Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第4章+ユークリンド大森林 - 夜の囁きを求めて -


第30話 魔法解除の秘薬 -2-





闇商人とは何の関係もないことをヴィステージに分かってもらう為、ティエルは彼女に全てを話すことにした。



急に音信が途絶えてしまった友人の安否を確かめたくてゴールドマインへ向かったこと。
ゴールドマインでは住人達が全て消え失せてしまっていたこと。鉱山前には魔法で石になった者達がいたこと。

そして……その中に探していた友人も含まれていたこと。


身にかけられた魔法を解除するためには、ユークリンド大森林に住まう呪薬師達の力が必要なこと。
それだけを考えて、この大森林まで辿り着いたこと。



アリエスやロイア、そしてアスモデウスの話を伏せた以外は、これまでの経緯を全てヴィステージに打ち明けた。

話は決して短いものではなかったが、彼女は口を挟むこともなくただ黙って聞いていた。
悪魔族独特である、見つめられたらどんな些細な嘘も決してつけぬような深い瞳でティエルを見据えながら。




「……それで、その教えてくれた人が言うには、魔法を解除する為に秘薬が必要だというんですね」
ティエルが全て話し終えて一息つくと、ヴィステージはそう言ってすっかりぬるくなってしまったカップを手に持つ。

「禁呪には様々な種類があります。相手を即死させるもの、操ってしまうもの、石化させてしまうもの。
それを解くのは本当に難しいことなんですよ。中でも石化した人間を戻すなんて……不可能に近いことです」



「ホフマンさんは石化を解く薬を作れる者はいるって言ってたんだよ!?」

信用はしてもらえたものの、頭ごなしに否定をされてティエルは思わず身を乗り出して叫んだ。
ヴィステージが現れる前、ホフマンは確かにそう言ったのだ。彼から話をつけてやるとも言ってくれていた。



「薬の作り方は私だって知っています。けどおじさまは知らないんです。作る為には、どの薬草が必要なのか」
「でもね、ヴィステージ。あなたは今不可能に近いことだと言った」

今まで沈黙を守っていたジハードが顔を上げる。
彼はティエルが今までの経緯を話していた時も、何かをずっと思案しているような顔つきだった。



「言い代えるならば、これは不可能とは言い切れないこと。方法はあるけれど、それを達成するのが難しい。
恐らく石化を解く為に必要な材料がここでは手に入らないか、とても危険な場所にあるかどちらかなんだろう」


「でも……」

ぴしゃりとジハードに締め括られ、ヴィステージは驚愕したかのように赤い瞳を目一杯に開いた。
それは言葉にせずとも、彼の言葉が全て真実だということを物語っていた。


やがて彼女は力なく項垂れると青白い両の手を握り締める。心なしか、小刻みに震えているようにも見えた。



「……どうしてなんでしょうね」
項垂れたまま、呟くような小さな声が洩れた。

「どうして、一番手に入れたいものは一番遠い所にあるんでしょうか。どうして手に入らないんでしょうか……」


ヴィステージの血のような赤い瞳から、ぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちる。
突然涙を零す彼女の姿に、ジハードは自分の言ったことが原因なのかと面食らった顔のままで固まっていた。




「……諦めちゃ駄目だよ。強い想いで信じていれば、きっと手に入るもの」

そんな彼女の震える両手を握り締めたのは、力強い声で口を開いたティエルだった。
ティエルをよく知るジハードから見たら、それは口に出すことでそう思い込みたい彼女の願望にも見えた。


想い、信じ続けることに力はあるのだろうかと心細くなっているティエルの願望。
ヴィステージに彼女が向けた言葉は、自分自身に向けた言葉でもあった。どうか、諦めないで信じ続けようと。



「信じているだけでは駄目なんです。私だって何度も諦めずに頑張ってきました。……今だって諦めたくない」
涙も拭わずに顔を上げる。

「祖母が……おばあちゃんがずっと病気なんです。もう治らないかもって皆が諦めるんです。
唯一効力のある薬草を何人もあの場所へ採りに行って諦めて。私も行ったけど、それでも無理で……」



「まさか、その唯一効力のある薬草と……ぼくらの求めている薬草は」


「……同じものです。夜の囁きという名前の薬草で、その名の通り夜の間しか咲かない非常に珍しい花です。
あらゆる傷を治癒することもできるし、勿論調合を変えれば難病にも……魔法解除にも効果があるんですよ」

ヴィステージは気付いていないが、ティエルとジハードの顔つきが段々と驚きから希望へと変わっていく。



「夜の囁きが咲く場所はただ一つ、森の亡霊の住処です。昼には場所が分からない上に薬草も咲いていない。
だから手に入れるためには、森の亡霊の隙を見て採るしかないんです。……でもそれは不可能なことで」


「だから言ったでしょ、諦めちゃ駄目だって!」
拳を力強く握り締めたティエルは、先程までとは比べ物にならない明るい声を発した。

「わたしとジハードでその薬草採ってくるから。サキョウも助かるし、あなたのおばあさんも助かるんでしょう?」



「その薬草さえあればサキョウやあなたの祖母が助かるというのなら、背負うものができてやる気になるよ」
立ち上がり鼻息の荒いティエルの隣では、腰掛けたままのジハードがにっこりと笑みを浮かべる。


「まぁ簡単に秘薬が手に入るとは思わなかったからね。こんな展開を全く予想していなかったわけじゃない」




「キ……キミ達は森の亡霊の恐ろしさを知らないから、簡単にそんな事が言えるんです!
怪我だけじゃ済まないかもしれない……あいつらと出会ったら生きて帰れる方が奇跡なんですよ!?」

「心配してくれてありがと。けどね、わたし達、サキョウを助ける手が目の前にあるのに見逃したくないの。
まだ何もしていない内から諦めたくないの。……サキョウはわたしにとって、そんな存在だから」



「う……ううぅ……」

強い意志の宿る瞳のティエルに見つめられ、ヴィステージは思わず言葉を詰まらせてしまった。
彼らにこれ以上何を言っても考えを変えることはしないだろう。


「もう勝手にして下さい! その代わりどんな目に遭っても、私は知りませんからっ」



空になったカップをトレイに乗せたヴィステージは、そのまま大きな足音を立てながらキッチンへ向かう。

「……なんでヴィステージは怒ってんのかな」
「さあ……。未だに女性の心は複雑すぎて、ぼくにはなかなか理解できないよ」











一夜をヴィステージの家で明かし、早朝ティエルは金属を硬い物で叩く激しい音によって目を覚ました。
敵襲だと勘違いをした彼女は跳ね起き、寝惚けた顔のまま構えの姿勢を取る。


「朝です、起きて下さい朝食の時間ですよー!」
だが、目の前に立っていたのは魔物ではなく。鍋とおたまを手に持ったエプロン姿のヴィステージだった。

普段ならば早起きの習慣がついているティエルだったが、やはり昨日一昨日と歩き続けていたために、
そしてヴィステージの誤解から生じた戦闘があったためか、随分と寝坊をしてしまったようだ。



「おっはよぉ……あれ、何かいい匂いがすると思ったら、これはわたしの大好きなハムエッグの匂いだー!」
歓喜の声を上げて飛び起きるティエルだったが、案の定隣で眠るジハードは全く起きる気配を見せない。

「ジハード、折角ヴィステージが朝ご飯作ってくれたんだよ? 起きなきゃ駄目!」


「あと五時間寝かせて……いやむしろ十時間くらい……」
ティエルがいくら彼の腕を引いても、彼が布団から剥がれることはなかった。



「確かこの男の子、ジハードくんでしたっけ。何だか昨夜の冴えてそうな彼とは別人じゃありませんか……?」
「さ、冴えてる時のジハードと寝起きのジハードを比べない方がいいと思うな。睡眠に魂を捧げた子だから」


ヴィステージと二人で引き摺るようにして彼を食卓まで運び、なんとか席に着かせる。

簡素な木で作られた大きめのテーブルの上には、湯気を立てた美味しそうな朝食が乗っていた。
半熟ハムエッグに、いい色に焼き上がったロールパンにイチゴジャム。鮮やかな色合いのコーンスープ。


ここ数日野宿のために簡単な朝食で済ましていたティエルは思わず目を輝かせる。




「……あの、本当に森の亡霊の住処に行くつもりなんですか?」

「うん。昼間の内は亡霊出ないんでしょ? だったら先に下見しに行こうかなってジハードと話してたの」
ヴィステージの問いに、もぐもぐとハムエッグにかぶり付いていたティエルが答えた。


ちなみにジハードは椅子に座らせたのだが、虚ろな表情で起きているのか寝ているのか分からない状態だ。



「その森の亡霊の住処っていう所の構造が分かれば、夜行く時まで作戦立てられそうかなーって思ったの」

「……それだったら無理な話です。あいつらの住処は陽がある内に行っても入口が見つけられません。
洞窟みたいな場所なんですけど、昼に行っても分からないのに、夜になったら入口がすぐに分かるんですよ」


ヴィステージは以前薬草を採りに行ったことがあるという。
しかし森の亡霊には敵わず、命からがら脱出したそうだ。その時の傷痕が今でもまだ治っていないと言った。



「私は何回か行ったことがありますから……薬草の生えている場所まで案内はできると思います」
かたんと食器を置き、ティエルとジハードを見つめる。


「……おばあちゃんのためです。私もまだ諦めるわけにはいきませんね」






+DeadorAlive+