Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第9章+聖剣イデア

第99話 Lady Rienalotte





燭台の上に乗ったロウソクの頼りなげな明かりがゆらゆらと揺れている。


そのオレンジ色の光を何の感情も込めぬ瞳で見つめ、ただ頬杖をついている人影が──ひとつ。
若葉色の大きすぎる幼い瞳に、サラサラとした茶の髪。少年と青年の境目のような若者。

その傍らには、古びて少々くたびれた緑色の帽子が無造作に置かれていた。




ロウソクの光を緑の瞳に映しながら、青年は今日何度目かの溜息を深くついた。

しかし溜息をついたのだからといっても彼の頭を悩ます物事が解決するわけではなく、
余計落胆したかのように彼は机に突っ伏したのだった。




彼の名はアリエス。こう見えても、闇の世界ではちょっとばかり有名な考古学者である。




周囲を見渡してみると、古びた本がぎっしりと詰め込まれた本棚が並んでいる簡素な部屋であった。
古い本が発する独特の臭いが部屋には充満している。

この分では滅多に換気などしたことがないのだろう。
本来窓があるはずの場所には、本棚と同じように古い本が積み重ねられている。



「あ〜あ……もう、真面目に生きてんのが時たまバカらしく思えてくるよなぁ……」



そう呟きながらアリエスは座っている椅子を大きく後方に傾け、頭の後ろで両手を組んだ。

その時である。彼の部屋の扉が遠慮がちにノックされたのだ。
部屋にこもっている時は、誰も訪ねて来るなと言っていたのにもかかわらず。


アリエスは迷っていたが、暫くしてから面倒くさそうに口を開いた。




「こんな時間に誰だよー……良い子は寝る時間だぜ?」
「夜分遅くに申し訳ございません、アリエス博士。しかしお嬢様がどうしてもと仰られたので……」

扉の外側から、実に申し訳なさそうな声が聞こえてくる。




……お嬢様?
こんな夜分にもかかわらず、自分の所へ訪ねてくる物好きは一人しかいない。

やれやれと口元にようやく普段の笑みを浮かべたアリエスは、先程とはえらく違った調子で口を開く。



「分かった分かった、ウチのお嬢様には敵わないな。入ってきてもいいぜ」

その声と同時に扉が開き、申し訳なさそうな表情の召使いが顔を現した。
背後には、人影。




「うむ、ご苦労じゃった。ここで結構じゃよ。おぬしはもう戻って休むがよい」

若い娘の声にしては、些か低みを帯びたような声が人影から発せられる。
その言葉に召使いは一回頭を下げると、足早に歩き去っていった。



それを確認した人影はようやく一歩部屋の中に足を踏み入れ、後ろ手で扉を静かに閉める。


ロウソクの鈍い明かりに照らし出されたのは、一人の娘であった。
薄い色合いの茶の髪を変わった形に短く切りそろえ、身体に密着したレオタードのような水色の衣服。

凛々しくつり上がった眉に、引き締まった目元はどこか勝気そうな印象を与える。
彼女は再び一歩アリエスに歩み寄ると、フッと口元に軽い微笑を浮かべた。




「アリエスおじうえ。こんな夜分遅くの来訪で申し訳ないのう……しかし、いつ訪ねても辛気臭い部屋じゃ」


「おいおい、リーナロッテ……オレをからかう為に来たのかあ?」
ジロジロと部屋を観察する来客に、アリエスは苦笑を交えながら口を開く。

「お前さんが来た理由くらいは察しているぜ。まぁ座んなよ……そこのベッドの上の本どけていいから」




「おお、すまぬアリエスおじうえ。城の中が普段よりも慌しくてのう」
リーナロッテと呼ばれた娘は、その顔に少々不釣合いな老成した笑みを浮かべてベッドに腰掛けた。

「なんでも、あのリダ=クイーン様直々に捕らえよとの命令を下された罪人達だそうじゃな。
その者らが一体どのような事をしたのか興味があってのう。アリエスおじうえに聞きたいのじゃ」




「うーん、リナ好みの男はいなかったぜ? だってお前、オッサンと背低いのと無愛想は好かんだろ」


「なんじゃ、それは残念じゃのう……って、そのような事を聞いているのではないのじゃ!
わらわをダフネ辺りとは一緒にしないで欲しいのう……」

わははと明るく笑うアリエスにリーナロッテはムスッと頬を膨らませたのだが、急に真顔に戻す。




「何か隠しておるのか? おじうえが誤魔化す時は、いつも危険なことに首を突っ込んでいるのじゃ」
「……」


ジッと真剣な眼差しで自分を見つめてくるリーナロッテに、アリエスは笑うのを止めて彼女を見た。
しかし、そんな真面目な表情は束の間で。




「リナ、オレを疑うのかい? 可愛い可愛いリナに、隠し事なんてするわけないだろうさ」


「……別に疑っているわけではないのじゃが」
自分の短い茶の髪の先を弄びながら、リーナロッテはスッと目を細くした。

「わらわは、おじうえが心配なのじゃ。何か厄介な事に足を突っ込んでいるのではないだろうかと。
頼むからあまりわらわに心配かけさせんでくれ。おじうえは、そんなにこのリナを胃潰瘍にしたいのか?」




「……分かったよって……オレは危険なことはしないからさ。あいつ助け出すまで死ねないもんな」
アリエスはどこか照れくさそうに頭の後ろを掻きながら、テーブルの上に置いてある緑の帽子に目を留める。

「オレの呪いをしっかりといて、それからあいつを助け出したら……リナ、一緒にこの国から逃げ出そうな」



「そうじゃな。……危険なことは決してしないという、そのアリエスおじうえの言葉を信じることにしよう」

やっと笑みを浮かべたリーナロッテは、弾みをつけて勢いよくベッドから立ち上がった。
その衝撃でぶわっと埃が舞い上がる。

「ゴホッ、ゴホッ……おじうえ……研究に没頭するのもよいのじゃが、たまには部屋の掃除くらいせんか」




「うーん、オレ掃除嫌いだし。召使いも信用してないし。シミズさんくらいかな、信用できる召使いは」
傍らに積み重ねてある本の表紙を指でなぞってみると大量の埃が付着した。

「まぁその内に大掃除でもするさ。今請け負っている仕事が一段落したらなぁ」



「わらわに協力できることがあれば、何でも言ってくれ。少しでもおじうえの負担を軽くしたいのでな。
これでも、アリエスおじうえの片腕になれるくらいの努力はしているつもりじゃ」


ピンピンと跳ねた茶色の髪を払い除けながら、リーナロッテは淀みのない眼差しでアリエスを見つめる。
その青い空を思い起こさせる瞳は、どこかの誰かと似ているような気がした。




「片腕ぇ? 冗談言いなさんな、一対一で正々堂々戦ったらオレ絶対リナに勝てないって」
リーナロッテの言葉にアリエスは大げさに表情を崩すと、それから真剣な表情になる。

「何も心配するなって。リナの手を借りるまでもないからさ」




「それはそれは頼もしいことじゃのう。一体何をするつもりだかのう、我がおじうえは」
「うーん。あのな……その女王様自ら捕らえよとの命令で捕まった奴らを、助けてやるだけだよ」

目を瞬かせるリーナロッテに、彼はニヤリと笑みを浮かべて人差し指を突き出した。



「ちょっくらコレは危険な仕事だぜ。なんせ、リダ=クイーン様に逆らうことになるんだからな」
「……し、正気かおじうえー!? 先程危険なことはせんと言ったではないか!? 約束が違う……」

「わーっ、わーわー!! シッ、大声出すと誰が聞いているか分からないって」



あんぐりと口を開けた彼女に、慌ててアリエスは両手を振る。
その言葉にハッと顔色を変えたリーナロッテは、眉をひそめて小声で話し始めた。

「本気か、アリエスおじうえ? リダ=クイーン様に逆らっては、いくらおじうえでも殺されるぞ……」




「おいおい、冗談でこんな事が言えるかよ……リナにしか言えないことだぜ」

暫く部屋に沈黙が流れる。
コチ、コチ、と古時計の秒針を刻む音だけが妙に重く、辺りに響き渡っていた。


やがてアリエスに根負けしたのか、ようやくリーナロッテが険しい表情をフッと和らげる。




「……分かった。おじうえがそう言うのなら、わらわはもう止める事はせぬ。だが死ぬな、おじうえ」

「サンキュ、リナ。……それじゃあ、オレはサクッと行ってきますか」
そう言いながらアリエスが取り出したのは、錆びた大きな鍵。それをグッと強く握り締めた。


「これからが勝負だ。生きるか死ぬか、失敗は許されない」







+DeadorAlive+