Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第4章+ユークリンド大森林 - 夜の囁きを求めて -


第36話 ゴールドマイン、再び……





──ゴールドマイン。


かつては働き口を求める男達で溢れ帰り、賑やかな町であった。だが現在はまるで寂れた廃墟のように見える。
……廃墟という言い方は正しいのかもしれない。

現に住人達は皆アンデッド達に食い殺されたか、石化してしまったかのどちらかなのだから。



既に辺りは夜の帳が下りてくる頃。薄紫に包まれたゴールドマインは、やはり人の姿は見受けられなかった。
足を負傷した男が隠れ住んでいた小屋の横を通り過ぎる。


様子を覗いてみようと言ったティエルだったが、ジハードに首を振って否定されてしまった。それも当然だろう。


あの小屋の中に誰かがいるのかとヴィステージが訊ねると、彼は腐乱した死体があるかもね、とだけ言った。
それを聞いたヴィステージは思わず青い顔をしながら覗こうとした首を引っ込めたのだった。




「最初、キミ達からゴールドマインが廃墟になってしまったって聞かされた時……実は半信半疑だったんです」
活気溢れる町のあまりの末路に、ヴィステージが口を開く。

「本当に許されないことです。石になったお友達も、さぞや無念だったでしょうね」



彼女は紛れもなく悪魔族である。
だがその発言や雰囲気は、ティエルの知っている悪魔族の姿とは大分かけ離れていたのだ。

出会った悪魔族の殆どは、どこか退廃的で妖艶な雰囲気を纏っており、誰もが皆死の匂いを感じさせられた。
しかしヴィステージは違った。妖艶というよりは素朴で、どちらかというと生の匂いを感じるのだ。



彼女と共に人ひとり姿の見えないゴールドマインを進んで行く。


町の中心部だろうか、かつては露店などが開いていたのかもしれない。大きな広場へと辿り着いた。
誰が拵えたのか……現在は夥しい数の十字架が立ち並び、この町の多くの命が奪われた事を物語っている。

あの時はここにロイアが佇んでいた。無垢な笑顔を見せながら、鉱山まで案内してくれた記憶が蘇る。
勿論今は彼女の姿は見えない。



この場所に来てから色々と分からないことは増えたけど。確かめなくてはならないことも増えたけど。


けれど今は、サキョウを戻すことだけを考えようとティエルは思った。
きっと、まだ全てはそれからで間に合うのだから。




「ヴィス、本当にごめんね。こんな場所までついてきてもらっちゃってさ。……歩くの疲れたでしょう?」

ティエルやジハードは旅慣れているので、さほど苦にならなかった道のりだったが。ヴィステージはどうだろうか。
サキョウが気に掛かる為に速めのペースで歩いていたので、旅に慣れていない者には辛かったかもしれない。

そう思ったティエルは彼女に顔を向けたのだ。



「あ、私なら大丈夫です。薬を作る為に薬草求めて大森林を駆け回っていましたから。まだまだ余裕ありますよ」
確かにこう答えたヴィステージには、全く疲れの色が出ていない。


むしろその背後で歩いているジハードの方が疲れた顔つきをしていた。原因は恐らく睡眠不足だろう。


「やっぱりサキョウの事が気に掛かってさ……いつもみたいに12時間ぐっすりと眠ることができないんだよ」
ティエルの視線に気付いたジハードが口を尖らせて言った。何も言わなくても、言いたいことは分かるのだろう。

「さぁ、そろそろサキョウ達のいる場所に辿り着くよ。ヴィス、ぼくらに手伝えることがあれば何でも言ってくれ」



低い策を乗り越え、鉱山の入口まで真っ直ぐに進む。
何度目にしても、思わず顔を背けずにはいられない光景であった。

苦悶の表情で石となった者達。足元から順々に石と成り果てていく様は、さぞや絶望に打ちひしがれただろう。
一体どれほどの苦痛だったのかは彼女らには分からなかったが、石像達の表情は皆苦悶に満ちていた。


ティエルは他の石像と同じように絶望と苦悶の顔つきのまま石となってしまったサキョウの前まで歩み寄る。
優しく両手を広げてくれるわけでもなく、やはりサキョウの瞳にはティエルなど映ってはいなかった。



「……酷いですね。石化魔法は禁呪と言われ、習得することは魔法使い達の中で禁忌とされているはずです。
それに、損傷の酷い石像は元には戻せません。あそこの首と右腕のない石像は……無理でしょうね」

どさりと背負っていた荷物を下ろしたヴィステージは、早速準備に取り掛かり始める。
大きなすり鉢。彼らが必死の思いで手に入れた青緑の花。他に、木の根。大きな緑の葉。粉末の入った袋。



「石化を戻す薬は粉状なんですよ。ジハードくん、撒いた時に粉が外に漏れない様に結界を作って下さい。
ティエルちゃんはできるだけ沢山の水を汲んできて下さい!」


「石化している者達が立っている範囲を全て魔法陣で囲めばいいんだね? 分かった、すぐに取り掛かろう」

「綺麗な水の方がいいよね? さっき井戸を見かけたような……行ってくるね!」
ティエルとジハードは一度深く頷き合うと、それぞれの役割を果たすために散って行った。



二人の姿が遠くに消えるとヴィステージは、ぱん、と一つ大きく胸の前で手を重ねるように叩き合わせる。
暫くその状態で目を閉じていたが、やがてゆっくりと開いていく。鋭い真紅の瞳。


「よーし、精神統一完了です。ジハードくんが魔法陣を描き終えるまでには完成させたいところですね」




「……ここなら、鉱山前の広場がよく見下ろせるかな」

少し高台に位置する場所に、古びた監視塔があった。その前で指を鳴らしたジハードは身軽に上っていく。
予想通り、この場所からは鉱山前の広場が見下ろせた。石像達とヴィステージの姿が見える。


「やはり石像は広場に集まっているみたいだね。あそこの突き出た岩から一周すれば、全部囲めるかな」




「えっと、確かここら辺に井戸があったような……段々と暗くなってきちゃったから探しにくいなぁ」
水を求めて井戸を探していたティエルは、民家の間を彷徨っていた。

一人でこんな廃墟を歩き回るのはどこか気味が悪かったが、サキョウのことを考えれば些細なことであった。
辺りは大分暗くなってきているようだ。先程の記憶を頼りに、勘だけで進んでいく。


「あ、やっぱりあった!」











「はぁ……石像の間を縫って魔法陣を描くのは大変だった……こんなに大きなものを描いたのは久々だよ」

空中で描くことをせず、地面の柔らかい土に直接魔法陣を描いてきたジハードが息を切らせて戻ってくる。
幸いにも障壁陣は難解な図形ではなかったようだ。それでもこれだけの広さで描くとなると話は別だ。


「ヴィス、言われたとおりにジハードの魔法陣で囲まれた中を薬の水で濡らしてきたよ!」


「二人とも、ありがとうございます。助かりました」
薬草の粉末や泥で汚れた顔を上げたヴィステージは、にっこりと力強い笑みを浮かべて人さし指を突き出した。

「完成です! これ以上ないくらい完璧な出来栄えですよ!」



見たこともないくらい大きなすり鉢の中には、薄い青緑色の光を仄かに発する粉がぎっしりと入っている。
それはとても幻想的で、思わずティエルとジハードはその美しさに暫し目を奪われてしまった。

「これを撒けば、石化の魔力を打ち消すことができるはずです。ジハードくん、魔法陣を発動させて下さい!」



「……了解、極陣発動!」
ヴィステージの声と共にジハードが印を切ると、地面に描かれた文様から虹色の光が発せられる。


「障壁陣!!」



「ティエルちゃん、このすり鉢の中身を魔法陣の中に撒いて下さいっ」
「分かった!」

ヴィステージに言われて我に返ったティエルは、彼女からすり鉢を受け取ると空へ向けて勢いよく中身を零す。
青緑の光の粒達は魔法陣の中を舞いながら、美しい軌跡を描いていた。


虹色に輝く巨大な魔法陣。その光を受けて更にきらきらと幻想的な色を発する粉末。



「……綺麗だな……」
誰かの口からそんな言葉が発せられる。


やがて幻想的な光景は終わりを迎えるが、ティエルの目には一見先程とは何も変わっていない様に見えた。
だが、石となった者達の肌に段々と赤みが戻り始めていたのだ。



「うぅ……いてて、オレ達は一体どうなったんだ……?」

「確か緑の帽子を被った変な魔法使いに石にされたはずだったが……元に戻ってる……」
無傷のまま石にされた者達が、一体何が起こったのか把握できていない様子で辺りを見回している。


やはりバラバラにされてしまった石像達は元に戻ることはなかった。




戻った者達の声で次第に騒がしくなる鉱山前の広場で、サキョウは呆然とした顔つきで己の両手を見つめる。
未だぼんやりとする頭を振り、ゆっくりと辺りを見回した。


「ワシはアリエスに石にされて……そうか、まだ生きていたのか……」

互いに無事を祝っている共に来たモンク僧の仲間達や、町の住民達。
バラバラの石像のまま転がっている仲間に涙を流す者達。そんな様々な光景を、サキョウは目を細めて眺める。


その時彼の耳に、この場所には存在するはずのない懐かしい者達の声が聞こえたような気がした。
幻聴か、と思いながらも彼は顔を上げて振り返る。



「サキョウ、よかった……元に戻ったんだねサキョウ!?」

「馬鹿野郎! ぼくらにどれだけ心配をかけたと思ってるのさ!」
人々の波をかき分けて、半べそをかいたような表情の少女と少年が駆け寄ってきた。


二人分の体重を一気に受け止めても微塵に揺らぐことのないサキョウの身体は、二人をしっかりと抱きとめる。



「ジハード、ティエル……お前達何故ここに? ワシは幻覚を見ているのではないだろうか……。
確かアリエスに魔法をかけられて、石にされたはずなのだ。もう二度とお前達に会えないと思ったはずで……」


「わたし達は幻じゃないよ。ちゃんとここにいる、サキョウを助けに来たんだから」


「そうだよ。サキョウは知らないだろうけど、ぼくらがどんな大変な目に遭ってあなた達を助けたと思うんだい。
あぁ、何だかぼくらの苦労を知らないのは悔しいな。悔しいけど……ずっとずっと心配して疲れたよ……」


言葉の最後の方が震えてしまったことを誤魔化す為に、ジハードはサキョウから視線を外した。



「……お前達には心配をかけたな。そういえばワシは心配ばかりかけているなぁ」
そう言いながら大きく厚い手で二人の頭を撫でてやる。いつもと変わらない、少し間の抜けたサキョウの言葉。


あまりにもそれが彼らしくて、ティエルとジハードは久々に声に出して笑ったのだった。






+DeadorAlive+