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Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第3章+黒髪のロイア
第23話 戦慄のゴールドマイン -2- 「……次の質問に答えてもらおうか。アリエス、あなたはこのゴールドマインで一体何を企んでいるんだ?」 ひどく落ち着いたジハードの声が、静まり返った坑道内部に響き渡る。 奥の方は相当広い空洞になっているのだろうか。長い余韻を残しながらも再び辺りは静寂に包まれる。 決して目を逸らそうとはせず、ただ黙ってティエル達を眺めていたアリエスだったが、ふっと笑みを浮かべた。 普段のアリエスらしくない、悪戯っぽさや嘲るような色が全く含まれていない笑みであった。 「そっか。……やっぱり知りたいよな、そりゃあそうだろうな。その為にあんた達はここまで来たんだもんなぁ」 まるで教えることを躊躇っているような口ぶりである。 「けどオレの葛藤も、少しは分かってくれよな。教えなくちゃいけないんだけど、教えたくないみたいなさ……。 できることなら、あんた達は関わらせたくはなかったんだけどさぁ……ここまで来ちゃったんなら仕方ないな」 ゆらゆらと生き物の様に蠢く松明の炎を暫く瞳に映していたが、やがてアリエスはティエル達に顔を向けた。 坑道の奥から流れ出てくる妖気の量が増えてきているようだ。 鈍感なティエルですらも分かった。できれば一刻も早くこの場から逃げ出したい衝動に駆られると共に、 何故だか行かなくてはならないという、まるで誘われているかのような感覚もある。 「知ってる? レク遺跡には、魔力を倍増させることができるという言い伝えのある魔法陣が存在するんだぜ。 どっちかと言うと悪魔崇拝が強い神殿だから、大昔この場所で何かの儀式をやっていたんだろうな」 よく耳を済ませてみるとアリエスの声が途切れる合間に、ぶつぶつと低音で詠唱のようなものが聞こえてくる。 先程までは聞こえていなかったはずだ。 「ゾルディス屈指の魔術師の力全てを合わせても実現できなかったことを、ここじゃ可能にしてくれるってわけ。 確か魔法の詠唱を始めたのは数週間くらい前からかな……今ようやく呪文が完成されようとしているんだ」 この奥にゾルディスの中でも指折りの魔術師達が、眠らず詠唱を唱え続けているというのだ。 魔力を増大させることのできる魔法陣の中ですら、数週間以上かかってしまう魔術とは一体何なのだろうか。 「オレはあんた達みたいな邪魔が入らないように見張り役さ。まぁ、この計画の責任者とも言うかな? オレの本業は学者だからね。悔しいけど……やっぱり魔術師を本業としている奴らには少々劣っちゃうわけ」 「その為に町の人たちを殺したり……サキョウを石にしたの?」 「悲しい顔しないでくれよ、ティエルちゃん。あんたにそんな顔されるとさ、急に罪悪感募ってくるじゃんかよー。 町人達はともかく、邪魔さえしてこなかったらサキョウさんは殺すつもりはなかったんだぜ? ほんとにほんと」 「……で? そこまでの犠牲を払っておきながら、完成させようとしている魔法は何なんだ?」 緊張感のない明るいアリエスの声に重ねるように、厳しいジハードの声が響く。一瞬でぴんと張り詰める空気。 表面的には落ち着いているジハードだったが、リグ・ヴェーダを掴む指が力の入りすぎで白くなっている。 ……彼にも余裕がないのだ。そうティエルは感じた。 「あるお方の封印を解く魔法さ。……信じられるか? 思念だけでもこの妖気だぜ、心底恐ろしいお方だよ。 こんなやばい人物の封印解いちまってもいいものかね……ははは。なーんて、もう今更手遅れだけどな」 段々と濃くなりつつある妖気に、アリエスは知らぬ内に浮いていた額の汗を軽く拭った。 「……大吸血公アスモデウス。それがあなた達が封印を解こうとしている人物だろう。 あなたも危険な事だと分かっているようだし……今からでも呪文を中断しろ。彼の封印を解いてはいけない」 ジハードの声。 大吸血公アスモデウスという名には、ティエルにも覚えがある。そして恐ろしい妖気の持ち主だということも。 メドフォード国を取り戻す戦いの最中。女王の間にてリダ=クイーンが心酔しながら発した名でもある。 ジハードやアリエスが言うように、この人物に関わっては危険だという感覚が確かにあった。 「いや、ほら……ヤバイことは分かってるよ。でも上からの命令なんでね。 これは仕事なんだよ、オレがやらなくちゃ息子は殺される。それだけだ。モーリンを出されると弱いんだよ」 アリエスの息子モーリンは、人質としてゾルディスに捕らえられている。 父が必ず助けに来てくれると信じ続けているモーリンと、ティエル達は牢の中で出会ったことがあるのだ。 いわばアリエスのアキレス腱ともいえる存在。 「……ちょっと話しすぎたかな。今言ったことは忘れてくれよ、変に同情されても困るし。……そろそろ時間だ。 石化の魔法だけど、アスモデウス様に聞いたら博識な方だそうだから解呪方法教えて下さるかもよ?」 帽子の鍔を掴んでくいっと下げると、アリエスはティエル達に背を向けて奥へと歩き始めた。 無言のままティエルとジハードも進む。響いてくる詠唱の声は先程よりも一層重苦しい響きになっており、 それが辺りに反響して亡者達の無念の呻き声のようにも聞こえてくる。 奥に進んでいくにつれて、漂う妖気も濃くなっていく。言い代えれば妖気などではなく、まるで毒の様だった。 やがて、地面が石畳に変わる。 周囲の壁も気味の悪い文様の描かれた石の壁に変わっており、これが男達の掘り出してしまったものだろう。 掘っ立て小屋で聞いた話の通りに、通路の最奥にはレリーフが掘られた頑丈そうな黒い扉が待ち構えていた。 呪いの詠唱はその扉の奥から途切れもなく聞こえてきている。 ゆっくりと歩きながら、ティエルは隣を歩くジハードの様子をそっと眺めてみた。 自分の中で何か葛藤し続けているような表情だった。 アリエスはアスモデウスが石化から戻す方法を教えてくれるかもしれないと言っていたが、そんな確証はない。 だがティエルも感じていた。この妖気はひとを誘う毒のようだと。有無を言わせず吸い寄せられてしまう。 アスモデウスといえば、リダ=クイーンが命を懸けてまで心酔していた相手でもある。 全ては彼のためにティエル達を欺き続けたと言っていた。そして彼のためにティエル達の命を要求した。 アスモデウスに近づけば……少しは彼女を知れるのだろうか。彼女の心に触れることができるのだろうか。 そんなことを考えながらティエルは歩き続けていた。 「いらっしゃいませ、お客様。……我がご主人様も、あなた方の来訪を大変お喜びですわ」 通路の奥の扉の前には、一つの人影。 血色の悪い顔色に、長い黒髪。庇護欲を抱かせる女。鉱山の前まで道案内をしてくれた、ロイアだった。 「ロイア!? ……もしかして、あなたの言っていたご主人様ってアスモデウスだったの?」 ティエルが驚くのも無理はない。 この気味の悪い毒の妖気の漂う場所に、あまりにも不釣合いな存在である純真無垢なロイア。 しかしロイアはティエルの問いかけには何も答えず、ただにっこりと愛らしい笑みを浮かべただけであった。 ティエル達にすっと道を譲ったロイアが手を差し向けると、頑丈な鉄の扉は音もなく開いていく。 その途端重く圧し掛かるような威圧感。妖気だけでも完全に気圧されてしまいそうである。 しっかりと両足に力を入れていなければ、その場に崩れ落ちてしまうだろう。それほどの迫力があった。 ジハード、アリエスでさえも汗が浮いている。 唯ロイア一人だけは、にこにこと笑みを浮かべたまま立っている。彼女は何も感じていないのだろうか。 扉の中は広間になっており、ここにも壁中に文様が描かれていた。 中心には円状に蝋燭を並べ、その中には10名ほどの魔術師風の者達が一心不乱に詠唱を口にしている。 赤と紫紺の霧のようなものが意思を持ったかのように、絡み合いながら魔術師達の上空に蠢いていた。 地の底から震動音が響き、突然魔術師の一人が叫び声を上げて耳から血を吹き出して地に崩れ落ちる。 それでも残った者達は詠唱をやめる気配はない。 その様子をティエル達はただ眺めていることしかできなかったのだ。止めることも逃げることもできなかった。 「う……うげぐげぇ!!」 一人、また一人と、身体中の穴から血を垂れ流し、断末魔の叫び声を上げながら重なり倒れていく魔術師達。 彼らの眼孔から零れ落ちた眼球が、嫌な音を立てて転がった。 赤と紫紺の絡まり合った霧が段々と人の形を成していく。辺りに充満する、咽るような濃い血の臭い。 足元から順々に霧が実体化しているようだ。黒光りのする長い外套にブーツ。大柄な身体。長い頭髪。 完全に実体化する頃には、ティエル達は既に立つことも忘れてその場に座り込んでいた。 霧が晴れ、そこには大柄な一人の男が立っていたのだ。 カールのかかった長い銀髪に、全身を包み込んだ黒い外套。外見だけで言うならば50代前半であろう。 悪魔族らしく美しく端正な顔立ちに血色の悪い肌。しかし問題は、凄まじい威圧感を発するその眼光である。 にぃ、と口角を上げて彼はこちらを見やった。睨まれただけでティエル達は全ての敗北を悟る。 ……彼の名は、大吸血公アスモデウス。 +DeadorAlive+ |