| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第8章+考古学者アリエス 第93話 灰色の封魔石 暫く水を打ったように静まり返っていた辺りだったが、フッと拳の力を緩めたサキョウが口を開いた。 その顔は皆の見慣れた、どこか人を安心させるような優しい表情。いつものサキョウであった。 「……みんな、取り乱したりしてすまんかったな。ワシとしたことが色々と心配をかけてしまった」 それから一言、ワシもまだまだ修行が足りんな、と付け加える。 「サキョウ……」 ホッとしたティエルがそんな彼に駆け寄ろうとした時。……背後から、怨みのこもった声が響いてきた。 「ウッ……ウフフフ、わたくしも油断しておりましたねェ……あなた方がこんなにもお強いとは……」 完全に死亡したと思われたバアトリが、笑いながら立ち上がったのだ。 顔は醜く憎悪で歪み、血で染まったかのように目は真っ赤に燃えている物凄い形相であった。 「……まだ生きていたのかい!?」 「迂闊だったな、念のために首を刎ねておけばよかった」 ジハードとクウォーツはリグ・ヴェーダ、妖刀幻夢を構えて双方バアトリに向き直る。 「いえいえ……さすがのわたくしも、今あなた達を相手にする力は残っておりませんよォ……」 そこまでバアトリが呟いたとき、コソコソとどさくさに紛れて逃げ出そうとしたゲマを瞳に捉える。 「そういえばあなたは、先程わたくしを置いて逃げ出そうとしておられましたよねェ……。 わたくし、そういう美しくないことは大嫌いなんですよ……死んで償いなさい……!!」 「い、いえ……その、バアトリ様申し訳ありません! うわああ、たすけてえ!!」 ボロボロの状態でバアトリは鞭を手繰り寄せると、ゲマとその従者達を一瞬で引き裂いた。 まるで雨のように血が降り注ぐ。 ゲマ達から噴き出した血は、金色に塗りたくられた骸骨像らを見る見るうちに深紅へと塗り替えていった。 その様子を恍惚の表情で眺めていたバアトリは、あまりの惨状に硬直しているサキョウらを振り返る。 「わたくし、あなた達がゾクゾクするほど気に入りました。身体を引き裂いてやりたいほどですよォ……」 ふらふらとした足取りで歩き始めたバアトリは、リアンの手に持つイデアに目を留めた。 「封魔石イデアの血のスペルはわたくしが再び抜いておきました。今のイデアはただの石ころ同然。 欲しければわたくしから奪い返すことですねェ。……それができるなら……!!」 「き、貴様!!」 拳を握り締めたサキョウが掴みかかろうとした瞬間、バアトリの姿は煙のように掻き消えてしまう。 恐らく移転の魔法でも使ったのだろう。 仇を取ることのできなかった脱力感に、サキョウは思わずその場に膝をついた。 ティエルらは何も言えなくなり、言い表せぬ重い沈黙が辺りを包む。──その刹那。 「おぉーっ、封魔石イデアを無事に奪還とはやるぅ! さすがオレが見込んだ奴らだねー」 場にそぐわぬ間抜けな声に一同が怪訝そうに振り返ると……忽然と姿を消していたアリエスであった。 だが彼はそんな事を気にも留めていないかのように、軽い足取りでティエル達へと歩み寄っていく。 「……ちょっとお、わたし達が死ぬ物狂いで戦っていたときに……あなた、一体どこにいたのよ?」 ムスッと機嫌が悪そうに頬を膨らませたティエルが、目を細めてアリエスを睨みつける。 「別に逃げるのは勝手だけどさー」 「いやいや、ゴメンって! 急に野暮用が入っちゃってさァ……別に逃げていたわけじゃないのよ。 その証拠にホラ! ちゃぁんと戻ってきただろ? な!」 あっけらかんとして明るく笑うアリエスに、ティエルはもうそれ以上何も言えなくなってしまう。 彼の屈託のない笑顔を見ていると、どうしても毒気を抜かれてしまうのだ。 「まーそれはこちらに置いといて。みんな無事の上、イデアまで手に入ったんだからいいじゃん」 「けれどこれ、バアトリがご丁寧にも血のスペル抜いていきましたし……」 そう言ったリアンは懐からごそごそとイデアを取り出すと、松明の光に照らし出す。 鈍いオレンジ色を受けて、灰色の封魔石イデアは妖しい輝きを放っていた。 「私の目的のイデアは、スペルが全部揃った状態なんですのよ」 「慌てなさんな、スペルはこれからゆっくりと集めていけばいいじゃん? あんた達ならきっとできるよ」 相変わらず能天気に明るい笑い声を発するアリエス。 「……そうであるな。別に焦らなくてもいいではないか、ゆっくりとスペルを集めていく旅もよし」 サキョウの口元にも笑みが戻ったようで、ティエルはやっと笑顔を浮かべる。 「うん、そうだよね! わー……それにしてもこれが伝説の封魔石かぁ」 リアンの手の上の封魔石をティエルは少々緊張した面持ちで見つめた。 これらのスペルを完全に集めたとき、自分は祖母達の仇を取れるのだろうか。 「……これ、あなたが持ってなさいな。私が持っているとうっかり落としそうで怖いですわ」 どことなくティエルの物悲しそうな表情に気づいたリアンは、スッとイデアをティエルに差し出した。 「その方がいいですわよ、ね!」 「え……? でも、わたしが持っていると余計落としそうなんだけど……」 リアンに差し出された封魔石を見つめてから、ティエルは迷ったように視線を泳がしていた。 いつまで経ってもティエルが悩んでいるので、リアンは無理矢理ティエルの手に押し付ける。 「もう、仇を取るんでしょう? しっかりなさいな、ティエル!」 「はっ、はい!」 ぴしゃりとリアンに言われ、反射的にティエルは背筋を伸ばして返事をした。 初めて手にした封魔石は想像よりは重くはなかったが、 彼女が思い描いていた物よりもずっと美しい銀色の色合いを発している。 「……良かったな、ティエル。これからはスペル探しの旅になりそうだ……忙しくなるなぁ」 ぽんとティエルの肩を優しく叩いたサキョウ。彼にとっても敵討ちの旅になるだろう。 スペルを追っていけば、いずれはバアトリと出会うことになるのだから。 「オレも久々に暴れたしなー……封魔石も無事に嬢ちゃん達に託せたし、もう言うことはないよ」 手を頭の後ろで組みながら、アリエスはニカッと笑みを浮かべる。 「強いて言うならば、あのバアトリとかゆー危ない奴からスペルを奪いたかったけど」 「……ありがとう、アリエス。あなたがいなかったら……封魔石は手に入らなかったよ」 ティエルは身体の向きを変えると、 アリエスに向かってまさに眩しい笑顔と形容されるのも頷けるような笑みで微笑んだ。 「あはは、そんなマジになって礼を言われると照れるねー……」 少々照れたような表情を浮かべたアリエスは、視線を逸らしてポリポリと頬を掻く。 「オレは嬢ちゃんが思っている程、そんな優しいイイ奴じゃないぜ? ……もしかしたら隙あらば、利用しちゃおうかなーとか考えているかもよ? なぁんてね」 「えっ、そうなの?」 「いやあ、どうでしょうねぇ」 「なんだか今更ながらに怪しい男ですわね……あらら? いたた、また目が痛くなってきましたわ」 呆れたようにアリエスを見やっていたリアンだったのだが、急に目をこすり始める。 「もー……さっきクウォーツが刀で鎖を削っていた時に、細かい破片が入ったんですのよ」 「はぁ? ……私の所為なのか?」 今まで腕を組んで沈黙に徹していたクウォーツは憤慨したように肩をすくめると、 ツカツカとリアンまで歩み寄って彼女の瞳を覗き込んだ。 「勝手に人の所為にして……お前、白目まで赤くすると目全体が真っ赤になって変だぞ」 「変とはなんですのよ、あーあ完全に充血しちゃったじゃないですの……っ!? きゃーっ!!」 唇が触れそうなほど無遠慮に顔を近づけるクウォーツを、思わずリアンは反射的に突き飛ばしてしまう。 「あ、あなた顔近づけすぎですわ! レディに対して少しは遠慮しなさいよ、この無神経!」 「……何を怒っているんだ、あいつは?」 「女心は難しいというか。いやあ、あなた達は見ていてほんと飽きないよ」 リアンの怒りの意味が分からず眉をしかめるクウォーツの隣で、ジハードが実に愉快そうに笑みを浮かべた。 +DeadorAlive+ |