Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第2章+アンジェリカの館


第17話 誰かを想い続ける奇跡





先程まで可愛らしい装飾だった部屋が、彼女が消えると同時に廃屋のように朽ちた部屋へと変化していった。

木が完全に腐って穴の開いたアンジェリカのベッド。ここに座っていた彼女の遺体は幻だったのか。
ぼろぼろになって散らばったぬいぐるみの奥には、白骨化してしまった「お友達」の成れの果てが座っていた。


そちらに視線を向けたティエルはどこか寂しげな表情になったが、やがて背を向けて目を閉じたのだった。




「……あ、あのさ。ちょっと」
アンジェリカの部屋で立ち尽くしているティエルに向けて、漸く我に返ったジハードが声をかける。

「ぼくにはさっぱり話が飲み込めていないんだけど。結局、アンジェリカやあの夫婦は一体何だったんだい?」


彼がそう言うのも尤もな話であった。
眠りながらも言い表せぬ不安を感じ取ったジハードは、隣のベッドにティエルの姿がないことに気付いたのだ。

首を傾げながらも部屋から出ると、どうやらアンジェリカの部屋が騒がしい。
ティエルに何かがあったと悟った彼は、そのまま部屋に飛び込んだ。事情が分からないのも無理はない。



「わたしだってよく分からないよ。ただ……今まで見ていた夫婦は、ミカエラの作り出した幻術だったんだって」



振り返ったティエルはイデアを鞘に収める。
完全に朽ち果ててしまったぼろぼろの館内部は、ミカエラの幻術から完全に開放されたことを物語っていた。

彼女は一体何のために、ティエル達をどうしたくてこんな事をしたのだろうか。


本当にアンジェリカの友達を作るために、今まで旅人達をこの屋敷に誘い続けてきたのだろうか。
ミカエラに聞きたいことは山ほどあるが、彼女の姿はない。今更考えても仕方がないのだ。



「一つだけ言えることは……アンジェリカの生前の姿だけは、ミカエラの幻術じゃなかったのかもしれない」


アンジェリカまでミカエラの見せた幻術とは思いたくなかった。
彼女は本当にここに住んでいた少女なのかもしれない。ミカエラとの関係は分からないが。

ティエル達に対する攻撃の手を止めたのも、もしかしたらアンジェリカが止めてくれたのかもしれない。


これは単なるティエルの憶測にしか過ぎなかった。
しかしアンジェリカの名を呆然と呟いていたミカエラの姿を見たら……なんとなく、そんな気がした。



「やれやれ、とんだお友達騒動だったな。これからはむやみやたらにお友達になる、なんて言えなくなったよ。
友達宣言しただけで殺されていたら、たまったもんじゃないからね。命がいくつあっても足りないよ」

そう言ったジハードはティエルに歩み寄ると、彼女の出血している肩に手をかざす。
デスサイズの衝撃で切れてしまった場所である。改めて傷口を目にすると、今頃になって痛みが襲い始めた。


淡い薄緑色の光が傷口を包み込むと、まるで暖かな手に触れられているような感覚に陥る。



ジハードの治癒魔法の威力はやはり凄いなとティエルはそんな事を思っていたが、ふと彼の額に目を留める。
親指ほどの長さの赤い傷口。血は完全に止まっておらず、彼の白髪を赤く染めていた。

そして肩口にも血が滲んでいた。明らかにティエルよりも彼の方が怪我をしている。


彼は自分の方が酷い怪我だとしても、他人を優先して治癒をする癖があった。
ティエルはそんなジハードの癖がどこか歯がゆく思うこともあり、しかしそれが彼の良い所でもあった。



「……もういいよ、痛くないから大丈夫」
完全に傷口を塞ごうとしているのか、なかなか治癒をやめないジハードの腕を掴むとティエルは溜息をついた。

「わたしよりもジハードの方が痛そうだし。殴られた額の傷、血が垂れてきてるから早く治した方がいいよ」


「え!? ……ああ、本当だ。言われるまで気付かなかったよ。道理で額が痛いと思った」
そう言って慌てて額に手をやるジハードの様子がおかしくて、ティエルは漸く顔に笑みを浮かべる。

彼の手から光が溢れ、切れた額の傷をゆっくりと塞いでいった。



「治癒魔法はもう少し治るスピードが速かったら、本当に言うことないんだけどね。ぼくにはこれが限界だよ」
治療をしながらジハードは歩き始める。彼としてもあまりこの場に残りたくなかったのだろう。

ティエルはもう少しこの屋敷で休んだらいいとも思ったのだが、やはりジハードが譲らない。
妖気は消え去った屋敷だったが、一刻も早くここから脱出した方が良いというのがジハードの意見だった。



アンジェリカの部屋を後にし、大階段を下りて一階の正面ホールまで辿り着く。
そこには先程まで横たわっていた夫人の死体も見受けられなかった。これもミカエラの見せた幻術だったのだ。


代わりに、完全に腐り落ちたソファーや破けた絨毯が一面に広がっていた。



「彼らは本当にミカエラの見せた幻だったのかな。ぼくにはどうも、意志があったようにしか思えないんだ」
夫人の死体があった場所にしゃがみ込んだジハードは、絨毯に積もる埃についた微かな人型に手を触れる。

「友達のいなかったアンジェリカのことがあまりにも心残りで、執念だけがここに強く残っているのかもしれない。
親っていうのはそういうものだからね。それをミカエラが利用した……ことになるのかな」



「……いくらアンジェリカが大切だからって、お友達にする為に殺しちゃうのはやり過ぎだと思うよ」

ティエルが扉に手を触れると、先程まではどんなに引いても開くことのなかった扉が音もなく開いた。
空は雷雨が嘘のようで、美しい星空が広がっている。


「アンジェリカ本人がそれを喜ぶようには思えないんだけどなぁ。心優しそうな顔立ちの女の子だったし」



「ま、終わったことだよ。今更ぼくらがあれこれ考えても仕方がない。ただ想う心は、奇跡を起こすこともある。
今回はそれが悪い方へ行ってしまったのかもね。確証はないけどさ」

すっかり雨の上がった夜空を仰いだジハードは、うんと伸びをする。漸く彼も緊張を解されたのだろう。



「誰かを想う奇跡かぁ……わたしの想いはなかなか奇跡になってくれないな。それとも想いが足りないのかな」
「……ティエル」

「やっぱ気持ちが一方通行じゃ駄目なんだろうね。相手がわたしのことを想ってなかったら……無理なのかな」


「……悲観的な考え方はあなたらしくないよ。ティエルはいつでも前向きでいなきゃ」
俯き加減になってしまったティエルの頭を優しくぽんぽんと叩き、ジハードは笑みを浮かべながら口を開いた。

こんな時の彼の微笑みは、正しく天使の微笑みのように柔らかかった。



「きっと伝わるよ。あなたが想い続けていれば、いつかきっと伝わるから。諦めないで。ぼくも諦めないから」
「うん」


ジハードの言葉に頷くことしかできなかったティエルだったが、力強く彼に向かって頷いてみせる。
彼が一体何を諦めたくないのか、ティエルと考えていることは同じなのか。それとも違うことなのか。

それはジハードの表情からは窺い知る事はできなかったが、
彼の心の内をほんの少しだけ知れたような気がしたティエルは、それでもどこか嬉しかったのだ。



……思えば、ティエルはあの半年前の日から『彼ら』の名前を口に出すことを避けていた。


もしも口に出してしまったら、今まで堪えてきた全てが溢れ出してしまいそうで怖かった。
名前を出さないことで胸の奥にしまい込んでいた気持ちに、耐えられなくなるのが怖かった。

そんな彼女の様子に気付いているのか、同じくジハードもティエルの前では名前を口にすることはなかった。



「……ティエル、行こう。サキョウがきっと待ってる」
立ち止まったままでいるティエルを振り返り、ジハードが笑った。

「彼の顔を見たら、不安なんか吹っ飛ぶような気がしない? 大丈夫っていう気にならない?」



「確かにそうかも。サキョウってわたし以上のポジティブなんだもん。でも、なんか説得力があるというか」

思わず笑みを浮かべたティエルも、漸く一歩を踏み出した。
眼前に広がるのは雨上がりの深い森。ぬかるんだ地面がブーツを汚すが、もう歩みを止めることはなかった。



(わたしは想い続ける事しかできないけれど。それでも信じ続けていよう。きっとまた巡り会えるって)

この同じ空の下にいるかぎり、生きているかぎり。絶対に会えるという確証はないけれど。……それでも。
信じ続けていれば……想いはきっと、伝わるから。






+DeadorAlive+