Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第4章+ユークリンド大森林 - 夜の囁きを求めて -


第33話 悪魔族と人間と





ティエル達が村に戻ると、やはり数名の村人達が不安そうな顔つきで彼らの帰りを待っていた。


前回花を求めて出発した者達が重傷を負って戻ってきた為である。無傷で済むとは考えられなかった。
三人の無事な姿を発見すると、村人達は皆揃って安堵の溜息をつく。

ここまでは森の亡霊も追っては来ないようだ。村の周辺は病床の長老の張った強力な結界があるためだ。
漸く張り詰めた気が緩んだティエルとヴィステージは互いに笑顔を向けたのだった。




「……大丈夫大丈夫。ティエルはぼくの治癒魔法でもかけたらケロッとするからさ。行っておいでよ」

一先ずヴィステージの家に戻った彼らは、転んで足を挫いてしまったティエルを治療することにした。
見たところそこまで酷くはないようだ。ジハードの治癒魔法の光に包まれて、痛みも和らいでいる様子だった。


「あなたの最大の目的はおばあさんの病を治すことでしょう? こんな所にいないで、早く行ってあげなよ。
ティエルはあなたが思っているよりもずっと頑丈だからさ。トロルに殴られてもきっと無事だと思うんだ」



祖母と慕う長老の不治の病を治すことのできる唯一の薬草を手に入れたヴィステージは、
先程村人の一人に薬草の一部を手渡していた。受け取った村人はすぐさま薬を作りにかかっているだろう。

ヴィステージだって心配なはずだ。


先程の台詞は、どこかそわそわとした態度の彼女に気付いたジハードが顔を上げて言った台詞だった。
それでもティエルを置いていけないと渋る彼女にジハードはにっこりと笑みを浮かべてみせる。



「おばあさん、目が覚めたときにあなたの姿がなかったら、きっと寂しがるんじゃないかな」



「は、はい……ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げたヴィステージは不安げにティエルの顔を一瞥してから、足早に戸口まで歩いて行った。

「ティエルちゃん、おばあちゃんの目が覚めたらすぐに戻ってきますね!」


「ううん、わたしの事なら心配要らないって。おばあさんにずっとついていてあげた方がいいと思うよ」
この分ならもう少しすれば駆け回ることも出来るだろうと、ティエルも笑顔を見せる。

もう一度深く頭を下げたヴィステージは、そのまま扉も閉めずに長老の家まで慌てた様子で走っていく。




「あーあ、扉が開けっ放しじゃないか。一刻も早くおばあさんに会いたくて、本当に焦っていたんだね」

やれやれと溜息をついたジハードだったが、その表情は柔らかい。
当然だ。漸くサキョウを石化から戻すことが出来るのだ。彼の笑顔を再びこの目にすることが出来るのだ。


「ヴィステージのおばあさんも、病気……良くなるといいけど」


「すぐに治るに決まってるよ! なんてったって、わたし達が死ぬ物狂いで手に入れた薬草なんだからね。
ねえ、わたし達もおばあさんの様子を見に行かない? 邪魔にならないように、ちょっと覗くだけだからさ」











ヴィステージが長老の家に辿り着くと、既に数名が集まって特効薬を作っている最中であった。
忙しなく行ったり来たりをする村人の姿を眺め、彼女は奥のベッドに横たわる長老の前まで進むと立ち止まる。


「ヴィス、本当によくやったね! 薬さえ出来れば長老は大丈夫さ、助かるんだよ」

長老の横に付き添っていた女性が顔を上げ、ヴィステージに手招きをした。
暫く迷っているような表情を見せたヴィステージだったが、やがて意を決したのかゆっくりと隣に腰を下ろす。



「薬草を取りに行って命を落とした村人も、きっと喜んでいるさ。……あんたが諦めなかったお陰だよ!」

ばしんと強く背中を叩かれ、ヴィステージは曖昧な笑顔を浮かべる。
この村の者達も、ティエル達も、彼女が悪魔族だということに何の嫌悪も抱いていない。


そんな風に接してくれる事に未だ慣れていない彼女は、どんな顔をしてここに座ればいいのか分からなかった。



「よし、特効薬が出来たぞ!」
「早く長老に飲ませるんだ。おい、水も、水も用意しろ!」

足音を立てながら椀に入った緑の液体を持ってくる女。それを受け取った近くの男が長老を抱き起こす。



「……あ、丁度薬が出来た所みたいだね。飲ませてるのかな」
「そんな状況じゃ邪魔になるだけでしょ、ヴィステージの家に戻ろう」


「あんた達はヴィステージと一緒に花を取りに行ってくれた旅人さんじゃないか!」
戸口からひょいと顔を覗かせたティエルとジハードの姿に気付いた村人が、彼女達を中に迎え入れる。

「本当にありがとう」
「これで怪我した村人達の無念も晴らせたわけだ!」



「いやいや、殆どヴィステージが頑張ってくれたんだよ。……って、あ! ヴィステージ、おばあさんはどう?」


「ティエルちゃん! 今薬を飲ませるところです。暫くは様子見ですね」
「お嬢さん達、何の関係もないあんた達を巻き込んじゃって悪かったね。花を手に入れてくれてありがとう」

長老の様子を眺めながら、ヴィステージの隣に座っていた先程の女が口を開いた。



「うーん、わたし達も全くの無関係ってわけじゃないんだ。友達の石化を戻すためにその花が必要だったし。
それに殆どヴィステージが活躍してたんだよ。彼女がいなかったら、わたし達もどうなっていたか……」

ティエルも囮役になってはいたが、途中で足を挫いてしまった。
三名ともそれぞれの力のお陰だが、夜の囁きを手に入れることができたのはヴィステージの力が大きい。



「ヴィス……このお二人さんは、あんたのこと……知ってる?」

「はい。私の口からは言っていなかったんですけど、二人とも最初から悪魔族って気付いてたみたいでした」
「そっか。いい友達が出来たみたいだね」


ヴィステージが悪魔族と知れても、ティエル達の様子に変わりがないことに幾分か安心したような女性。



「……ねぇ、ヴィステージ。あたし達もこんなんだから、あまり種族とかは気にしない性格なんだ。
長老の影響が強かったのかな……あの方は悪魔族だろうが決して差別をしようなんて考えない人だからね」



「どうして……ですか」

ヴィステージの周囲には悪魔族を嫌悪する人間があまりにも多すぎた。
彼女が悪魔族だと知れた途端に手の平を返すように接してくる人間達。そんな者達ばかりだったのだ。


「おばあちゃんは、どうして悪魔族を嫌悪しないんですか……?」



「……これはあたしも母さんから聞いた話だから、直接知ってるわけじゃないんだけどさ」
長老に薬を飲ませることに成功した村人達は、皆ホッとしたように表情を緩ませている。

薬が効いているならば、これからはきっと、どんどんと回復していくだろう。



「長老がまだ若かった頃、愛し合った相手が悪魔族……ヴァンパイアの青年だったんだって。
勿論長老の両親は二人の交際に大反対でさ、彼女に黙って青年を呼び出して……殺してしまったそうだよ」

「殺した……?」
一瞬だけ表情が強張ったように見えたティエルだったが、感情をぐっと堪えた声色で聞き返す。



「ああ、どうしてハンターでもないただの人間がヴァンパイアを殺すことができたと思うかい?
……最期まで一切抵抗しなかったそうだよ、その青年は。僕を認めて下さいと、それだけを繰り返しながら」



きっと分かってくれる。ただそれだけを信じて青年は訴え続けたのだろう。
だが、その声はいつまで経っても届かなかった。……最期の時までも。

「彼が息絶えた後でも殴るのをやめず、長老が駆けつけた時には既に顔は原形を留めていなかったって。
青年の墓前で生涯一人でいることを貫き通すと誓ったそうだよ。……それが大きな理由なんじゃないかな」











長老の家にヴィステージを残し、ティエルとジハードは彼女の家に向かっていた。

ヴィステージは長老が目を覚ますまで側にいるそうだ。家は好きなように使ってくれて構わないと言っていた。
涼やかな夜の風。時折虫の鳴く声も聞こえてくる。


時刻が時刻なので外を歩いている者はおらず、長老の家に集っていた者たちも一旦引き上げたようだ。



「無抵抗の相手を殴り続けるなんて、酷い話だよね。……存在すらも消し去りたいくらいに憎かったのかな」
ぼそりと呟いたジハードの声に、ティエルは思わず足を止める。

似たような光景を彼女もこの目にしたことがあるからだ。目を閉じれば場面が鮮明に想像できてしまう。



「古の時代から続いている人間と悪魔の確執は、そう簡単にはなくならないんだろうね」


「……でもさ!!」
突然振り返るティエル。


「わたし達が気にしなければいいんじゃない? 一人でも多くそんな人が増えたらいいんじゃないのかな!?
確かに差別はなくならないかもしれないけどさ、この村の人達の様な考え方が増えたらいいんじゃないかな!」

勢いよく言ったティエルだったが、やがて肩を落として暗い面持ちになってしまう。



「……そうだね。ぼくも、そのとおりだと思うよ」
そんな落胆している彼女を元気付けるかのようにジハードは力強く言葉を口にすると、大きく伸びをした。






+DeadorAlive+