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Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第2章+アンジェリカの館
第11話 アンジェリカの館 -2- 激しく雨が降り続ける中、ティエルとジハードはゆっくりと正面玄関に向けて歩き続けていた。 手入れをしていれば、誰もが感嘆の溜息をつくような立派な庭だっただろう。だが今は荒れ果てて見る影もない。 この屋敷はかつて相当な金持ちが住んでいたのだろうと、歩きながらそんな事をジハードが考えていた時。 (あれは……墓?) 視界の端に朽ちた墓石が映った。通り過ぎた一瞬の出来事だったので、それが墓だったのかは分からない。 ティエルに気付かれぬように視線を移動させ、改めて眺めてみるが、激しい雨によって見失ってしまったようだ。 ここは人家の庭なのだ。墓があっても何もおかしくはない。 たとえそれが一つの家にしてはあまりにも多い数であっても、これだけ大きな屋敷ならば不審に思うことはない。 先祖代々の墓や、使用人達の墓も一緒にあると考えれば変な話ではないはずだ。 「ジハード、さっきから難しい顔をして横ばっかり見てどうしたの? もしかして……何かあった?」 隣のティエルは先程から不安げな表情を隠しきれていない。こんな話をして余計怖がらせる必要はないだろう。 暫く考えた後ジハードは柔らかい笑みを浮かべながら、なんでもないよ、と首を振った。 納得の行かない顔つきのティエルであったが、あまり聞きたくなかったのかそれ以上追求はしてこなかった。 やがて二人は大きな正面入口まで到着する。 大分古いのだろう、黒ずんだ木で作られているドッシリとした両開きの扉。右には錆び付いた呼び鈴があった。 ティエルは恐る恐る手を伸ばし、呼び鈴を鳴らしてみる。意外なほど大きな金属音が鳴った。 「ごめんくださーい! わたし達少しの間だけ雨宿りをさせてもらいたいんですけど……誰かいませんかー?」 予想通り、いくら待てども誰かが出てくる兆しはない。 「本当に誰もいないのかな? それとも、出れない理由があったりするのかも。人はいると思うんだけどなぁ」 首を傾げながらジハードが言った。 「とにかく、ここなら少なくとも雨は凌げるし。雨が止むまで屋根を借りようか。減るもんじゃないし、いいよね」 正面入口付近には大きな屋根があり、確かに雨だけは凌ぐことが出来そうである。 そろそろ眠気が襲ってきたのか彼はティエルの意見を待たないまま座り込み、扉に寄りかかって目を閉じた。 「もー、ジハードったら。本当はさっさと眠りたかっただけなんじゃないの? こんな寒い所で寝たら風邪引くよ」 「やっぱり睡眠は基本中の基本だよ。しっかり寝ておかないと、旅に支障が出るじゃないか……え? あれ?」 その言葉を言い終わらぬ内に、ジハードの寄りかかっていた扉が彼の背に押されてゆっくりと開いたのだ。 なすがままに倒れた彼の上半身は完全に屋敷の中に入り込んでしまう。 「何やってるの? ……それにしても鍵がかかっていなかったなんて。どれどれ、やっぱ中は暖かいね」 ジハードを跨いで扉の中を窺ったティエルだったが、中は外よりも暗闇に包まれており、様子は分からなかった。 しかし相変わらず人の気配はない。 「外にいたら風邪引いちゃうし、少しだけお邪魔させてもらわない? 家の人がいたらその時は素直に謝ろうよ」 「謝って許してくれたらいいんだけどね……下手すると泥棒に間違えられるかもしれない」 寝転がっていた身体を漸く起こしたジハードはそう言っているが、あまり強く止める気はなさそうである。 「とりあえず、ぼくは眠れる所ならもうどこでもいいよ」 彼の言葉を合図にティエルは家の中へと足を踏み入れた。微かにカビ臭い気がするが、気になるほどではない。 ジハードも続いて入ると後ろ手で扉を閉めた。外の光が完全に遮断されると、辺りは完全な暗闇に包まれる。 「これじゃあ目が慣れるまで大分時間がかかりそうだね。……ちょっと待ってて」 背後から本を開く音と共に、闇の中にぼうっと小さな魔法陣が浮かび上がった。ジハードの極陣である。 魔法陣の中心に小さな火が灯った。ろうそくの様な小さな光であったが、暗闇に比べれば十分すぎるくらいだ。 「魔法ってやっぱり便利だなぁ……わたしもジハードみたいに魔法が使えたらいいのに」 忘れがちではあるが、メドフォードの女性は代々類い稀な魔力を持って生まれるのだ。だが彼女に魔力はない。 その為自己嫌悪に陥って心を閉ざしたこともあったが、今の彼女には剣術がある。誇れるものがあるのだ。 「ひとにはそれぞれ得意分野があるんだよ。逆にぼくは剣が使えないからね。魔力がなくなったら何もできない」 どこか寂しそうなジハードの声。だが次の瞬間声の調子はもう元に戻っていた。 「随分長い間人が生活していたような形跡がなさそうなんだけど、本当に廃屋だったのかな」 ここは玄関ホールのようだ。赤い絨毯が敷き詰められており、左右に部屋と中央に二階への大階段があった。 古びた燭台を目にしたジハードは、蝋燭がまだ使えることを確認して火を灯す。 先程よりも薄明るくなったようだ。右の部屋へ顔を向けたティエルは、そこに大きなソファーと暖炉を発見した。 「濡れた服でも乾かさない? あっちに暖炉があったよ」 「暖炉があっても薪がなかったら意味がないんだけどね……あぁ、やっぱり薪がないよ。これじゃあ使えないな」 居間と思わしき右の部屋に入り、暖炉の中を確認するジハードが首を振った。 だが背後のソファーはかなり大きく、二人が寝る分には全く支障がない。ご丁寧に毛布まで畳まれている。 「ねえ、ジハード! 毛布まであるよ。ソファーも古いけど寝心地良さそうだし、今日は一晩ここに泊めてもらお」 早速ソファーに腰掛けてはしゃいでいるティエル。先程までの不安な表情など跡形もない。 「とにかくティエルも早く濡れた服は脱いだ方がいいよ。このまま着ていたら身体が冷えてしまうからね」 ティエルの笑顔に自然にジハードも笑顔になる。やはり彼女が笑うと、こちらまで優しい気持ちになれる。 すっかり水を吸ってしまった服を脱ぎながらふとティエルに顔を向けると、彼女は膨れっ面でこちらを見ていた。 「あそこにかけておけば、その内乾くでしょう……ん、何?」 「今ここで脱げだなんて言うの?」 どこか怒ったような声。しかしジハードには、一体彼女が何に腹を立てているのか理解できなかった。 「ジハードの目の前で脱ぐの……?」 その台詞で彼女が何を言いたいのか理解することのできた彼は、ぽんと一つ手を打つ。 「なんだ、一体何かと思ったらそんな事だったのか。旅をしていた頃はぼくの前でも平気で着替えていたのに、 そんなティエルにも漸くレディらしい気持ちが芽生えたんだね。遅すぎるとは思うけど、ぼくは嬉しいよ」 確かに彼の言うとおり、以前は誰の前でも平気で着替えていた。ジハードなら尚更気にならなかった。 だが城を奪還し、ミランダ亡き後は周囲から淑女の嗜みを嫌というほど叩き込まれたのだ。 「でも今はそんな場合ではないと思うんだ。ぼくに見られるのが嫌か、風邪を引くのが嫌か。どちらかだよ」 大きなあくびをしたジハードはそう言うとソファーに倒れ込み、そのまますぐに寝息を立て始めてしまった。 どこか拍子抜けしてしまった彼女は、もそもそと服を脱いでジハードの服の隣にかける。 彼はいつもあんな調子なので、異性という感覚がない。だからといって彼の外見が女性らしいわけでもないが。 変に意識することもなく、気兼ねなく接することのできる数少ない相手なのだ。 「ジハードが旅立つ時、わたしも一緒に行っちゃ駄目かな。……駄目だよね、あなただったら絶対そう言うもん」 独り言のようにジハードに向けて口を開いてみるが、既に寝てしまったのか彼から返事は発せられなかった。 彼といつまでも一緒にいることはできない。それはティエルもよく分かっているつもりだった。 第一城を奪還してから少し留まるだけのはずだったジハードを、こんなにも長い間引き止めてしまったのだ。 彼はあの当時気持ちの整理がついていないと言っていたが、今はもうできているのだろうか。 あの日以来、まるで忘れてしまったかのように当時のことを何も話さない。 ……いや、忘れてしまったなどありえない。彼は彼なりに、ティエルの知らない所で苦しんでいたのだろう。 それはティエルにも同じことが言える。 彼女もまた旅をしていた頃の楽しい思い出はよく話していたが、肝心なことは話に出すことすら避けていた。 あれから随分月日が経ったが、それでもティエルはまだ気持ちの整理がついていなかった。 「整理するって……どうしたらいいの? ……どうやったら気持ちが整理できるのか、誰か教えてよ……」 ごろんとソファーに寝転がり、畳まれていた毛布を身体に巻きつける。 勿論ティエルの問いに答えてくれる者はおらず、先程と変わらず静寂だけが辺りを包み込んでいた。 +DeadorAlive+ |