロリと舐め取った。




「まあ、いいでしょう。そこはわたくしの知る範囲ではないですからね。興味もございません。
それより……あなたの血も、処女に負けず劣らず甘いですねェ。こんなにこぼして勿体無い……!!」


なに? とクウォーツが聞き返す間もなく、
バアトリは勢いよく鞭を手繰り寄せると、同じヴァンパイアである彼の首筋に喰らいつこうとしたのだ。

しかし寸での所で割り込んだサキョウによって、バアトリは力一杯蹴り飛ばされる。




「クウォーツ、大丈夫かっ!?」

「……ああ、しかしなんて奴だ……まさか私の血まで奪おうとするとは……」
思わず流れ出た冷や汗を拭いながら、クウォーツは床に転がる妖刀幻夢を握り締めた。


「ギョロイアが昔私に忠告したことは、こいつの事だったのか……」




『……クウォーツ様、お気をつけなされい。血のスペルを持つ吸血鬼には近づいてはなりませぬ。
奴は同族の血でさえも奪う同族殺しなのです。あなた様など、奴にとって絶好の獲物でございますよ』




「ティエル、大丈夫ですの? 立てます?」
背中の痛みに耐えるティエルを、リアンは肩を貸してゆっくりと立ち上がらせる。

「……ごめんなさい。私がドジ踏まなかったら、こんなことには……」



「こんな傷くらい平気よ、バアトリはわたし達に任せて。リアンはイデアを奪って欲しいんだ」

ティエルはフラフラとした足取りでリアンから離れると、ゲマが握り締めている銀色に輝く宝石を一瞥する。
あれが間違いなく灰色の封魔石イデアなのだろう。


「あれを手に入れないと、何も始まらない。だから……お願い」




ティエルの真剣な栗色の瞳に見つめられ、リアンは暫く迷ったように視線を泳がせていた。
彼女の心境としては、こんな怪我のティエルを置いて行けないのだろう。

吸い込まれるようなどす黒い赤い瞳に浮かんでいた迷いの色が、やがてスッと消えていく。



「……分かりましたわ。必ず、何があっても。私のプライドにかけてイデアを手に入れてきますわよ!」
そう叫んだリアンは、背負っていた杖を握り締めるとゲマの元へと駆け出して行く。




それを眺めていたティエルは痛みで歪む顔をキッと元に戻すと、静かに一歩踏み出した。


サキョウに蹴り飛ばされたバアトリは、向かいの銅像に激突して変な呻き声を発して地に崩れる。
これはかなり効いたのか、暫くゲホゲホと腹を押さえて咳き込んでいた。



「ぐっ……わたくしとしたことが思わず油断しましたねェ。
この暗黒卿バアトリを怒らせるとは、なんと可哀相で愚かな奴らですよ……!」

ゆっくりと立ち上がると、蹴られた衝撃で流れ出した鼻血を手で拭う。
袖がまくれ、彼の指にはめられた見たこともない不思議な紋章の指輪が微かに覗いた。




「……!!」
──その瞬間、サキョウの表情が変わる。



「……どうしたの、サキョウ? 顔色が悪いよ……バアトリが何かしたの?」

あまりにも蒼白な顔色のサキョウに、ティエルは訝しがりながらも彼に歩み寄る。
サキョウの唇は白くなるまで強く噛み締められ、握り締めた拳はぶるぶると小刻みに震えていた。


そんな彼の表情を見たティエルは思わず、どうしたの、ともう一度言いかけた言葉を飲み込む。
横では同じくクウォーツも首を傾げながら、サキョウとバアトリを交互に見つめていた。




「バアトリ……とかいったな。お前に聞きたいことが一つだけある」

ひどく静かに。
そして、感情が全くこもっていない様な声色でサキョウはバアトリに向かって口を開いた。


「その指輪は、一体どこで手に入れた……?」




「ああ……これですか。どうです、素敵な指輪でしょう? 美しいわたくしにぴったりの指輪ですよ」
自分の中指にきらめく大きな指輪を、バアトリは見せびらかす様に差し出してみせる。

「どこで手に入れたんでしたっけねえ……? あっ、そうそう。大したことはありませんよ。
偶然襲った夫婦の片方が付けておられた指輪を頂戴しただけのこと」


ピクリ、とサキョウの身体が強張った。
それには気づかず、バアトリは陶酔しながら自慢話をするように目を閉じて続ける。




「やはり美しいわたくしには美しいものが似合うのですよ。
あんな醜い人間が身につけるよりも、わたくしにつけてもらった方が指輪にとっても嬉しいのでしょうねえ」

フッと指輪に軽く息を吹きかけると、バアトリは目を細めて口元を歪めた。




「……バアトリよ、よく聞け。その指輪は、ワシが母上の誕生日に贈った世界に唯一つしかない指輪だ。
ワシが……何ヶ月もかけて慣れない細工をして作り上げたのだから」


思いがけぬサキョウの台詞に、ティエルとクウォーツはハッと口元を押さえて彼を振り返る。




『嘘ではない、お前は騙されたのだティエル。ワシらはもう少しで殺されるところだったのだ!
もう二度と哀しい犠牲者達を出さないためにも、この男の首を斬り落とさなければ……!!』

『たかがヴァンパイアの男ごときのために、命を捨てるような真似は愚かとも言えよう』


『……ワシは怖かったのだ。もしも僧侶のワシが吸血鬼であるクウォルツェルトを認めてしまったら、
今まで自分が信じてきたものが全て崩れ去ってしまうような気がしてな……』




以前サキョウが発してきた憎しみの言葉の意味を、ティエルはその時やっと理解することができた。

……そうだったんだ。
吸血鬼バアトリに両親を惨殺されて、だから。だから、サキョウはあんなにも……。







+DeadorAlive+