Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第4章+ユークリンド大森林 - 夜の囁きを求めて -


第29話 魔法解除の秘薬 -1-





集落の前に辿り着くと、不安げな表情で帰りを待つ村人達の姿が見える。

老人や女の姿が多いことから、行方不明だったホフマンの捜索には加われなかった者達なのだろう。
彼らはホフマンとヴィステージが無事だと悟ると、安心したようにホッと胸を撫で下ろしていた。



「やあ、今日は本当にありがとう。助かったよ」


村人に肩を支えられながら、ティエル達が助けたホフマンという男が歩み寄ってきた。
彼にとっても、もしもティエル達と出会わなければ恐怖だったのだ。森の亡霊に襲われていたかもしれない。

「感謝の気持ちも込めて、今日はオレの家に来ないかい? 一人暮らしでちょっとばかり汚いけどさ」



村に案内されたとはいっても、どこかに泊まる当てがあるわけでもない。
殆ど誰も訪れないようなこんな大森林の村に、宿屋という存在が果たして存在するのかも疑わしい。

その快い申し出を断る理由など有るはずのないティエル達が、二つ返事でホフマンに声をかけようとした時。



「あっ、あの……」
先程まで何人かの村人に状況を説明していたヴィステージが、おずおずと右手を上げて近寄ってきたのだ。

「宜しければ、私の家に来ませんか? 勘違いで、お二人には多大なご迷惑をかけてしまいましたし……。
いくら怪我がなかったとはいえ、ホフマンおじさまを助けてくれた恩人さんに……お詫びがしたいんです」


それにホフマンおじさまの家は洒落にならないほど本当に散らかってますし、と言葉の後に付け加える。

どっと周囲に響き渡る笑い声。
ホフマンという人物の部屋の汚さは、村人公認なのか。当の本人は何やら苦しい言い訳をしているようだが。



「いや、片付けちゃうとさ……散らかした所が目立つだろう? また片付けなきゃいけない。
それだったら最初から散らかっている方が目立たなくていいんだよ。どこが散らかっているか分からないし」


ぽりぽりと鼻の頭を掻いたホフマンは、申し訳がなさそうにティエル達へと向き直った。


「頑張れば、オレとお嬢ちゃんとお兄ちゃん、三人座れるスペースくらいは作れるけど……どうする?」
「え、えーと。……どうしようかジハー……」

「喜んでこちらのヴィステージの家に泊まらせて頂くことにするよ。できればぼくは横になりたいからね」

ティエルが隣に顔を向けるまでもなく、ジハードが即答をする。
彼にとって睡眠は最優先事項である。そして出来るだけ良い環境で眠りたい、そんな心情がありありと窺える。



「それでは決まりですね、私についてきて下さい。おじさま、おばさま。おやすみなさい」
ぺこりと頭を下げたヴィステージは悪魔族らしからぬ明るい笑顔を浮かべると、背を向けて歩き始めた。


「ああ、おやすみヴィス」
「そうだ。ホフマンさんを助けてくれた恩人の為に、明日の昼頃美味しい差し入れ持って行ってあげるよ」

村人達の言葉を背に受けて、もう一度頭を下げるヴィステージ。
そんな彼女をティエル達は二人並びながら追って行く。ジハードなど隠しもせずに大あくびを披露していた。



入口の集団から離れると、人気のない夜の村が広がっている。

どの家も明かりが消えており、現在の時刻は相当に遅い時間だということが窺えた。
村のあちこちに立派な木が生い茂っているが、これは人工的に植えたものではなく自然のものだろう。



「この村は皆さん就寝するのが早いですからね。まだ実際はそこまで遅い時間ではないと思いますよ」
ティエル達の無言の雰囲気を感じ取ったのか、突然ヴィステージが振り返った。

「自然と共に暮らしているこの村の人達には、それはとても自然なことなんです。私が一番遅寝でしょうね」



「それは言えるかもしれないね、悪魔族って本来夜の時間に生活するんでしょ?」

何気なく口に出したティエルの一言だったが、ほんの一瞬だけヴィステージの表情が凍りつく。
足を止め、ティエルの動向を観察しているようだった。しかしティエルはそれに気付かず歩き続けていた。



「……どうかした?」
いつまで経ってもヴィステージが足を止めたままだったので、漸く鈍感なティエルも首を傾げて立ち止まる。

「い、いえ。何でもありません。……到着しましたよ、ここが私の住む家です」

特に変わった様子の見受けられないティエルに、慌ててヴィステージも先程までの表情を取り戻した。
そして内心の動揺を悟られぬように務めて冷静な声で、一軒の家の前で立ち止まる。



丸太で作られた家。一人で過ごすには広すぎる家だったが、三人で過ごすには丁度いい広さであった。


この素朴な雰囲気の村と家が、悪魔族のヴィステージには何故かぴったり似合うような気がした。
彼女には妖気や毒々しい色香がない。そんな素朴な雰囲気から、温かみのある丸太の家がしっくりときた。

そして。彼女には悪魔族が持つ、人間に対する警戒がない。
それは先程村人達とのやり取りで分かった。反対に、同じく村人達にも彼女に対する警戒がまるでないのだ。




ヴィステージに促されるまま家の中に足を踏み入れると、女性らしく可愛く纏められた内装が目に映る。


しかし可愛らしいアイテムよりも一際目立つのが、壁一面に並べられた棚に立ち並ぶ小瓶の類いだった。
彼女が部屋のあちこちに明かりを灯すと、その異様さが増す。

赤や青、黄色にピンク、緑や橙など、様々な色の液体の入った小瓶が所狭しと並んでいる部屋は壮観だ。
もしかしたら、調味料を集めるのが趣味なのではないか。それとも絵の具を集めるのが趣味なのだろうか。



「わ〜、綺麗! 触ってもいいかな?」



物珍しそうに部屋を眺め、ティエルは綺麗な水色の液体の入ったビンを覗き込んだ。
灯りに照らされ、濃い水色と淡い水色が混ざり合った不思議な色合いをしている。まるで透き通った海の色。


「構いませんけど、その水色の瓶は猛毒ですから気を付けて下さいね」
けろりとした口調でヴィステージが言った。まるでその瓶はジャムの小瓶だとでも言うように。

「飲むと全身が膨れ上がって死んでしまう毒薬ブルーサタンです。ふふふ、綺麗でしょう? 素晴らしいです」
「え? 今なんて」



「あ、そっちのピンクの瓶はピーチドリームと言って、飲むと視界がピンクになって発狂する毒薬です。
こちらの紫の小瓶は惚れ薬なんですが、刃物に惚れる薬で心臓にナイフを突き立ててしまう症状が……」

いきいきとした表情で一つ一つの小瓶の中身を語るヴィステージ。
ティエルは物珍しそうに彼女の説明を聞いており、ジハードは青い顔をしながら棚から身を離していた。


「全て私が作ったんですよ! 本当に作るのが楽しくて楽しくて……みんな私の可愛い作品たちです」
語尾にハートマークが付いてしまいそうなほどご機嫌である。放っておけば説明が止まらないかもしれない。



「とにかく、座らせてもらえると嬉しいんだけど……今日は歩きまくって身体中くたくたなんだ」
「ご、ごめんなさい! 私ったら夢中になって気付かなくて」

あまりにもティエルが熱心に聞いてくれるのでつい白熱した語りに突入してしまったヴィステージだが、
ジハードの半ば呆れた声に思わず我に返って顔を赤くさせる。



漸くティエル達が簡素なソファーに腰を下ろした時、目の前の壁掛け時計が目に入った。
村の雰囲気から深夜かと思えば時刻は22時前であった。都会の町ならば、これからという時間帯である。


「なんと言うか……やはり悪魔族は変わった趣味が多いね。いや悪魔族だからというわけでもないけどさ」

「ジハードったら、今まで出会った悪魔族がそうだからって決め付けるのは良くないよ!
それにこの毒薬だってヴィステージが一生懸命作った作品達だと思うと……頑張ったなぁって思わない?」


「あなたは何でも受け入れることが出来る性格だしね……ははは……」



小声でティエルとジハードがそんなことを話していると、お茶のトレイを持ったヴィステージが姿を現した。

「そういえばお二人共お名前を聞いていませんでしたね。改めて自己紹介しますね、私はヴィステージ。
けれど名前が長いみたいで、村のみんなからはヴィスって呼ばれています」


「わたしはティアイエル。ティエルでいいよー。今日は泊めてくれてありがとね」
「ぼくはジハード。こっちのティエルが危ない事をしないように見張っている、お目付け役みたいなものかな」




「……先程ホフマンおじさまが言っていたんですけど、なんでもお二人は秘薬を求めて旅をしているとか」
カップに口を付けたヴィステージは、その真紅の瞳で二人をじっと見つめた。

「お二人を疑うわけではないんですが、闇商人の差し金……なんてことはないですよね?
この村で作られる秘薬はとても高値で売れると聞きます。だからそういう者達が後を絶たないんですよ」


中には善良な人間の振りをして村に近付く者も存在する。
そういう者達は消して許さないと、声に出さなくともヴィステージの瞳が強く物語っていた。



「……秘薬が欲しい理由はね」
暫く沈黙していたティエルだったが、やがてジハードと顔を見合わせてからしっかりと前を向いて口を開いた。

「大切な人にかけられた……魔法を解きたいんだ」






+DeadorAlive+