Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第9章+聖剣イデア

第96話 The icy castle





──荘厳華麗、重厚にして堅牢。



ティエルがまだ幼かった頃、眠れぬ夜ゴドーに読んでもらった童話に出てくるような城である。

どこか氷を連想させる透き通った物質で作られているのかと錯覚するが、
近くで見てみるとこれが青い色合いの石であった。



城全体に紫色の濃い霧が渦巻いており、それが手伝ってより一層神秘的に闇に浮かび上がっていた。
ギャアギャアと上空で見知らぬ生き物の鳴く声が響き、ティエルは思わず身を強張らせる。




人は言う、この国では女王が全てなのだと。

女王が法律で、逆らった者は如何なる者であろうと断頭台は免れない。
まさにリダ=クイーンの恐怖で支配されている国……それが、氷の王国ゾルディスである。




城を囲むように配置された城下町は、どこか陰気で人ひとりでさえも出歩いてはいなかった。
機械的に整備された町並み。皆息を潜めて暮らしているようにも見える。


その圧倒的な支配力と冷徹さゆえに、人々から氷の女王と称されるリダ=クイーン。

しかしその姿は誰も目にしたことがなく、位の高い者でもヴェール越しでしか見たことがないという。
誰かはまるで雪男のような大柄な人物だと言い、その一方若い娘のようであったと言う者もいる。



一体男なのか、女なのか。それすらも謎に包まれているのだ。
女王ならば女性と考えるのが妥当なのだろうが、それを聞くと誰もがどこか曖昧な顔をする。




(氷の女王……リダ=クイーン。そんな恐ろしい人物が、わたし達に何の用があるんだろう。
ヴェリオルをわざわざ寄こし、わたし達を無理矢理連れてきて、一体何を考えているんだろう……)


血の暗黒卿バアトリ達との戦いによってかなりの疲労をしていたティエル達は、
それを見計らったように襲撃をしてきたヴェリオル達にあっさりと敗北してしまったのだ。

背に剣を突きつけられほぼ罪人のような扱いで、簡易ワープゲートによってゾルディスへと到着した。




あんなにも強く復讐を誓ったのに、いざヴェリオルを前にすると足がすくんで動けなくなってしまう。
身体が既に『ヴェリオル』という存在を恐れてしまっているのだ。

しかし、もうそんなことは言っていられない。
自分が不甲斐ない所為で、仲間達に本来負わないような怪我まで負わせてしまったのだ。



リアンは先程から難しい顔つきのまま無言でティエルの背後を歩いており、
何気なく歩いているように見えるジハードは、注意深く辺りの様子を観察している。

そしてサキョウによって抱えられているクウォーツを横目で見ると、ティエルはギュッと唇を噛み締めた。




──分かっている。全て自分が悪いのだ。

ヴェリオルによって刺されたクウォーツは未だに昏睡状態が続いている。
だがアリエスは言った。『必ず助けてやる』と。今はアリエスのその言葉を信じるしかないのだ。



皆を守れるほど強くなるとあの夜誓ったはずのに、自分は何一つ守れていない。
今回それを痛いほど実感した。


思わず溢れ出そうになった涙を必死に堪えるために、グッと目頭に力を込めて顔を上げる。

すると先頭に立って歩いていたヴェリオルがこちらを見て、嘲笑うような笑みを浮かべているのが見えた。
思わず下を向いて視線を逸らしたが、ヴェリオルのあの憎らしげな笑みが目に焼き付いたように離れない。





「ヴェリオル様がお戻りになられたぞ、開門、開門──!」

黒騎士団の誰かが発した声と共に、目の前に立ち塞がる巨大な城門が音を立てながら開いていく。
それはまるで、ティエル達を喰らい尽くそうとする猛獣の口のようにも見えた。




黒騎士に促され、嫌々ながらにティエル達が進んでいくと、
前方から質素な鎧を身につけたガラの悪そうな男達が歩いてくる。

その風貌は黒騎士たちとは大きく違い、どこか世間擦れしているようにも見えた。
恐らく傭兵の類なのであろう。



「ヘッヘッヘ、ヴェリオルの旦那。あとはオレ達に任せろとの女王陛下からの御達しだ」

立ち止まったヴェリオルに向かって、異様に歯の黄色い男が薄笑いを浮かべながら歩いて来る。
一瞬だけではあったがヴェリオルの表情にサッと嫌悪じみたものが走った。


「あのリダ=クイーン様自ら捕らえよとのご命令とは、こいつら一体何をやらかしたんで?
収容先は第一級犯罪者用の牢ですぜ」




「……お前達には関係のないことだ。ただ黙って与えられた仕事だけをこなしていればいい」
冷たく静かにヴェリオルが口を開くと、黒騎士らがティエル達を傭兵らの前に突き出した。

「どんな奴らかと思えば、まだガキじゃねぇですかい。ヘヘヘ……お前処女だろ? ……って痛ぇ!?」
ニヤニヤと笑みを浮かべ、ティエルの顔に手を触れようとした傭兵の腕にナイフが突き刺さる。



「この娘に少しでもおかしな事をしてみろ、次はお前の顔面にデスブリンガーを突き刺してやる」



「ひぇっ、ヴェ、ヴェリオルの旦那、申し訳ねえ! たた、ただの冗談だよ……」
物凄い形相で睨み付けるヴェリオルに恐怖したのか、傭兵はその場にヘナヘナと崩れ落ちた。



「──だがその娘以外なら、好きなように扱っても構わん」

ティエルに見せ付けるように残酷な笑みを浮かべたヴェリオルは、そう言うと背を向けて歩き出す。
彼の後を、静かに黒騎士たちが続いていく。


しかし、その中の一人が急に足を止めてティエル達を振り返った。




「……可哀相に。こんな者達を捕らえるなど、女王様は一体何をお考えなのだろうか……。
悪いようにはしないでくれと、オレが女王様に頼んでおくよ」

そう優しく彼はティエルに言うと、マントを翻して他の黒騎士達の後を追っていく。




「ヘヘヘ、うるさい奴らもいなくなったことだし……最高の地下牢にご案内してやろうかね」
ヴェリオルと黒騎士達の姿が見えなくなると、傭兵達は途端に態度を変えてティエル達に向き直った。

「おおっと、残念ながらその赤い目の女には別のところに来てもらうぜ」



「リアンを!? お前ら、リアンをどこに連れて行く気なんだっ!」
途端に暴れ始めるティエルを、傭兵は軽く取り押さえる。



「……ティエル」

傭兵に促されて仕方なく前に進み出たリアンは、立ち止まるとティエルの頬にそっと手を触れた。
大きな赤い瞳。その瞳からは、今は哀しさの色しか読み取ることができない。


「私は大丈夫。必ず無事に戻ってきますわ。だから……そんな顔しないで……」



そう口にするとリアンはティエルの汗ばんだ額の髪を払いのけてやると、そこに自分の額を触れさせた。
温かいリアンの体温がティエルに伝わってくる。

それから背後のサキョウとジハードに向かって静かに微笑みかける。
その笑みは今まで彼女が見せたどんな笑みよりも哀しく、──そして美しかった。




「お、おい、さっさとしろ」
リアンの浮かべた笑みに思わず見惚れてしまった傭兵は、ハッと我に返ると強い口調でそう言った。

「それから、そっちの青い髪の男は別牢だ。怪我人や病人は別牢なんでな。別名汚物収容所だ」
リアンの姿が暗い廊下の角に消えると、傭兵はクウォーツの方を指し示す。



「……ちょっと待って。どこに連れて行くのか知らないけれど、彼は今危険な状態なんだ。
できれば、ぼくらと一緒にして欲しい」

魔法の組み合わせで毒を消すことができるかもしれないと思ったジハードは、強い口調で傭兵達に言った。




「悪いな、これも規則なんでね。死んだら死んだで生ゴミと一緒に埋めてやるから安心してくれや」
乱暴にクウォーツを担ぐと、傭兵は面倒くさそうに歩き始めた。

「まぁお偉いさんの中には、死体がご趣味の奴もいるだろうがな。お相手が死んでいないと駄目なわけよ」
その言葉に思わず極陣の詠唱を始めたジハードを、そっと静かにティエルが制す。




「アリエスは必ずクウォーツを助けてくれるって言ってた。だから、わたしは彼を信じる」
「……まったくあなたは……アリエスは敵だよ。本気で彼の言葉を信用しているのかい?」



「──信じるよ」

ジッと、痛いくらいに真剣な眼差しのティエルにジハードは思わず言葉を飲み込んだ。
どうして、この少女は先程自分達を裏切った男──アリエス──をここまで信用できるのだろう。


そこがティエルの一番悪いところでもあり、一番良いところでもある。




「……分かったよ。ぼくもアリエスを信じよう。今騒ぎを起こしてしまっては元も子もないだろうからね」
ティエルの気迫に押されて、詠唱を中断したジハードはやれやれと溜息をつく。

ありがと、と小さな声で彼に礼を言ったティエルは、
クウォーツを担ぎながら嫌な薄笑いを浮かべてこちらを見ている傭兵を睨み付ける。


「……彼におかしな真似をしないでよ。その時は、わたしはお前達を一人残らず斬ってやる」




「約束はできねえなぁ。ヴェリオルの旦那はどう扱おうが構わないと言っていたんだ。
オレ達の趣味は囚人共のリンチでよぉ。……まぁ、こいつはサンドバッグにするには少し勿体無いかもな」

ヘヘヘ、と低く呻き声のような声を発した傭兵は、背を向けてゆっくりと歩き始めた。



「それにしても気丈な奴らだぜ、普通ここに捕まった奴らは皆情けなく命乞いをし始めるんだがなぁ。
他人の心配よか、自分の心配でもしたらどうだ? さあ、地獄の地下牢へと案内するぜ」







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