Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第2章+アンジェリカの館


第12話 アンジェリカの館 -3-





『ねえティエル。あなた、あんなにも一緒にいたのに私のこと何一つ分かっていなかった。親友……なのにね?』
──そんな……。



『大切な大切な友人の心の内すら気付かず、能天気に生きてきた幸せなお姫様。それがあなたよ』
違う、わたしだってあなたの心をもっとよく知ろうとした! けれど、大切な事は何も話してくれなかったから……。

『違わないじゃない。何も話さなかったから、気付かなかった。それが能天気以外の何だというの? お笑いね』



嫌……いや、もうやめて!!















搾り出すように発せられた自分の声で、ティエルは勢いよく両目を開いた。背中にじわりと汗の感触がした。

周囲を見渡しても先程の声の持ち主はいない。そう、いるはずがないのだ。これは単なる悪夢なのだから。
正面玄関横の居間にて、L字型になった大きなソファーで横になっている内に眠ってしまったようだ。


斜め横のソファーではジハードが全く変わらぬ姿勢のまま熟睡している。辺りは奇妙なほど静まり返っていた。




この屋敷に辿り着いてから、一体どのくらいの時間が過ぎ去ったのだろうか。
濡れた上着は全て脱いでしまった上に、先程までの悪夢によって汗をかいている。毛布一枚では少々肌寒い。



(水場で身体拭きたいなぁ。タオルは持ってきてるし、この近くにキッチンか洗面所があればいいんだけど)

居間の周囲をもう一度ぐるりと見渡してみる。大きなソファーに古めかしい飾り武器や置物。薪の切れた暖炉。
段々と目が慣れてきたためか、壁に掛けられている時計の時間も分かった。22時過ぎ。



(こんな時間でも人の気配がないってことは……やっぱり煙は見間違いで、どこかに出かけているのかな?)



ここには間違いなく人が住んでいるはずだ。
耳を済ませてみると、まだ雨は降り続けているようである。あんなにも近くで鳴り響いていた雷鳴は聞こえない。


ゆっくりとソファーから身を起こして立ち上がると、ティエルは水場を求めて仕方なく一歩足を踏み出した。
ふかふかとした柔らかな絨毯。

一人だけで歩き回るのは怖がりのティエルには勇気のいる行為であったが、近くにはジハードがいるのだ。
万が一何かがあっても大声を上げれば大丈夫だろう。……彼がすぐに起きてくれればの話であるが。



……カタン。



ほんの微かに音が鳴った。思わずぎくりと歩みを止めたティエルは、油の切れた人形の様に背後を振り返る。
ソファーでジハードが静かな寝息を立てていること以外は、特に変わった様子はない。

音の鳴った位置から察するに、少し離れた場所だろう。居間ではない。正面玄関でもない。二階のようだった。



(もしかして、家の人がいたのかな? それだったら挨拶しなくちゃいけないし、でも違ったらどうしよう……)
どちらにしても一人で起きていることに耐え切れなくなったティエルは、ひとまずジハードを起こすことにした。


「……ジハード、起きて。お願いだから起きてよ!」
そう言いながら軽く彼の身体を揺り動かすが、勿論眠りが人一倍深いジハードがその程度で起きるはずがない。

「上から何か音がしたの。もしかしたら家の人かもしれないんだよ、勝手に家入ったこと謝りに行かないと」



髪を引っ張ったり頬をつねっていると、とろんとした様子でジハードの目がようやく開かれる。
「なに……?」

「何じゃないよ、二階に家の人がいるかもしれないの! こんな所で呑気に熟睡している場合じゃないでしょ」
「ああそう……おやすみ……」


「こらっ、また眠らないでよ! 水場も探したいから、一人じゃ怖いしジハードも一緒に来てもらおうと思ってさ!」



「……ティエル一人じゃ水場も探せないのかい? 家の人に挨拶も、ついでにしておいてくれると助かるけど」
根負けしたのか寝ぼけ眼のままジハードは面倒くさそうに身を起こし、ぼさぼさになった白髪に手櫛を入れた。


「怖いとかあなたは小さい子供じゃないんだから。これも女王になる為の試練だと思って行ってきたらどうだい」


「小さな子供じゃなくても怖いものは怖いの! こういう時はできるだけ二人離れないようにした方がいいよ」
「何だか上手く言いくるめられたような気がしなくもないけど……分かったよ、一緒に行けばいいんだろう……」

そうティエルに言いながらもジハードは思わず首をひねる。
確かに彼も感じたのだ。こちらをそっと窺っているような、どこか気味の悪い視線が纏わりつくのを。




「起きたら汗かいててさ、できたら身体も拭きたいなーとか思ってるんだけど。バスルーム借りれないかなぁ?」


「あなたという人は、いくらなんでも図々しいよ。そもそも勝手に家に入るのもまずいけどさ」
家人の姿を求め、ティエルとジハードは二階に向けて歩いていた。居間を出て、先程の正面玄関へと辿り着く。

広いロビーの中央には二階へ上がる大きな階段があった。



「音がしたって言っていたけれど、単なるティエルの勘違いじゃないのかい?
これだけぼくらが大きな声で話しているのに、誰も出てこないんだよ。気付いたら出てくると思うんだけど」


「もしかしたらわたし達、怖い泥棒と間違えられているのかも……どうしよう……」



正面玄関前の大階段を前にしたティエル達は、手すりを掴むとゆっくりと上がっていった。
相当古い木なのだろうか。一段上がるごとにギシギシと軋んだ音が辺りに鳴り響く。余計に募っていく不安。

外の雨は一層激しくなっているようだった。先程までは止んでいた雷鳴も、遠くの方から微かに聞こえ始めてくる。


二階に辿り着くと、階段を中心として左右に暗く長い廊下が伸びていた。
その中でたった一つ、半開きになった扉があった。風もないのにキイキイと音を鳴り響かせながら揺れている。



「おや? もしかして先程ティエルが聞いた音っていうのは、この扉じゃないかい? ほら、風で揺れてるし」

「そ、そうだったのかな……それならそれでいいんだけど。怖いから、ジハード先行って扉閉めてきてよ」
「全く一体何が怖いっていうんだい。今までこれ以上に怖い思いをしているくせに。ゾンビ達に囲まれたりとかさ」



完全にへっぴり腰でぐいぐいと背中を押してくるティエルに、ジハードは思わず呆れの溜息をつく。
確かに不気味な雰囲気がするとは思うが、ここは単に暗いだけである。ゾンビやモンスターがいるわけでもない。

ティエルはかつてそれ以上の恐怖を味わっているはずなのだ。それなのに、何故怖がるのだろうと彼は思った。



「それとこれとは話が違うの。大体ゾンビだって皆が一緒にいたから戦えたんだし、一人だったら絶対無理!」

「もう……分かった、分かったってば。扉を閉めればいいんでしょ。だから強く押さないでったら……」
嫌々ながらに先頭に立ったジハードは、扉を閉めようとゆっくりと手を伸ばした。その瞬間。




「……あら、珍しい。こんな時間にお客様?」



突如背後から声が響いてきたのだ。それも怪しむような声色ではなく、ごく自然な。
さすがのジハードもその声に一瞬凍り付いたように動きを止め、背後のティエルは彼の腕をギュッと握り締める。

やがて二人が恐る恐る振り返ると、いつの間にか背後には燭台を持った中年の女性が立っていた。


温和そうな表情に、きちんとした身なり。少々白髪の混じった髪を後頭部で結っている女性であった。
客観的に見れば、明らかにティエル達の方が怪しい存在である。



「か、勝手に入ってごめんなさい! 少し雨宿りさせてもらおうと扉を叩いたんだけど、空き家だと思って……」
「本当に申し訳ない。ぼくらは決して怪しい者じゃなくて……なんて言ったら余計怪しいかもしれないけど」

我に返ったティエル達は女性に向けて何度も頭を下げるが、彼女は怪しむ表情など見せずに優しく微笑んだ。



「いえいえ、気にすることなんてないわよ。このお屋敷って外から見ると、物凄く古くて朽ちて見えるでしょう?
あなた達のように空き家と思って来てしまう方達も少なくはないわ。あの荒れ放題の庭も問題なのよねぇ」

確かに、この屋敷は外観だけならまるでお化け屋敷である。



「これも何かの縁ですわ。外は雨で大変だったでしょう? すぐに暖炉に火をつけるから、暖まって下さいな」
「あ……ありがとう!」

雨に打たれたままだったので、身体が冷えて仕方がなかったティエル達は声を揃えて感謝の言葉を口にした。



「……ねぇ、お化け屋敷みたいだなんて思っちゃって失礼だったよね。こんな良い人が住んでいたのに」

「しかしあの荒れ放題の庭は如何なものかな……まぁ、人の家の庭にどうこう言う気はないけどさ」
女性に聞こえぬようにティエルとジハードは小声で耳打ちをする。


「いくら面倒臭がりのぼくでも、あそこまでひどくはさせないよ」



「そうだわ。折角のお客様なのだから、娘にも挨拶をさせなくちゃ。あなた達と同じくらいの年齢なのよ」
「娘さん?」

「ええ、アンジェリカっていってね。ちょっと身体が弱い子なんだけど……」
そう言った女性は先程扉が半開きになっていた部屋へと進んでいく。どうやらこの家の娘の部屋だったようだ。


「嫌だわあの子ったら……だらしがないわね。扉を開けっ放しにして。普段はとてもお行儀のよい子なのよ」






+DeadorAlive+