|
Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第1章+水と緑のメドフォード - 光ゴケの夜 -
第2話 騎士訓練所にて 「えっ、剣のお相手ですかぁ!? 姫様、本来であれば王宮のレディは剣なんて手に取らないんですよ……。 それに万が一姫様に掠り傷一つでも付けてしまったら……オレ、ガリオンに会わせる顔がないじゃないですか」 「じゃあアップルパイを作ってもらうことにしようかなぁ。勿論美味しくないと許さないからね!」 ティエルの申し出に初めは渋っていたサイヤーであったが、彼女にとうとう根負けしたのか力なく溜息をつく。 「わ、分かりました。けれど一回だけですよ? ここは狭くて障害物が多いので、騎士訓練所まで移動しましょう」 ・ ・ ・ 「おおティアイエル姫様、ご機嫌麗しゅうございます!」 「やはり姫様にお立ち寄り頂けると、騎士達の士気も高まりますね……って、サイヤーお前どうしたんだよ?」 突然訓練所に現れた姫君に騎士達は一斉に膝をついて頭を下げるが、隣を歩くサイヤーに目を丸くする。 「うーん、まぁ色々と事情があってな」 そんな彼らに苦笑を向けつつ、サイヤーは壁からヒノキの棒二つを取り外すと片方をティエルに差し出した。 「どうぞ、姫」 「ありがと。みんな、練習中に邪魔してごめんね。今からちょっと無理言ってサイヤーに剣の相手をしてもらうの」 渡された棒を色々な角度から握り直しながら、ティエルは訓練所の面々に向けてにっこりと笑顔を浮かべた。 その中につい先日入団したばかりの騎士見習いの者達もおり、近くで見る姫君の笑顔に思わず顔を赤くさせる。 「ティエル姫様と騎士団員の試合なんて本当に久々じゃないか? ガリオンが生きていた頃はよく見れたのに」 「ガリオンのやつ、一度くらいわざと負けてもいいものを……結局一回も姫様に勝たせなかったんだよな」 「あいつはほら、真面目が服を着て歩いているようなもんだからな。稽古でも手を抜く性分じゃなかっただろ?」 「……あっ、サイヤー。オレが合図するよ。用意はいいですか、ティエル様」 中央にある闘技場まで進んだティエルとサイヤーはそれぞれ構えの姿勢を取った。固唾を呑んで見守る周囲。 「それでは……始めっ!」 一番近くにいた騎士の合図と共に、二人は同時に地面を蹴った。速さはティエルの方が上である。 すぐに間合いに入った彼女は勢いよくヒノキの棒をサイヤーの脇腹目掛けて振り下ろす。 しかし彼はすぐさま棒を握り直し、振り下ろされた彼女の一撃を軽く受け止める。 力を込めてもびくともしない様子に、ティエルは一歩後ろに下がると弾みをつけてサイヤーに突っ込んでいく。 いくら彼女に腕力があるとはいえ、それは同年代の女性の中での話である。やはり男の力には敵わない。 実際のところ今までイデアの力に何回も助けられていた。 封魔石は女の力であろうと、大の男が力を込めて振り下ろした時と同じくらいの威力を発揮していたのだ。 イデアがなければ負けていた勝負も数多くあるだろう。それほど封魔石の力は凄まじかった。 ティエルの突き出したヒノキの棒の先端が、サイヤーの右腕を僅かに掠める。 体勢を崩しかけた彼女の棒を叩き落そうと振り下ろしたサイヤーの一撃に、迎え撃つように棒を打ちつけた。 びりびりと手が痺れるくらいの衝撃が走る。 「……あれ、サイヤーって実は結構強いのか? ティエル姫様って基礎はガリオンだから、いい腕前だったはず」 「おいおい、知らなかったのか? 練習中ガリオンがよく言ってたぜ、サイヤーには勝てる気がしないってな」 「でも剣術大会の時は、サイヤー途中で棄権していたんじゃないか?」 「あいつあの時は熱があって、大会の後一週間近く寝込んでいただろ。見舞いに行ったガリオンもうつったやつ」 「あー、あれか! 思い出した。二人で合計二週間寝込んでいた時だな」 ……カララァン! 騎士訓練所に乾いた音が鳴り響き、弾き飛ばされたヒノキの棒が勢いよく部屋の隅まで転がっていった。 見守っていた者達は皆一斉に中央の二人に注目する。棒を握っていなかったのは……ティエルの方であった。 「あっちゃー、負けちゃった。わたしもまだまだ稽古を積まないといけないな」 未だじんじんと痺れる右手を軽く振ったティエルは、舌を出して笑顔でサイヤーを振り返る。 「でも久々にいい試合ができたよ。無理に付き合わせちゃったりしてごめんね、サイヤー。本当にありがとう」 「姫様、どこかお怪我はありませんか!? オレつい熱くなってしまって……」 「ううん、どこにも怪我なんてないよ。サイヤーもガリオンも、わたしに怪我させないように気を遣ってくれてたし」 遠くへ転がっていったヒノキの棒を掴むと、それをサイヤーに差し出した。 「旅をしていた時、たまに剣術を教えてくれた男の子がいたんだけど……その子がね、ほんと厳しくて厳しくて。 転んで青あざ当たり前でさ。いつも終わった後、強くなりたいなぁって。自分は何でこんなにも弱いんだろうって」 ──どうして……いつまでも同じ位置に辿り着けないんだろうって。 「ティエル姫様? どうか……したんですか? もしかしてどこか痛むとか!?」 急に先程までの笑顔が消えて暗い表情になってしまったティエルの様子に、サイヤーは思わず声をかけた。 「……え!? ああ、なんでもないよ。ちょっと昔のことを思い出しちゃっただけだから」 しかし彼女はすぐに首を振ると再び笑顔に戻る。 納得の行かなかったサイヤーであったが、これ以上深く聞くわけにもいかず、そうですか、とだけ口にした。 再び騎士達の声で溢れ返る稽古場を後にして、ティエルは元の道をゆっくりと戻り始めた。 こんなに緊迫した状態で身体を動かすのは本当に久々である。 旅を終えてからの彼女は主に机に向かうことが多く、以前のように剣の稽古をすることができなくなった。 しかしそんな彼女や城の者達、そして国民の努力によって、あんなにも荒れ放題であったメドフォード王国は、 今やもう殆ど復興したと言ってもいい状態である。 ミランダ亡き今、政治は彼女の遺志を継ぐ元老院と右大臣フリド達が執り行っている。 正直ティエルにはよく分からない世界であるのだが、ゆくゆくは女王となるのだ。そんなことは言っていられない。 そんなことを考えながら歩いていると、前方の兵士休憩所で二つの人影が手を振っているのが見えた。 茶の髪と金の髪をした二人の青年。万年兵士見習いであるジョンとリックである。 「ジョン、リック!」 「ティエル姫様も休憩中ですか? オレ達は今丁度午前の稽古が終わったところですよ」 どこか幼いイタズラ好きな少年の面影を強く残す、茶色の髪とそばかすが目立つのは体格の良いジョン。 「それにしても今日の部隊長、機嫌が悪くなかったか? また奥さんと口喧嘩して負けたんだろうけどな」 色白で金髪の青年はリック。実家が裕福なためか、何気なく汗を拭いているハンカチも有名ブランドである。 「私も午前の勉強が終わったところだよ。こんないい天気の日は、外で昼ごはん食べたくなっちゃうなぁ」 「中庭で食べたら最高ですよねぇ! ……あ。そういえばついさっき、ジハードさんが姫様を探していましたよ」 食べることが何よりも好きなジョンはそう言った後、思い出したようにしてポンと手を打った。 「あの人……にこにこと笑顔で怒るから怖いって、彼に治癒魔法習ってる神官見習いの友達が言ってました」 「えっ、ジハードが? あー確かに笑いながら怒るかも。何で探してるんだろ……もしかしてさっきのことかな」 聞き慣れた名前に対してティエルは思い当たることが多すぎるのか、思わず首を引っ込める。 ジョンの言うとおり、確かにジハードという名前の少年は笑顔で怒ることがあるのだ。それが少し怖い。 「でもジハードさん、結構女官達に評判いいらしいですよ。ガリオンさんみたいにファンクラブとかできるのかな」 「リックはそういう話好きだよなぁ。いつの間にオレに黙って女官の友達数人作っているんですよ、こいつ」 「へー、ジハードがねえ……。あの長々とした話についていける人じゃないと、相手をするのは無理かもねぇ」 ジハードと旅をしていた時も、よくサキョウが彼の長話につき合わされていた。主に長くなる内容は小言である。 それはティエル達を大切に思っているからこそなのではあるが、やはり簡潔にしてもらいたいのが本音だ。 その他にも、雑学を話している時も彼の話は長い。しかしこれは聞いていて楽しいので問題はないが。 「それさえなければ、本当に言うことないんだけど……こればっかりはジハードの性格だから仕方がないか」 「そんなに長話なんですか? 一度聞いてみたいなぁ」 「オレもオレも! 最高二時間喋り続けた隊長の長話と、どっちが長いか計ってみようぜ」 「……やっぱりここだった」 その時。ジハードの長話について盛り上がるティエル達三人の背後から、実に落ち着き払った声が聞こえた。 まさにこの話題の人の声である。 「騎士相手に本気の稽古をしたって聞いたけど、あんまり危ないことはしないでよ。……で、誰が長話だって?」 背後から響いてきた声にティエルがぎこちなく笑いながら振り返ると、そこには一人の少年が立っていた。 白銀に近い白い髪に、頬や腕に施された特徴的な刺青。穏やかな笑みを浮かべているジハードであった。 +DeadorAlive+ |