Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第4章+ユークリンド大森林 - 夜の囁きを求めて -


第31話 森の亡霊





月すら見えないというのは、こんなにも心細かったのだろうか。


夜になれば真の闇に包まれる大森林を、青紫色の光を申し訳程度に帯びた花々がぼんやりと照らしていた。
しかし全く光がないのと有るのとでは違う。

ティエル達にとってはこの薄暗い光を発する花でさえも、松明にも勝る心強さであったのだ。




出発前にヴィステージから森の亡霊の情報を聞く。身の丈は大人の約二倍はあるかという透き通った身体。
あらゆる武器もすり抜けてしまい、攻撃が全く通じないという。

どんな屈強な男達でさえも、亡霊から放たれる青白い霧に生気を奪われると自力で立つことすら危うくなる。


生気を奪って身動きを取れなくしたところで、奴らは黒の矢を発して命を奪うのだとヴィステージは言った。
……それで村人が命を落としたのだとも。




「向こうの大木を曲がれば森の亡霊の住処です。夜ならば、洞窟の入口がぽっかりと口を開けているはず」

簡易ランプを手にしたヴィステージが緊迫した声で口を開いた。
それも当然だろう。何度もこの場所で、森の亡霊を相手に生きるか死ぬかの恐ろしい瀬戸際を味わったのだ。


今度も生きて帰れる保障などはどこにもない。祖母の為だと、ただその思いが今の彼女を支え続けていた。



「……相手に気付かれないまま薬草を手に入れられたら一番いいんだけどなぁ。バレないで行くのは無理?」
ヴィステージとは裏腹に、一度も森の亡霊と戦った経験のないティエルは、随分と呑気なものである。


「それとも言葉が通じるなら、お願いしてみたらどうかなー。もしかしたら聞いてくれるかもしれないよ」


「無理だと思うけど。ぼくの極陣が効く相手ならば、ティエル達が気を引き付けている隙に不動陣仕掛けるとか」
表面上はティエル以上に緊張感のない顔つきのジハード。まるで遠足に行くような気の抜きようである。



「広い場所じゃないと魔法がかけ難いんだよ……。下手したらあなた達まで巻き込んでしまうかもしれない」
「えぇ!? こ、困ります!」

そう言いながら大きな欠伸をするジハードの発言に、思わずヴィステージが青い顔をしながら振り返る。
しかしジハードの恐ろしい発言はいつものことであり、ティエルは涼やかに聞き流していた。


そんな様子の二人を見て、ヴィステージは自分はとんでもない者達と関わったのではないかと思ったのだった。




「そういえばヴィスの風の魔法って、不思議な形していたよね。なんて言うのかな、ドーナツみたいな形だっけ」
ふとティエルは昨夜のヴィステージが使用していた珍しい形状の魔法を思い出す。

ブーメランに似たような形だったが、それとも違う。暗闇でも目立つ光を発していたような気がした。


「これですか?」
言葉と共に音もなくヴィステージの指先に、金色に光り輝く輪が出現する。

「私の魔力で作られているから、何時でも好きな時に出せるんです。風の魔法の応用編てところですか」



「魔法の応用編かー。持ち運びに便利でいいなぁ……わたしのイデアはやたら大きいから」

そう言いながらティエルは背に括り付けているイデアに視線を移動させる。
少女が持つには些か大きな代物である。女性の多くは小剣を選ぶ中で、ティエルは大剣を選んだのだ。


「もうちょっと運びやすくコンパクトにならないかな。それか、使う時にだけ大きくなったりさ」



「……天下の封魔石に対して、随分な物言いだねあなたは。使えるだけでも有難く思わなくちゃいけないよ」
呆れた口調でジハードが肩を落とす。

彼の持っているリグ・ヴェーダも不便と言えば不便である。極陣魔法は所持している時にしか使えないのだ。



「封魔石なんて一体どうやって手に入れたんですか? ……あ、着きましたよ。あそこが入口です」
ヴィステージの声に二人が顔を上げると、葉のヴェールの向こうにぽっかりと黒い口を開けた洞穴が見える。

森の亡霊の住処である。そして、万病に効くという薬草・夜の囁きの生える場所。



「ねえ、森の亡霊って凄く手強いんでしょ? だったらできるだけ見つからないように薬草を採りたいよねぇ。
攻撃を全然受け付けないんだったら殆ど無敵だよね。……何体くらいその亡霊っていうのは中にいるの?」


「日によって違いはありますが、精々2、3体くらいだと思います。中はそんなに広くはないので」
隠してはいるが、ヴィステージの声は若干震えている。

彼女がこれほどまで恐れる森の亡霊は一体どんな存在なのかとティエルは思ったが、
ゴールドマインにて大吸血公アスモデウスと対峙したことを思えば、どんな者が相手でもやっていける気がした。



注意深く一歩足を踏み入れると、外とは違ってひんやりとした空気に包まれる。
しかしじめじめと湿っており、時折どこからか水滴の落ちる音が聞こえた。水場が近いのだろうか。

ヴィステージはそんなに広くはないと言っていたが、三人並んで歩いてもまだ余裕があるほどの通路だ。
壁には所々苔のようなものが付着しており、やはりこの場所が随分と湿っていることを明確に物語っていた。



「薬草のある広場までは一本道です。……けど、普段ならこの辺で一体くらい亡霊を見かけてもいいんですが。
考えたくはないですが、もしかしたら皆広場に集まっているのかもしれませんね」

森の亡霊の住処という割には、先程から気配を全く感じない。
目的は彼らではなく薬草なのだ。むしろ姿を見せないでいてくれる方が、ティエル達にとっては好都合である。



「おや? あの先は明るいね。何かあるのかい?」

「あの先は崖に囲まれた外の広場に出ます。大森林の中で唯一月光が当たる場所だと言われているんです」
確かに角を曲がる先の道は、この暗闇の中ではまるで昼間のように明るく見えた。



用心深く進んでいくと急に視界が開ける。……眼前には切り立った崖に囲まれた広場が飛び込んできた。

空を見上げると木々の隙間から眩いばかりの月光が差し込んでいる。
その月の光を目一杯に受けて、中心には淡い青緑の色をした花が揺れていた。あれが薬草なのだろうか。


しかしこの広場にも森の亡霊らしき姿は見えなかった。



「見て下さい、あの花です! あれを持ち帰れば、おばあちゃんもあなた達の大切な人も助かるんですよ!」
目標を前にして気が緩んでしまったのだろうか。

本来ならばヴィステージは気付かなくてはならなかった。一体も森の亡霊の姿を見ることがなかったのを。
しかしそんな事など、切望していた目標を前にしたらほんの些細な出来事であった。


普段は用心深いはずの彼女だったが、この瞬間だけは違った。ティエルの止める声など耳に入らなかった。
ただ、目の前の青緑の色をした花しか見えていなかったのだ。



「あの花さえ手に入れば、おばあちゃんが助かる……恩を返すことができるんです……!」



彼女の目には映っていなかった。花のすぐ側の岩陰から、むくりと巨大な影が揺らめいたのを。
苦しみ呻く亡者の顔を持った、白い霧の様な存在。……森の亡霊と呼ばれ、恐れられるモンスターである。

広場に一人ぽつんと立ち尽くすのはヴィステージのみ。格好の標的だった。



背後に気配を感じ、恐る恐る振り返った彼女の瞳に映るは何度も恐ろしさをこの身で思い知った恐怖の姿。
まるで恨みを宿したかのような叫び声を発した森の亡霊は、その口から青白い霧を彼女に向けて吐き出す。


生気を根こそぎ奪ってしまうといわれる死の霧である。



「危ない、避けろ!!」
ジハードの怒鳴り声と共に彼の防護の極陣が発動された。だが、この距離からでは間に合わない。

咄嗟のことで呆然とした顔つきのまま立ち止まっていたヴィステージを突き飛ばしたのは、ティエルだった。
勢い余って縺れ合うようにして転がっていく二人の頭上を、青白い霧が掠めていく。



「いくらなんでも不注意だよ、ヴィステージ! あの霧が恐ろしい物だって言ったのはあなたなんだよ!?」
態勢を立て直し、思わずティエルは彼女に詰め寄った。

「……たとえ薬草を手に入れたとしてもあなたが死んだら、おばあちゃんは喜ばないよ」



「ご、ごめんなさい……薬草を目にしたら、いてもたってもいられなくなったんです。これでもう安心だって」
「駆け出したくなる気持ちは分からなくもないけどね。……ぼくだってサキョウの顔が浮かんだから」


しゅんと項垂れてしまったヴィステージを慰めるように言ったジハードも隣に並ぶ。



そんなことを話していても状況が改善されるわけではない。確実に森の亡霊は彼らを標的と見なしたようだ。
ゆらゆらと蠢く亡霊は、段々とティエル達との距離を詰めている。



「さぁ、どうするティエル?」

「……決まってるよ。薬草を手に入れて、この場から一刻も早く逃げ出す」
ジハードの言葉に笑みを浮かべながら振り返ったティエルは、彼に向かって指を突き出して見せた。


「わたし達の目的は、あくまでも夜の囁きだけだからね!」






+DeadorAlive+