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Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第3章+黒髪のロイア
第22話 戦慄のゴールドマイン -1- ひとはいつだって、誰かを傷付けながら生きている。 誰かを傷付けて。誰かに傷付けられて。誰も信じられなくて。ぼろぼろになりながらも、それでも生き続けている。 どこかの誰かの涙の上に成り立った人生なのに、しれっとした顔で笑っている偽善者達。 ……認めたくないんだ。 奇麗事だけでは生きていけない。誰かを傷付けなくちゃ生きていけない時だってある。 手が汚れてしまうのを恐れている者達は、決して臆病なんかじゃない。誰だって綺麗なままでいたいから。 けれど、綺麗なままで勝ち取ったものが正しくないことだってある。 大切な誰かを守り抜くためなら、他の誰かが傷ついたって構わない。どうなったって構わない。 死にかけている顔も見たこともないどこかの誰かよりも、今目の前で苦しんでいる大切な誰かを助けたいんだ。 これがオレの理由だった。それだけじゃ……駄目かな。 ・ ・ ・ ゴールドマイン鉱山内部は、今にも崩れ落ちそうなほどミシミシと嫌な地響きが続いていた。 誰が灯したのか狭い坑道の左右には赤々と松明が燃えており、明るさに不自由することはなかったが。 土に半分埋まりながら顔を覗かせている白い枝は何だろうと覗き込もうとしたティエルを、ジハードが制する。 あれはここで働いていた者達の成れの果てだと彼は言った。 アンデッド達に貪られ、腐肉すら残っていない。石化か、亡者達に喰われるか。どちらかだったのだろう。 しかしティエル達は微かに残る腐敗臭よりも、それよりも更に辺りに満ち溢れる妖気の方が気になったのだ。 坑道の奥の方から確かに漂ってくる、じわじわと肌に染み込んでいくかのような嫌な妖気である。 こんな妖気を長時間浴び続けていたら、どうにかなってしまいそうであった。精神的疲労が半端ではない。 「……嫌な妖気だね。この気を発する者がこの奥にいるのか、それとも古代の遺跡とやら発しているのか……」 こんな妖気の持ち主とはできれば出会いたくはないけどね、とジハードが言った。 「悪魔族の発する妖気とよく似ているね。あのバアトリの気を何百倍にも濃くしたような、とても濃厚な感じだ」 「たとえどんな奴がいたとしても、絶対にサキョウを元に戻す方法を聞かなくちゃ! 殴ってでもね」 ジハードとは対照的に力強い声を発するティエル。 敏感なジハードと比べて、どちらかと言うと魔力に鈍感な彼女はあまり意気を削がれてはいないようである。 「……それに、もう家族を失いたくないから」 最初は両親を失って。それから祖母を失って。ゴドーを失って。 サキョウと出会ったのはそんな時だった。 ティエルにとってはサキョウは家族同然の存在なのだ。全てを失った彼女が手に入れた、大切なものだった。 そんなティエルの言葉を耳にしたジハードは少しだけ彼女から視線を外すと、微かな声で呟いた。 「……ぼくも、いつかはティエルに家族と思ってもらえる日が来るのかな」 「え? 何言ってんの、もうジハードはわたしにとって……」 そこまでティエルは口を開きかけた時だった。静寂に包まれた坑道の奥から、ジャリッと砂を踏む音が響く。 その足音は躊躇いもなく真っ直ぐにこちらへ向かってくる。誰かが近づいてきているのだ。 奥に続いている松明は段々と火の勢いが弱まり、遂には風にでも煽られたかのようにぷっつりと消えてしまう。 緊迫した表情でいつでも武器が抜けるように構えるティエル達だったが、相手の姿はまだ見えない。 「ようこそ、お二人さん。きっと来てくれるって信じていたよ。いやーあ、待ちぼうけにならなくて良かったぜ」 薄暗がりにぼんやりとした人影。 それが、どこかで聞き覚えのあるような声を発したのだ。緊迫した雰囲気に反して軽い口調の若い男の声。 「あんた達ラッキーだよ。なんてったって、この世で最も高貴で、偉大なお方の為の儀式に立ち会えるんだ。 まぁその直後あんた達は死体になっちゃうんだけどね……こればっかりは仕方ないかぁ。あっはっは!」 心からこの状況を愉しんでいるような弾んだ声。 如何なる時でさえもどこか茶化したような物言いをする人物は、ティエル達の知るかぎりでは唯一人。 「……アリエス博士。奇遇と言った方がいいのかな? まさかこんな場所であなたに会うことになるとはね」 吐き捨てるようにして呟かれたジハードの言葉と同時に、周囲の松明が一斉に火を灯した。 赤々と燃える炎に照らされて、暗闇から浮かび上がるかのように現れた深い茶の髪をした男。 緑の衣装に緑の帽子。特徴のある形の帽子の下から覗く顔は、どこにでもいるような変哲のない青年の顔。 まさに少年と青年の中間といった顔つきとは裏腹に、その表情は齢を重ねた老人のように見えたのだ。 アリエス=ファレル。 封魔石を求めるティエル達に試験を出し、それを見事クリアした彼女達と暫く行動を共にした男である。 イデアはアリエスのお陰で手に入ったといってもいい。 だが単なる考古学者だと思われた彼の裏の顔は、氷の王国ゾルディスに与する女王お抱え魔術師だったのだ。 『……ごめんな、嬢ちゃん。オレ最初は騙すつもりなかったんだ』 ティエル達をヴェリオルに売り渡したアリエス。 『言っただろ? オレはゾルディスから仕事を依頼されているって。いわば、オレはゾルディスの手先だ。 それもとびっきりご主人様に忠実で、目的のためならば手段を選ばない手先ってやつさ』 そう言いながらもティエル達の為に女王に立ち向かってくれたこともある。何を考えているのか全く読めない男。 「アリエス!? どうしてあなたがここに……? もしかしてアリエスもゴールドマインの異変を調べに来たの?」 彼と再会できた嬉しさのあまり駆け寄ろうとするティエルの腕を、有無を言わさずジハードが引き戻す。 どうして、と振り返った彼女を厳しい表情で見つめるジハード。 「相変わらずティエルちゃんは呑気だなぁ。そんなんでよくメドフォードを取り戻せたと思うよ。まさに奇跡だね。 あんたを止めたジハードくんの判断は正しいぜ。オレがここにいる理由にもう気付いているみたいだし」 へらへらと気の抜けた笑みを浮かべる。そのアリエスの笑みは、純粋さなど欠片もない嫌な笑みであった。 「まさかこんな辺鄙な場所に、レク神殿が埋まっているだなんて思いもしなかったぜ。 オレの予想ではもう少し北側に位置する森辺りだと睨んでいたんだけど……はは、誰でも失敗はあるよな」 「二つ質問をさせてくれ。この町の人々を……サキョウを石にしたのは誰だ? それとあなたの目的は?」 「うへぇ、ジハードくん怖っ! そんな顔しながら二つも質問しないでくれよー。オレってよっぽど嫌われてんね」 殺気にも似た気を発しながら睨み付けるジハードの視線もやんわりと流し、アリエスは肩をすくめてみせる。 こちらがいくら真剣に質問をしても、全て冗談でかわされてしまいそうな雰囲気がやりにくい。 そういうやり取りも、長い間陰の世界で生きてきたアリエスが身に付けた話術の一つなのかもしれないが。 「ま、いっか。じゃあ質問に答えてやるよ。町の住民を石にしたのはこのオレだよ。大分しんどかったぜー。 何しろ石化魔法は禁呪だからな、身体にかかる負担もそれ相応ってやつ。一週間ほど魔力なくなっちまったよ」 彼の話は続く。 「……サキョウさんは残念だったな。あんな屈強なモンク僧の集団を相手にするのは本当やばかったし。 分かってくれよ、オレも涙を飲んでああするしかなかったんだ。まさに殺るか殺られるかの状況だったしなぁ」 笑みを浮かべながら話していたアリエスだったが、ふとその笑みが消える。 「最後まで戦わないでオレを説得し続けてくれてたのは……サキョウさんだけだったな。無駄なことなのにさ」 「アリエス、お願い。彼らの石化を解いて! 術者のあなたならできるでしょう!?」 「あー、そうしてやりたいのは山々なんだけどさ。こればっかりは術者のオレの力でもどうしようもないんだよ」 詰め寄りたいのをぐっと堪えている様子のティエルに苦笑を浮かべたアリエスだったが、静かに口を開く。 「炎の魔法だってさ、一度焼き殺した相手を術者が生き返らせることは不可能だろ? ……そういうことなんだ」 「じゃあサキョウは? もう元には戻らないの……? 嘘だよ、本当は何か方法があるはずなんでしょう!?」 ぼろぼろと涙を零すティエルだったが、アリエスは無言で首を振る。 しかし先程サキョウの石化した姿を見た時はひどく動揺していたジハードは、涼しい顔つきで佇んでいた。 「石化の魔法を唱えたのは間違いなくあなたか。あなたを殺せば……石化が解ける可能性はあるかもね。 ……次の質問に答えてもらおうか。アリエス、あなたはこのゴールドマインで一体何を企んでいるんだ?」 +DeadorAlive+ |