Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第8章+考古学者アリエス

第94話 氷の女王からの刺客





森の奥深くに作られた地底神殿には、既に奴隷信者達の姿はない。

かなりの大混乱であった為に、出口付近では踏み潰された者らしき信者が転がっている。
ガランとした広い講堂には、ティエル達、そして物言わぬ黒フードの死体達だけが存在していた。




「なんか……大騒ぎになっちゃってたね。この神殿、嫌な気配が渦巻いているし、そろそろ出ようよ」

バアトリに引き裂かれた無残なゲマの死体が、すぐ近くに転がっている。
それはあまり良い眺めとは言えないだろう。



「そうだね、ティエル達も疲れていることだろうし……ぼくも魔法の連発しすぎで魔力が底をつきそうだ」

攻撃魔法、そして治癒魔法を唱え続けていたジハードは心底疲れたような表情で口を開く。
それから周囲の亡骸達に向かって、静かに目を閉じて祈りを捧げる。


「もう少しあなた達、自分を大切にして……!?」




急に口を閉ざしたジハードに、ティエルは首を捻りながら彼の凝視している方向へ首を向けた。
その瞬間、彼女の顔が見せたこともないような憎悪の表情へと変化する。

なんと、奥の通路から黒い鎧を纏った集団がこちらに向かって歩いてくるではないか。



そしてティエルが向ける憎悪の矛先は、そんな集団の先頭を歩く男であった。
艶やかな黒い髪、肉食動物を連想させる精悍な顔立ち、どこか人を見下したような漆黒の瞳──。




「クックック……お久しぶりですな、ティアイエル姫様。オレの事を覚えておいでかな?」


低いがよく通る声。ガッシリとした体躯。背に担ぐように括り付けられた巨大な赤い剣。
この者の顔を忘れる? いや、決して忘れるものか。今でも昨日のようにはっきりと思い出せる。

彼女の愛する者達を、笑いながら惨殺していったこの男を──!!




「ヴェリオル、貴様ぁ──っ!!」
完全に目の据わったティエルは、竜鱗の剣を握り締めるとヴェリオルに向かって駆け出した。



「落ち着け、ティエル!」
それを寸でのところでサキョウの力強い腕が止める。

「離して、お願いだから離してサキョウ! こいつはゴドーを殺した奴なんだよ!?
わたしはこいつを殺さないと気が済まないんだ……!」

サキョウに押さえられていてもティエルは諦めきれず、剣を握ったまま暫くジタバタともがいていた。




「これはまた大歓迎されていますなぁ。それでこそ、わざわざ出向いた甲斐があったというもの」


低く呻くような笑い声を響かせた暗黒騎士ヴェリオルは、その口元に歪んだ笑みを浮かべる。
ティエルの故郷を襲い、彼女の愛する者全てを無残に殺した張本人である。

これでティエルが冷静でいられるはずがない。
しかしヴェリオルは、そんな悔しがるティエルを心底愉快そうに眺めているのであった。



「一体どんな理由があるのか知らないが、我が王国の女王陛下がお前らを欲しているのだ。
名前くらいは聞いたことがあるだろう? 氷の王国ゾルディス女王……リダ=クイーン様をな!!」




「ゾッ、ゾルディス王国だと!?」
ティエルを押さえつけているサキョウの声が、驚きのあまり思わず上擦っていた。

「あの超大国ゾルディス……まさに女王に逆らった者は皆殺しという法律がある王国か!?」


「なんでよ! そこの女王がわたし達に、一体何の用があるっていうのよ!?」
このヴェリオルの顔を見ていると悔しくて涙が出る。彼の姿が段々と涙で霞んでいってしまう。




「それは女王に直接聞くがよい。オレはただ、お前らを連れて行くために出向いてやっただけなのだから」
ニヤニヤと笑みを浮かべて腕を組みながら、ヴェリオルはティエル達銘々の顔を眺めていく。

「生きて連れて来いとは仰せつかっていないのでな。
抵抗すれば容赦なく殺すぞ。さて──ご苦労様でした、もう下がっていいぞアリエス博士」



──え?



「……ごめんな、嬢ちゃん。オレ最初は騙すつもりなかったんだ」
スッとティエル達から身を離したアリエスは、顔を見せぬように帽子を下げながら歩き出した。

「言っただろ? オレはゾルディスから仕事を依頼されているって。いわば、オレはゾルディスの手先だ。
それもとびっきりご主人様に忠実で、目的のためならば手段を選ばない手先ってやつさ」




「戦いの最中に姿を消したのは、ゾルディスと連絡を取っていたためだったのかい?」

「そうそうジハードくん、ヴェリオルの旦那からあんた達の特徴を聞いてね。最初はそりゃあ驚いたさ」
にやり、とアリエスお得意の意味ありげな笑み。そして顔を伏せた。

「あんた達が追われているって夢にも思わなかったしね。まぁ……こうなっちゃ仕方ないよ。
おとなしくゾルディスまで来てくれるっていうのなら、手荒な真似はしないからさ」



顔を上げたアリエスは既に、いつも通り明るい笑顔を浮かべていた。
それから暴れる元気も残っていない様子の愕然としたティエルに顔を向ける。


「ゾルディスに連れて行かれた後はどうなるか知んないけど、オレも仕事なんでねー。あははは」




「それで肝心の答えは? ゾルディス王国にご足労願えますかな……メドフォード王女、ティアイエル様」

「冗談じゃない、答えはノーに決まってる!! 素直について行くとでも思っているの!?」
ヴェリオルの言葉に、既に戦闘態勢のサキョウ達と目配せ合ったティエルは竜鱗の剣を突き出した。


「みんなの仇! ヴェリオル、貴様の首を取る!!」




「おやおや、本当にじゃじゃ馬姫君だ……オレの首を取る? できるものなら遠慮なくやってくれたまえ」
背中から大剣デスブリンガーを引き抜くと、ヴェリオルはアリエスに顔を向ける。

「アリエス博士、死にたくなければお前は下がっているんだな」



「あー分かりましたよ、ヴェリオルの旦那。あんたに逆らっちゃ命がないからな」
カラカラと明るい笑顔を浮かべたアリエスは、黒い鎧の集団の奥へと歩いていった。

「そんじゃ嬢ちゃん達、精々頑張ってくれよ」




「よし、かかれ! 半死半生でも構わん、奴らを捕らえろ!!」

そのヴェリオルの合図で、一斉に黒い鎧の集団が向かって来た。
アリエスに言いたい事は山ほどあるが、今はそんな事を言っている場合ではない。


バアトリと戦った疲れも癒せぬまま、ティエル達はヴェリオルと黒騎士団を相手にすることとなった。




剣を握る手が震えている。これは、ヴェリオルを前にしている怒りの為だけではない。
確実に、ティエルは疲労していた。

それに気づいたサキョウが、目が虚ろのティエルを守るようにして前に立ちはだかった。



「極陣・爆破陣!!」
ジハードの魔法陣が浮かび上がり、派手に爆発する。だが、かなり威力が落ちているようだ。

……無理もない。彼は治癒に攻撃の繰り返しで休む暇もなかったのだ。
魔力の消費のしすぎで、少々めまいを覚えたジハードの背後で黒騎士が剣を振り下ろす。


しかしその瞬間クウォーツが飛び出し、渾身の力を込めて黒騎士に刀を突き立てた。




「貴様、何をやっているんだ? しっかりしろよ」
「ごめん……ちょっと魔力を消費しすぎたみたいだ……」

完全に疲労状態時に唱える魔法は、術者の生命力を大幅に奪ってしまう危険が伴うのだ。
ジハードがこれ以上魔法を唱えるのはまさに自殺行為であった。




「それじゃ、私があなたの分まで頑張りますわよ!」
大きなロッドを黒騎士達に向け、青緑の髪を払いのけたリアンが火炎呪文の詠唱を始める。

「内腑煮たぎり、魂燃え尽くす、冥府に潜む者達集いて灼熱の……」



「ほう、魔法使いか……ちょっと厄介だな。仕方がない。アリエス博士、あれを出せ!!」

デスブリンガーで軽くサキョウを弾き飛ばしたヴェリオルはリアンの詠唱に気づくと、
背後でのんびりと見ているアリエスに声をかけた。




「あれ? ああ、あれね……ほいほい、了解しましたよ」
そう面倒くさそうに呟いたアリエスは、懐から黒い輝きを発する小さなガラス玉を取り出す。

「取り出しましたるこのガラス玉。な、なんと古代魔法・サイレンスを封じ込めた玉なのです!」


おどけたように解説をしたアリエスは、
まさに今魔法を繰り出そうとしているリアンの足元に向けてそのガラス玉を投げつける。




「きゃぁっ、何これ!?」


パァン、と風船が割れたような音が響き渡ったと同時に、黒い煙がガラス玉から噴射した。
その煙はリアンを取り囲むと、吸い込まれる様にして消えていく。

訝しがりながらも詠唱を終えたリアンは魔法を発動させようとする──が。
ロッドの先から飛び出すはずの火炎は、いつまで経っても現れない。



「ま……魔法が封じ込められた!?」

「……そ。残念だけど、嬢ちゃんの魔法を暫く封じ込めさせてもらったよ」
愕然とするリアンに向かって、アリエスは実にあっけらかんとして言った。







+DeadorAlive+