Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第4章+ユークリンド大森林 - 夜の囁きを求めて -


第32話 夜の囁きを手に入れろ!





「わたしとジハードが囮役になるから、森の亡霊の隙を見てヴィステージは花を手に入れて欲しいの!」



背からイデアを抜いたティエルは、両手でしっかりとそれを握り締める。
月の光に照らされた美しい銀色の封魔石。いつも彼女に戦う勇気を与えてくれる不思議な宝石であった。

「ちょっとくらい霧の攻撃を受けても、わたし達のことなら大丈夫。こう見えても結構頑丈なんだから!」



「えぇ!? 大丈夫なのはタフなティエルだけであって、繊細なぼくは一撃で死んじゃうかもしれないんだよ!?」
「……何言ってるの。わたし以上に生命力に満ち溢れているくせに、ホントによく言うよ……」



「あ、あの。本気で囮役になるなんて言っているんですか? 一歩間違えば、死ぬ可能性だってあります」

納得できない顔つきのヴィステージ。
それも当然だろう。彼女は森の亡霊の恐ろしさをよく知っている。ティエル達の台詞はまさに自殺行為だった。


「さっき言ってくれたじゃないですか。花を手に入れる為に私が死んだら、おばあちゃんは喜ばないって。
あなた達が石から戻そうとしている人も……あなた達に何かあったら決して喜ばないんじゃないですか!?」



「……うん。だからこそヴィステージに頼んでいるんだ。気を引き付けている間に花を手に入れて欲しいって。
難しいことだとは思うけど、ヴィスなら大丈夫。そしたらわたし達も直ぐに逃げ出すからさ」

そう言ったティエル目掛けて、森の亡霊の青白い霧が向かってくる。
試しにジハードが防護の魔法陣を霧に発動させてみるが、それをすり抜けて彼女達へと向かってきたのだ。



「ヴィステージ、お願い!」


転がって霧を避けたティエルは力の限りに叫ぶ。
とにかく今は少しでも長く時間を稼がなければならない。勿論、霧に触れては無事に済まないだろう。

幸いにも森の亡霊の動きは、どちらかと言うと鈍い方である。体力が続く限り攻撃を避ける自信はあった。



「亡霊って名が付いているからには、やっぱ物理攻撃は効かないよねぇ……ヴィスもさっき言っていたし」
恨めしげな表情でゆっくりとティエルに向かってくる森の亡霊。やはり動きは彼女の方が速い。

イデアを握り締めて駆け出したティエルは、すれ違い様に横一文字に切り裂いた。空気を切るような感触。
一瞬だけ森の亡霊の霧の様な身体が拡散したように見えたが、やはり直ぐに元の形に戻ってしまう。


「うーん、やっぱり駄目だったか……。ジハードの極陣も効かない?」


「防護の魔法陣はすり抜けてしまったみたいだけど、どうだろ。他の攻撃魔法だったら効くかもしれない」
急いでリグ・ヴェーダのページを捲り始め、ぴたりとあるページで手が止まる。

「これならどうかな? ……氷雨陣!!」



虹の魔法陣が空中に描かれると、それと同じものが森の亡霊の頭上にも現れる。
まるでナイフの様に鋭い氷の刃たちが次々と魔法陣から生み出され、一直線に標的へ向かって行った。

しかし魔力で生み出された氷の刃でさえも、霧の身体を持った亡霊には効果がないようだ。
刃達は森の亡霊の身体をすり抜け、ただ地面に突き刺さるだけである。美しい氷の剣山さながらであった。



「ぼくの極陣も効果がないみたいだよ……もしかして無敵なんじゃないのかい? うわっ!?」

まるで効いている様子のない亡霊の姿に溜息をついたジハードに、生気を奪う恐怖の霧が吐き出される。
亡霊の動きは確かに遅いが、吐き出される霧の速さは避けるのが精一杯だった。




「だ、だから攻撃は全く効かないって言ったのに……」


呆然とティエル達の戦いを眺めていたヴィステージが唇を噛み締める。
以前村人達と共に亡霊を相手にした時は、逃げることが精一杯で攻撃をする余裕など殆どなかった。

それでも苦し紛れに弓や魔法を放ってみても、霧の身体は虚しくすり抜けるだけだったのだ。
この無謀とも言える戦いを終わらせる術はただ一つ。……夜の囁きを手に入れることだけである。



そして、今この場でそれが出来る人物は一人しかない。



(……分かりました。必ず花を手に入れて、持ち帰ります。それが……)
それが。この出会って間もない自分を信じてくれ、任せてくれたティエル達に対する最大の応え方なのだ。

恐怖で力が入らない足を奮い立たせ、ヴィステージは立ち上がる。
月明かりに照らされる花まで距離十メートルといった所だろうか。亡霊はティエル達に気を取られている。



『何故そんなにも泣きそうな顔をしながら、黙って出て行こうとするのじゃ? 行く所がないのじゃろう? 
……ならばこの村で暮らしたらええ。ここには、おぬしを阻害する者など一人もおりゃせんからのう』



温かい手を差し伸べてくれた長老。その人物は皺くちゃの手を差し出して彼女の手を握ってくれた。

こんな温かい手に触れたのは何年ぶりだったのだろう。温かくて、優しくて、そして……切なかった。
迫害された日々がまるで嘘のようだった。村人達は同じ人間に対する態度で彼女と接してくれたのだ。


内心恐れを隠しているわけじゃない。疎ましく思っているわけじゃない。

彼らは本心からヴィステージを迎え入れてくれていたのだ。
そんな村人達に慕われている長老を、そして花を手に入れる為に犠牲になった村人達の想いのためにも。



……一歩後ろに下がるとじゃりっとした砂の感触。

次の瞬間、地面を蹴り上げたヴィステージは脇目もふらずに一直線に駆け出した。
月の光を受けてぼんやりと青緑色に輝く夜の囁き。金糸のような髪を舞わせ、彼女は腕を伸ばして摘み取った。


花さえ手に入れれば、もうこんな場所に用はない。後は一刻も早く脱出するだけだ。



「ティエルちゃん、ジハードくん、夜の囁きを手に入れました! ……早く脱出しましょう!!」
笑みを浮かべて振り返ったヴィステージだったが、その笑顔が凍り付く。

ティエルとジハードは随分と隅の方へ追い詰められていた。


転んで足を挫いたのだろうか。膝をついているティエルをジハードが抱き起こしている状態だったのだ。
こんな状態では、ティエルが次の攻撃を避けることはできないだろう。

そしてジハードも。そんなティエルを置いて逃げることはできない。身を挺してでも彼女を守るだろう。
容赦なく森の亡霊から吐き出される青白い霧。弱い人間ならば、生命力を全て吸い取ってしまう亡者の怨念。



(光の魔法が亡霊に効果があるのかは分からないけど……!)


「二人とも目を閉じていて下さい!」
もう駆け寄っている間は無い。ヴィステージは指で魔法陣を描くと、大きく息を吸い込んだ。


「広大なる大地を照らす光よ、罪深き者達の過ちを問い浄化せよ! ……フローライトシャワー!!」



眩い光の洗礼。月の光よりも、人工の光よりも、何よりも明るい天からの光。
流石の森の亡霊も、この強烈な光には堪えたのだろう。苦しげな呻き声を上げながらのた打ち回っている。

もう迷いも無く駆け出したヴィステージは、ティエルとジハードの前で立ち止まった。


「この隙に逃げましょう。村まで逃げ込めば、あそこには強力な結界が張ってあるから大丈夫です」
「た、助かったぁ」


「……分かった。命を救われたね、ありがとうヴィステージ」
ジハードは深く頷くとティエルを背負う。




「光の魔法が効くとは思わなかった。あなたは悪魔族なのに、光の輪や光の魔法を扱うことができるんだね。
悪魔族は元は天使だったと言う者もいるけど、ヴィステージを見ていると強ち嘘でもなさそうだ」

「え……」

洞窟を二人並んで走りながら、ふとジハードが口を開いた。
その台詞に思わずヴィステージは目を見開き、それから相手の様子を探るような顔つきで視線を前に戻す。



「キミ達は最初から私が悪魔族だと知っている様子でしたね。なのに、どうしてそんな態度でいられるんです。
嫌悪の表情を浮かべないんですか? 蔑まないんですか? 悪魔族の私を……何故信じてくれるんですか」


「いや、どうしてって言われても……」

「悪魔族だからって何だって言うの! わたしからすれば、どうしてそんな事を気にするのって言いたいよ」
ジハードに背負われていたティエルが突然顔を上げて言った。


「確かに悪魔族には酷いひとだっている。けど、人間だってそうじゃない? 優しい人もいれば酷い人もいる」



「なんだい、ティエルったら話す元気があるなら自分で走ってよ……世話の焼けるお嬢様だね」
「それはないんじゃないの、ジハード! わたしは今足を挫いて走れない状態です!」

そんな二人の様子を唖然とした表情で眺めていたヴィステージだったが、やがて笑顔を浮かべたのだった。






+DeadorAlive+