Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第2章+アンジェリカの館


第13話 アンジェリカの館 -4-





「そこの部屋、娘さんのお部屋だったんだね。扉が開いていたから閉めようとしていたんだけど」
何も知らなかった先程は、まさに恐怖の対象だった部屋である。ティエルは少々ばつが悪そうにして口を開いた。

「わたし達彼女にちょっと悪いことを思っていたかもなぁ」



「アンジェリカは人見知りが激しい子でね、その上病弱な体質でしょう? 可哀相にお友達が全然できなくて……」
軽く会釈をした女性は真っ暗な部屋の中へずんずんと入って行った。


それにつられて、ティエルもひょいと部屋の中を覗いた。燭台のお陰で、部屋の中が薄ぼんやりと明るくなる。

あまり広いとは言えないような部屋の至る所に、アンティークドールや可愛らしいぬいぐるみが犇き合っていた。
昔ゴドーに連れて行ってもらった人形屋にて、ティエルが欲しいと言って駄々を捏ねた人形に似たものも。



しかしドールショップへ連れ出してくれたのはゴドーの独断で、祖母ミランダには内緒のことであった。

ティエルが欲しいと言ってきかなかった金髪の少女の人形は、彼女の身長と大差のない大きなものだった。
結局小さな猫のぬいぐるみを買ってもらい、それも嬉しかったが、彼女はあの人形が忘れられなかったのだ。



「わぁ……可愛いなぁ。わたしもこんな大きな人形達に囲まれて過ごしてみたかったな」
そっとジハードを手招きすると、部屋の中を指差す。

「ミランダおばあさまは、昔から人形が好きではなかったみたいなの。だから全然買ってくれなかったんだ」



「……そうだったんだ。ぼくの故郷には寝室に人形を大量に飾っておくと、魅入られてしまうって聞くけれど。
大きなぬいぐるみが欲しいのなら、今のあなたならどんな人形も好きなだけ手に入れる事ができると思うよ」

「うーん、ジハードそうじゃないの。そんな方法で好きなだけ手に入っても嬉しくないんだよなぁ」
彼の言うとおり、今のティエルならば好きなだけぬいぐるみが手に入るだろう。しかし、それでは意味がない。


「わたしは……誰かにプレゼントされたっていうのがいいんだ。一つ一つくれた人の思いが込められているし」




「アンジェリカ、アンジェリカ。お客様ですよ。あなたと近い年頃の。お友達になってくれるかもしれないわ」
燭台をテーブルに置いた女性は更に奥へと進んで行き、光の届かない場所で誰かに声をかけている。

「もう、我が侭言わないの。この間新しい人形をあげたばかりでしょう? また新しいのが欲しいの……?」


アンジェリカという相手の声がティエル達には聞き取ることが出来ず、まるで女性の独り言のように聞こえた。
一番奥に大きなベッドの影が映っている。その周囲を取り囲むように、人形達が並べられている。



暫くの間押し問答のような声だけが響いており、やがて諦めた様子で女性だけがティエル達の前に姿を現した。

「ごめんなさいね、あの子ったら本当に恥ずかしがり屋で……」
そう言いながら扉を静かに閉める。


「あなた達には気を悪くさせちゃったかしら。アンジェリカは誰に対してもこうなのよ、だから気にしないでね」



「ううん、病弱な娘さんなら尚更無理しなくてもいいよ! それにこんな遅い時間だしさ……わたし達の方こそ」
「あっ、そうだわ。早く身体を身体を温めなくちゃね。風邪でも引いたら大変だわ」

思い出したようにあっと声を上げた女性は、慌てたように一階への大階段に向かって小走りに駆け出した。



「……なんかさ、急に人が現れたって感じがしないかい? 突然生活感が出てきたっていうかさ」
その後に続きながら、先程から納得のいかない顔つきだったジハードが小さく呟く。

「ぼくらはずっと居間にいたんだよ? なのに気付かないなんてティエルはおかしな話だとは思わないの?」



「確かに驚いたけどさ、人がいたんだからいいじゃない。それよりも家に入ったことを怒られなくて良かったぁ」
「あなたの心配は何時もどこかずれている様な気がしてならないよ……」

ティエルに問いかけたことを後悔する様に、ジハードはこめかみに指を当てると大きな溜息をついたのだった。











「そうですか、突然雨に降られて……。それはとんだ災難ですな。しかし雨宿りの先が我が家で幸運だった」

女性に案内されて先程までティエル達が眠っていた居間に辿り着くと、そこには壮年の男性の姿があった。
ゆらゆらと炎を揺らす大きな暖炉の前で、女性と同じく柔らかい笑みを浮かべてティエル達を出迎えた。


「あなた方は大変お若いとお見受けするが……夜更けにこんな辺鄙な場所を歩く理由でも?」



「率直に言えば単に迷っていた所を、雨に降られたんだけどね。運が悪かった。半日くらい彷徨っていたよ」
「そう、そうなんです! わたし達、一刻も早くゴールドマインに行かなくちゃいけなかったのに」

呆れ顔のジハードに肘で突付かれながらも、ティエルは出されたクッキーをもりもりと頬張っていた。
それもそうだろう。思い出せば、昼から何も食べていなかったのだ。


「わたし達は5日かけてメドフォードからここまで来たんだけど、ゴールドマインはまだまだ遠いのかなぁ?」



「はるばるメドフォードから……それは大変だったでしょう。ははは、ゴールドマインまではもう一息ですよ」
目を細めながら男性はティエル達を眩しそうに見やり、それから暖かく燃える暖炉へ視線を移す。

隣では笑顔を浮かべながら女性が紅茶のお代わりをカップに注いでくれていた。


「緑豊なメドフォードに引越しを考えたこともありましたが、娘の療養には静かな場所がいいと思いましてな。
この森の奥深くに屋敷を構えることにしたのですよ。しかし辺鄙な場所すぎたのか、買出しに不便でしてね」

そこで自嘲気味に笑みを浮かべる。

「娘には療養も必要だが、友人も必要だった。そのことに気付くのが遅すぎましてね……。
結局はこんな地で娘の友人になってくれそうな者はおらず、アンジェリカを孤独にさせてしまったのです」



途端に居間を重苦しい沈黙が襲う。
それを破ったのは、女性のわざとらしいほど明るい声であった。


「そうだ! あなた達、アンジェリカの話し相手になってくれないかしら? 暫くここに留まる気はない?」

「おいおい、お前聞いていなかったのか? この方達は急いでゴールドマインに行かなくてはならないんだよ。
こんな断りにくい話で無理に引き止めてしまっては悪いだろう。……いやあ、本当に申し訳ないですな」



そうだ。ティエル達は一刻も早くサキョウの安否と、ゴールドマインの異変を調べなくてはならないのだ。
しかしこんな様子の夫婦を前にして、ティエルはあっさりと断るなんて出来なかった。

「でも……一日くらいなら、話し相手になれるよ。わたしで良かったら、喜んで友達になりたいな」
「まぁ、娘さんが良ければの話だけどね」

ティエルの言葉に続いてジハードも口を開いた。彼も一人の寂しさを知っているからだ。



「本当!? あらやだ、涙が出てきちゃったわ……アンジェリカに二人もお友達が出来たのだから……!」
思わず涙を浮かべて目頭を押さえる女性の肩を、そっと男性が抱き寄せる。彼の方も小刻みに震えていた。

その様子を見て、ティエルは絶対にアンジェリカの友達になろうと。そう決意したのだった。











雨宿りの上に一夜の宿も提供してくれることになり、ティエル達は夫人によって寝室へと案内された。
古びた外観の割には部屋の中はきちんと掃除が行き届いており、ふわふわの白いベッドが並べられている。


「それじゃあ、おやすみなさい。明日はアンジェリカの話し相手になってやってね」
「勿論! わたし達のこと気に入ってくれるといいんだけどなぁ……」



ぱたんと閉じられた扉。ベッドの前のテーブルには、夫人が置いていった蝋燭が暖かな火を灯していた。
その隣にはジハードの置いたリグ・ヴェーダ。

彼はと言うと、大きなあくびをしながら既にベッドに寝転んでいる。



「……今日は色々と疲れたね。もしかしたらわたし達、この家のことを疑いすぎちゃったかもしれないや」

「ぼくの不安が単なる考えすぎに終わればいいんだけど」
寝転がったまま呟くジハード。


「ティエルのおもりばかりして疲れたよ。多分あなたの倍以上はぼくの方が疲れてる。これは断言できるね」



「そうかなぁ……ジハードは寝てばかりいたような気がするんだけど。って、もう寝かけちゃってる」
思わず口を尖らせながらも彼女は、ジハードに毛布をかけてやる。寝つきの速さは彼の特技でもあった。

「おやすみ、ジハード」


燭台の灯りをふっと吹き消すと、ティエルもベッドの中へと潜り込む。柔らかな感触が彼女を包み込んだ。
……疲れのためか、すぐに眠気はやってきた。






+DeadorAlive+