Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第9章+聖剣イデア

第97話 Invisible fear





「それじゃ、女王様からお呼びがかかるまでここに入っていろ。毛布は自由に使ってくれや。
ここは氷の王国ゾルディスの中でも一段と冷えるからなぁ」

ガシャン、と重く響く鉄格子の扉を閉めながら、傭兵は中のティエル達に向かって言葉を発する。



「ま。死ぬか生きるか、全てはリダ=クイーン様の手に握られているってわけだ! じゃあな」
しっかりと錠前を下ろすと、コツコツと足音を響かせながら傭兵達は去っていった。


周囲の壁は全て冷たい石であり、鉄格子はティエルの腕ほどもある。

向かいにも同じような牢が並んでおり、廊下を中心として左右対称に延々と続いているようだ。
どの牢にも人影は見えるのだが、皆死んでしまったかのようにピクリとも動かない。





既に暴れる気力もなく、ティエルは呆けたように力なくペタンと冷たい石の上に座り込んだ。


「ううむ、こんな太さではワシの力でも折れぬ……か」
鉄格子の強さを調べていたサキョウが振り返り、諦めたように溜息をつく。

「しかしリダ=クイーンめ、ワシらをこんな所に閉じ込めて一体何を企んでいるのだ」




「……どうして、こんなことになっちゃったんだろうね」

ボソリと。普段のティエルからは想像もつかないようなか細い声が響いた。
その声にサキョウとジハードも同じように力なく座り込む。



「ヴェリオルはわたしから色々なものを奪っていく。家族も、友達も、故郷も。笑いながら奪っていく。
……それなのに、またわたしから全てを奪おうとする」

今まで気を張り詰めていたのが急に緩み始めたのだろう。
ティエルはガタガタと小刻みに震えながら、自分の青アザだらけの膝を抱え込んだ。



「怖い……怖いよ……もう嫌だ……家に帰りたいよ……!!」




……帰る家など、どこにもない。待っていてくれる人もいない。
今までヴェリオルへの復讐心をばねにして、どんなことも頑張ってきたのだ。

しかし、それも既に限界であった。
今回ヴェリオルと戦い、敗北したことから恐怖心の方が勝ってきてしまったのだ。




「ティエル……」


頭を抱え込んで震え始めるティエルを、サキョウとジハードはどうすることもできずに見つめていた。
下手な慰めの言葉などかえって逆効果だろう。

それに今のティエルに必要なのは、慰めの言葉なんかではない。休息なのだ。




「……神様って冷たいよね」
くっきりと隈の浮き出ている目のまま顔を上げると、ボソボソと呟き始める。

「おばあさまも、ゴドーも、故郷も皆みんな失ったわたしに、手すら差し伸べてくれないんだもん……」




辺りは気味の悪いほど静寂に包まれており、時折他の牢から呻き声が聞こえてくる。
出してくれ、苦しい、助けてくれ。その声は様々ではあったが、皆恨みのこもった声であった。



「……ほんとうに、手を差し伸べてはくれなかったの?」

暫くぼんやりと鉄格子の外を見つめていたジハードが、振り返り静かに口を開く。
彼が振り返った弾みで、額に貼り付けられている青い呪符がひらひらと揺れ動いていた。


「その、あなたの言う神様ってひとは……本当にあなたに手を差し伸べてはくれなかったの?」




「え……?」

ジハードの言葉に、ティエルは思わず目を瞬いて彼を見つめる。
彼が一体何を言いたいのか分からない。


こんなにもどん底に突き落とされている自分に、神は手を差し伸べてくれたというのか?




「城は炎に包まれ、周囲は敵に囲まれ、決してあなたは助かるような状態ではなかったんでしょう?」
リグ・ヴェーダを傍らに置くと、ジハードはその曇りのない空色の瞳をティエルに向けた。

「けれど、あなたはこうして生きている。助かるはずはないのに、助かったんだ。
あなたは一人で生きてきたようにも思っているけど、リアン達がいなくても生きてこられたのかな?」



「……」



「リアンが連れて行かれた時、サキョウが殴られた時、クウォーツが刺された時。
今回、あなたの取り乱し方を見てそう思ったよ。あなたにとって、彼らの存在が全てであることを」

グッと辛そうに唇を噛み締めるティエルを前にしても、尚ジハードは続ける。




「彼らがいたからこそ、あなたは生きる喜びを手に入れた。
彼らの存在こそが、全てを失ったあなたに神が差し伸べてくれた手じゃないのかい……?」



──確かに、その通りかもしれなかった。


全てが恐ろしく心細かったティエルの前に現れた、友達という存在を教えてくれた青緑の髪の娘。

ティエルを守った為に兄が死んでいるというのに、彼女を咎めず罵りもせず。
全てを包み込んでくれる大きな優しさを教えてくれた、父親のような男。


……あの頃の、自分と同じような瞳をしていた。信じ続ける心の大切さを教えてくれた、青い髪の青年。
恨むべき存在である人間を愛し、限りなく愛しむ心を教えてくれたのは、目の前の白髪の少年である。




あまりにも近くにいすぎて、隣に彼らがいるのが当たり前に思えて気づかなかった。

それを、再びヴェリオルは奪おうとした。笑いながら、彼女から奪っていこうとしたのだ。
その衝撃があまりにも強すぎて、先程までのティエルは正気を保っていられなかったのだった。




「……わたし、バカだね。そんなことに気づきもしなくて。だから罰が当たったんだ……」


「ティエル、お前は疲れているのだ。今はゆっくりと休め」
ティエルの肩を優しく抱き寄せながら、サキョウは父親を連想させるような微笑みを浮かべて口を開く。

「ワシは気の利いた言葉一つ思い浮かばないが……お前とずっと一緒にいてやれる事だけはできる。
だから、今は安心して休むがよい……」




うん、と涙声でそう呟いたティエルはサキョウに寄りかかりながら静かに目を閉じた。
相当疲労しきっていたのだろう。すぐに寝息が聞こえ始める。


どう見てもぼろ布としか思えぬ毛布を手繰り寄せ、サキョウはそっと彼女を寝かすと身体にかけてやる。




「疲れていたんだね。皆の敗因は疲労だよ。そうでなければ、あんな簡単に負けるはずはなかった」

今は安らかな表情で眠るティエルの顔を見つめながら、重苦しくジハードが口を開いた。
武器は全て没収されていたが、どう見ても本にしか見えないリグ・ヴェーダは取られなかったようだ。


「ぼくの魔力が本調子ならば、あなた達の傷だって完全に治せたし、極陣で敵を倒す事だってできたし、
クウォーツの毒だって何とかできたかもしれなかった」



「お前はそれでもよくやったじゃないか。……お前の悪い部分を一つ見つけたぞ」
自分の数倍は生きているであろうジハードの頭を、サキョウは子供にするようにポンポンと叩く。

「そうやって自分をあまり責めるものではない。大丈夫。皆生きてここから抜け出せるさ」




「……あなたのそのポジティブ思考、一体どこから来るのか知りたいよ……」
思わず頬を膨らませたジハードは、それから久々に穏やかな笑みを浮かべる。

「少しは、あなたのその考え方を見習おうかな」



「うむ。クウォーツにしろリアンにしろ、ゾルディスの奴らはそう簡単には殺さんだろう。
わざわざこんな所まで連れてきたのだ」

そう言うとサキョウは表情をスッと厳しく戻し、腕を組んで思案するように眉をしかめた。



「なんとかここから抜け出せる方法はないものか……」







+DeadorAlive+