Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第3章+黒髪のロイア


第20話 黒髪のロイア





こんな墓地のど真ん中に、ぽつんと一人の女が立っていた。


風になびく艶やかな長い黒髪は、まるで意思を持ったかのように一本ずつ複雑に蠢いているようだった。
陶器のような白い肌。いや、白を通り越してまるで死人と見まごう土気色にも見える。

ひらひらとした白い布を何枚も重ね合わせた長いローブを羽織っているが、それでも彼女は随分と華奢だった。


その黒髪の女は、簡素な墓の前で手を組みながら祈りを捧げるように目を閉じていた。
何故こんな場所に女性がいるのかと首を傾げながらティエル達が歩み寄っていくが、彼女は気付く様子もない。



「……ねえ。ここは危険だよ? 怖い人たちがいるんだって。だから早く逃げた方がいいよ」

彼女の前で立ち止まったティエルは、恐る恐る声をかけた。
今は姿が見えなくとも、男の言う「奴ら」が現れるかもしれない。こんな無防備な女性一人では大変危険である。

暫くティエルの声にも無反応であった女だが、やがてゆっくりと閉じていた目を開いて振り返った。



まるで童女のようだ。
濡れた黒目がちな瞳。れっきとした大人の女性だとは思うのだが、纏うあどけなさが童女か小動物のようだった。


風で蠢く長い黒髪は魔女を連想させるが、その顔立ちはひどく儚く、庇護しなければならない気持ちを抱かせる。

「あら……」
小首を傾げながら笑みを浮かべる姿も、何もかもが幼い印象だ。

「もしかしてお客様かしら? ……まぁどうしましょう、わたくしったら全然お持て成しの用意ができていないわ」



困ったようにおろおろとしている女に、ティエルとジハードは思わず顔を見合わせた。

彼女は一体何を言っているのだろう。人違いをしているのではないのか。そもそもこんな状況でお客様とは?
それともあまりの恐怖で狂ってしまったのだろうか。


「お客って、別にわたし達はここに呼ばれたわけじゃないんだけど……多分人違いなんじゃないかなぁ」

「いいえ、あなた方は大切なお客様。取り乱してしまってごめんなさいね。すぐにご案内いたしますわ」
ふわりと柔らかな笑顔。

こんな笑顔を見ていると、彼女が悪い人間とは到底思えなかった。ただ純粋にティエル達の来訪を喜んでいる。
返す言葉が見つからないティエル達の様子に気付いたのか、彼女は悲しげな表情を浮かべると俯いた。



「……この沢山のお墓、全部新しいものばかりなんです。……最近ここで大勢の方が亡くなってしまったから」



「あ、あなたはゴールドマインの住人なのかい? それなら、何か知っていることがあったら話して……」
「生きる者は常に死と隣り合わせ……それがさだめですわ。決して逃れることのできない生き物の宿命」

まるでジハードの声が耳に入っていないようだった。にっこりと彼女に微笑まれ、彼ですら言葉を失ってしまう。


「さぁ参りましょう? あなた方の訪れを、あのお方もお喜びになるはずですわ」
そう言った黒髪の女は白いローブと長い髪を舞わせながら、返事も待たずに鉱山の方へと歩き始めた。



「ちょっと、どこに行くの!? そっちは鉱山の方だから危ないよ? それにあなたの言うあのお方って誰?」

女の雰囲気に飲まれていたティエルだったが、はっと我に返ると慌てて声をかける。
すると彼女は立ち止まり、ゆっくりと振り返った。とても純粋な笑みである。やはり下心があるようには思えない。


「わたくしはロイアと申します。紅茶を美味しく淹れるのが得意なんですのよ。……お飲みになりますか?」




ロイアと名乗った黒髪の女性に案内されるような形で、ティエルとジハードは鉱山まで進んでいくことになった。
舗装されていた道が段々と岩や土の剥き出しになった地面へと変化していく。

滑車や鶴嘴にスコップ、使い古されたロープなどがそのまま置き去りにされたかのようにあちこち転がっている。
ティエルの履き慣れたブーツですらも歩きにくい道のりであったが、ロイアは障害物など意に介さず進み続けた。


「ゴールドマインのひとだから歩き慣れているのかなぁ?」
ひらひらとした歩きにくい服装にも拘らず進んで行くロイアに、思わずジハードに耳打ちをする。


「わたしなんか少し気を抜くとすぐに転びそうになるんだけど。あのロイアってひと、躓くことすらしてないんだよ」


「彼女がここの人間だって? そんな馬鹿な話があるもんかい」
転がったバケツを身軽に飛び越えながら、ジハードはティエルへ顔を向けた。彼も随分と歩きにくそうである。


「ロイアの服を見てよ、あんな白くてズルズル引きずるような服装なんだよ。それなのに裾すら汚れていない。
ここで暫く過ごしていれば、少なくとも裾くらいは土で汚れているもんだよ。ぼくだって既に汚れているしね」

そう言って彼は己の服の裾を摘まんで見せた。
ロイアよりも短い裾であるにも拘らず、既に衣服は土で汚れていたのだ。それはティエルも同じことであった。



「じゃあ彼女は一体何者なの? ……どう見ても悪い人には見えないから、大丈夫だとは思いたいんだけど」
彼らがそんな話をしている間にも、ロイアはどんどんと進んでいく。

「ねぇ、ロイアさん! あなたはこれから、わたし達をどこに連れて行くつもり……なのかな?」


「あら……ご存じないのかしら? この先でお待ちになっていらっしゃる、あの方の元にお連れするんですのよ」
ロイアの笑顔は極めて純粋で、穢れを知らぬ無垢な童女のようである。彼女を信じぬ者などいないだろう。


その笑顔を見て、ティエルは僅かでもロイアを疑ってしまった自分を恥じた。


「うぅーん、あのお方っていうのが誰か知りたいんだけどなぁ。……そうだ、ここにモンク僧が来なかった?」
「心配は要りませんわ、もうすぐ到着いたしますから……ああ、早く紅茶の用意をしなければいけませんわね」

薄々勘付いてはいたが、ロイアとは時折話がかみ合わなくなる。
これ以上サキョウ達のことを聞き出すのは無理だろうと諦めたティエルは、彼女の話に合わせることにした。



「そうだね。ロイアさんの淹れてくれる紅茶、とっても楽しみだな! 紅茶にはクッキーかケーキが合うよね」
大分慣れてきた土の道をティエルは大股で歩き、ようやくロイアの隣に並んだ。

「やっぱりあのお方っていう人にも褒められた事とかあるの? どんな人か気になるなぁ」


「そうですわね……初めてあの方に紅茶を淹れた時、とても褒めて下さいましたわ。
わたくしの淹れる紅茶でないと、もう飲めないとも……。ふふふ、わたくしの唯一の取り得ですわね」

「唯一なんか言っちゃ駄目だよ! ただ自分が知らないだけで、あなたにはもっと沢山良い所があると思うな」
「え……」



「礼儀正しいし、死者を弔う心だって持ってるし、何より笑顔が可愛いんじゃないかな」
ロイアの話に合わせるつもりで、いつの間にかティエルは彼女の両手を握り締めながら力説してしまっている。

その様子を背後から眺めながら、話がずれてるんじゃないのかとジハードは溜息をついたが、顔は笑っていた。


ティエルに両手を握られたロイアは暫く驚いたような表情をしていたが、照れたように柔らかい笑みを浮かべる。
「……ありがとうございます。そんなこと言われたのは……初めてですわ」



そんな他愛のない話をしながら歩いていると、目の前に低い柵で囲まれた鉱山への入口が見えてきた。
柵の中には明らかに死体だと思われる人影が数体転がっている。亡者に殺されてしまった者達なのだろうか。

「この柵を越えて少し歩くと、鉱山前の広場に辿り着きますわ。鉱山内にはあのお方もいらっしゃるはず」
静かに指をさしたロイアは、柵の中に一歩足を踏み入れる。だがそれ以上は進まずにティエル達を振り返る。


「ど……どうしたの、ロイア?」



「ごめんなさい、わたくしが案内できるのはここまでですわ。……折角紅茶をご用意しようと思っていたのに」
しゅんとした表情で頭を垂れたロイアは、背を向けると元来た道をゆっくりと振り返らずに戻っていく。

「亡者達がわたくしを呼んでいる……彼らを弔ってやらないと……」


「待ってよ、どこに行くの!?」
慌てて彼女を追いかけようとしたティエルだったが、まるでロイアの姿を隠すかのように霧が立ち込めている。

あんなにもゆっくり歩いていたはずの彼女の姿は、既に見えなくなっていたのだ。


「……これ以上ロイアを追ってはいけないような気がする。気になるのは分かるけど、今は前に進まないと」
ティエルの肩に手を置き、ジハードが首を振ってから答えた。


「さぁ、会ってみようじゃないか。彼女の言うあのお方とやらにさ。サキョウ達もそこにいるのかもしれない」
空は曇っており、元来た道は薄い霧が立ち込めていた。ジハードの言うとおり前に進むべきなのだろう。

もう一度だけロイアの去った方向へ顔を向けると、ティエルは意を決したように柵の中へと足を踏み入れた。






+DeadorAlive+