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Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第1章+水と緑のメドフォード - 光ゴケの夜 -
第3話 遠い国から来た少年 いつの間に背後に立っていたのだろうか。 この少年ジハードは気配を消しながら後ろに立つことを得意としており、これも彼の困った癖の一つであるのだ。 しかし当の本人は全く悪気がないようで、いつものように邪気のない自称天使のスマイルを浮かべている。 「ジハード、いたんならいたって言ってよ! 絶対いつも楽しんでやってるでしょ」 「ああ、ごめんごめん。……けどティエルもまだまだだな、背後を取られないように気を付けなくちゃいけないよ」 憤慨するティエルを前に申し訳なさそうにするジハードだったがそこまで言いかけると、あ、と声に出して言った。 「背後を取られないようにする修行なんてお姫様に必要なかったか。こんな事を言ったらまた右大臣に怒られる」 右大臣フリドはティエルの剣術の修行をあまり快く思っていない一人なのだ。 昔ながらの考え方とでもいうのだろうか。姫君は守られるものであって、剣を握って戦うなど以ての外であると。 しかしそんなことでティエルが剣を諦めるはずはない。剣は彼女にとって自分の存在の証明のようなものだ。 魔法使いの家系に生まれながら、魔法を全く扱うことのできない彼女にとって唯一誇れるものなのだから。 「そうだ、ジハードわたしを探してたって聞いたんだけど。何かあったの? ……もしかして、さっきのことかな」 「その通り。ティエル、騎士訓練所の方でまた稽古をしたようだね。さっきから食堂で右大臣が呼んでいるよ」 ジハードの髪が昼時の陽射しに照らされて光の糸のように見える。 一見するとただの少年にしか見えない彼は、幼さの残るスカイブルーの瞳をティエルに向けてから口を開いた。 「八つ当たりで、何故かぼくも怒られたんだから。まぁ危ない事をするなと言いたい彼の気持ちは分かるけどね」 「……なんか、右大臣フリド殿って亡くなったゴドー殿に似てきたような気がしますね」 「確かにな。剣術に対してのお小言や、堅物な所なんかもうそっくりかも。それだけ皆姫様が大切なんですよ」 そう言ったのはジョンとリック。確かに彼らの言うとおり、ゴドーとフリドは最近似てきたような気がする。 「それじゃ、わたしフリドの所へ行ってくるよ。簡潔に終わるといいんだけどなぁ……じゃ、ジハード行こっか」 「え! ぼくも行くのかい!? それはあまりにも酷というものだよティエル。さっき怒られたばかりなのに……」 「まあまあ、もうすぐ昼ご飯だし。どうせ食堂に行くんだからいいじゃない」 思わず表情を崩したジハードの背を押しつつ、ティエルはリック達に手を振って歩き始める。 ぶつぶつと暫くジハードも抗議の声を上げていたが、やがて諦めたのかティエルの後を追って歩き出した。 「……ティエル姫様とジハードさんって、なんだか似たもの同士のような感じだよな。それか兄妹って感じ」 「ガリオンさんが生きていたら面白そうだったのにな。あの人真面目で苦労性だから、二人に振り回されそうで」 「けどさ、最近……姫様女らしくなったよな。可愛くなったよ。もしかしたら、オレちょっと本気になっちまうかも」 二人の背を眺めていたリックが、先程までとは違う様子で突然ぽつりと呟いた。 「ガリオンさんもいないし、チャンスなんじゃないかって思うんだ。この城で姫様と仲がいい男オレ達だけだろ? 彼女は身分とかそんなもの、気にするような性格じゃないし。見たところ、まだ好きな男はいないみたいだしな」 「えぇ? そりゃよ、お前の恋ならオレはいくらでも応援したいけど……ティエル姫様は難しいんじゃないかぁ?」 親友の突然の発言に半ば驚いたようで、ジョンは横目で彼を眺める。 「それに姫様が急に女らしくなったのは、気になる男がいるからとか考えないのか?」 「気になる男!? あの姫様に限ってそんな事があるはずないだろ! 第一相手は誰なんだよ。ジハードさんか? それとも……まさかガリオンさんを失ってから、彼に対する愛に目覚めたとか言うんじゃないだろうな!?」 「いて、いてて! おい、そんなに強く掴みかかるなよ! 落ち着けって、冷静なお前らしくないぞリック」 鼻息荒く掴みかかってくるリックを抑えつつ、それからジョンは彼からゆっくりと視線を外した。 「愛とか恋とか……そんなんじゃなくて、姫様は誰かの帰りをずっと待っているような気がするんだよ。オレには」 ・ ・ ・ 白い髪の不死鳥ジハードとは、ティエルが国を復興させる為に旅をしていた時に出会った少年である。 海王カリュブディスによって海底神殿に閉じ込められていた彼を、ティエル達が助け出したのがきっかけだった。 そうは見えないが彼はティエルの倍以上を生きており、外見の割には博識だ。旅の最中とても頼りになった。 不死鳥なのに鳥の姿をしていないのは何故か、と以前ティエルは彼に聞いたことがある。 生まれながらに長い寿命と癒しの力を持っている人間を不死鳥と呼ぶのだよ、と彼は微笑みながら言った。 ジハードはゾルディス城に行くのが目的である。そのために旅を続けなければならないはずだった。 しかし、現在行くのを躊躇っているようだった。……あの国に行けば、必ず彼女のことを思い出してしまうから。 「……もうあれから半年経ったんだね」 右大臣フリドの待つ食堂までの廊下を歩きながら、不意にジハードが口を開いた。 「メドフォードに来てから、本当に時があっという間に過ぎてしまったと思うよ。この国も大分平和になった。 ぼくもそろそろ……自分の気持ちにしっかりけじめを付けて、前に進まなくちゃいけない頃なのかもしれないね」 「それって」 思わずティエルの歩みが止まる。 「それって、ジハードもこの国から去ってしまうってことなの? ずっと一緒になんて……いられないんだよね」 「ティエルは本当に強くなったよ。もう、ぼくらがいなくたって大丈夫。きっとやっていけるよ。やらなくちゃ」 微笑まれ、ティエルは思わず何も言えなくなってしまう。強くなんかないよと言いかけた口が自然に閉じる。 もしかしたら彼はこのままメドフォードに留まってくれるのではないかという、淡い期待を抱いたこともあった。 これ以上ジハードにわがままを言うことはできない。彼には彼の目的がある。引き止めることなんてできなかった。 「ティエル姫様、ジハード殿!」 二人が食堂に到着すると、待ち構えていたかのように恰幅の良い体格の右大臣フリドが迎え出た。 「先程聞きましたぞ、なんでも騎士相手に本気の試合をしたとかで……お怪我はないでしょうな!?」 「怪我なんてないよ。フリドも大げさだなぁ、旅をしていた時は怪我なんて日常茶飯事だったし慣れてるから。 やっぱり緊迫した剣の試合っていいなー。なんて言うか、いい刺激になった気がする」 「姫君に必要なものは刺激ではなく、礼儀作法と一般常識と帝王学です。それを分かっているのですか!? まったく……近頃は姫に倣って兵士を希望する若者が増えたこと増えたこと! 喜ばしくも悲しくもあり……」 「ふふふ。国中の娘達が姫に倣って素敵なレディを目指すんじゃなくて、兵士を夢見る青年達の憧れだってさ」 嘆き悲しむフリドに聞こえぬような小さな声で、ジハードはニヤリと笑みを浮かべてティエルに耳打ちする。 「ジハード殿! 貴殿も緊張感がなくていかん……姫の友人として、お手本になる行動を心掛けて貰いたい!」 しかしこの音量ではフリドに筒抜けのようだった。 食堂にてフリドに説教を食らっている二人であったが、その間にも背後では着々と昼食の準備は進められていく。 フリドの長話を知っている者達は、ティエル達二人に気の毒そうな眼差しを送って微笑んでくるのであった。 昼食の準備が完全に整う頃、ようやくフリドの長いお説教は終わりを迎えつつあった。 ティエルはゲンナリとした表情で立っており、隣のジハードはそろそろ立ちながら眠りそうな勢いである。 「……それで、わたくしは滑らかで触り心地の良い革製品が好きでしてな。時計は全て革で揃えているのですよ」 いつの間にかお説教から話がそれ、フリドの持つ時計自慢になっていた。 と、その時。 「ヴェリオル殿下のお戻りだぞー!!」 そんな声と共に廊下の方が慌しくなり、カツカツと規則正しい足音が段々とこちらに向かってくる。 次の瞬間食堂に姿を現したのは背の高い若い男。カラスの濡れ羽のような艶やかな黒髪に、黒い瞳。 がっしりとした体躯を黒の衣装と白いマントで包み込んだ、太い眉が印象的な、端整な顔つきをした者であった。 食堂で立っているティエルを視界に入れた途端、その男は言い様のない幸せそうな笑顔を浮かべる。 しかしすぐに表情を普段の厳しいものに戻すとマントを翻し、ティエルとジハードに向かって歩み寄ってきた。 「ティエル、姿が見当たらないと思ったら食堂にいたのか。心配したぞ。……お前もここにいたんだな、ジハード」 「あ……森の警備から戻ってきたんだね。おはよう、ヴェリオル。もうおはようって言う時間じゃないけどさ」 ヴェリオルと呼ばれた男が目の前で立ち止まると、ティエルは一瞬だけ表情を強張らせてから笑顔を浮かべる。 以前この男の為に心底恐怖を味わったので、それは仕方がないことだろう。これでも大分改善されてきた方だ。 だが根付いたものは大きく、完全に恐怖が払われるまでは大分時間がかかりそうであるが。 「……心配したぞって、昨日から会ってないだけでしょ。そんなに心配されるほど、わたしは無茶なんかしないよ」 ティエルの顔を見ながら安堵の溜息をつくヴェリオルに、彼女は半ば呆れながら唇を尖らせて見せる。 「さぁ、それはどうだかねぇ。……って、ぼくのことはついでなのかい、ヴェリオルは」 先程のヴェリオルの付け足されたような自分への台詞について、隣ではジハードがそんなことを呟いていたが。 「あなたにとってはティエル以外の人物など見えてはいないのだから、それは仕方のないことなんだろうけどさ」 「失敬な」 痛い所を突かれたのかそうでないのか、ヴェリオルはわざとらしいほど落ち着き払った声を発して振り返った。 こんな様子の彼を眺めてみると、あの何度も剣を交え、底知れぬ強さに恐怖した彼なのかと疑いたくなる。 幸せだったならば本来彼の性格はこんなものだったのかもしれない。そう思うと、ティエルの胸が少し痛んだ。 「オレは別にティエルだけしか見えていないわけではない。その証拠に、お前の名前も一応最後に呼んだだろう」 「一応って……。まぁ、以前はぼくのことなんか不死鳥呼ばわりだったし。名前を呼ぶようになっただけいいか」 「もーそんなことはいいから、早く席に着こうよ二人共ぉ」 背後のテーブルで湯気を立てるスクランブルエッグに目移りしているティエルが、とうとう耐え切れずにそう言う。 彼女の言葉に振り返った二人は、苦笑をしながら席に着いたのだった。 +DeadorAlive+ |