Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第4章+ユークリンド大森林 - 夜の囁きを求めて -


第37話 女王の遺志を継ぐもの





町の住民が石化から開放されたといっても、それは全ての者ではない。

砕かれた石のまま転がっている者もいれば、アンデッド達に喰らわれて凄惨な姿を晒している者達もいる。
ゴールドマインの半数以上が死に絶えてしまったのだ。



石像から戻ったゴールドマインの町長は、呆然とした顔つきで目の前で燃え続ける焚き火を眺めていた。
あまりのことに事情を把握できなくなっているようだ。


一夜にして大金を手に入れたはずが、気が付くと町人の殆どが殺されていたのだから当然のことだろう。

ここにはもう以前のような活気は戻ってこないかもしれない。
あんな事件があったゴールドマインには誰も寄り付かないかもしれない。だが、それは諦めた場合の話である。


皆が復興に力を注げば、以前と同じような活気が戻る日が来るかもしれない。……決して、諦めなければ。




「酷い有様であるな。ワシらがここに辿り着いた時には、既に死体で溢れ返っておったが……。
誰がやったか町の広場に多くの墓ができておった。鉱山周辺を除いて、殆ど死者は埋葬されているようだ」


焚き火の前で暖を取っていたティエルとヴィステージの元へ、サキョウが首を傾げながら戻ってくる。

彼が言っているのは、あのロイアが佇んでいた場所である。夥しい数の墓の前で、彼女は祈りを捧げていた。
あの数の墓を全てロイアが作ったとは考えにくい。だが、彼女の他に一体誰が……。



難しい顔をしながら思案するティエルの向かいでは、緊張感と魔法の疲れかジハードが寝息を立てている。

確かに彼はここ数日あまり睡眠を取っていないようであった。
サキョウを助けることのできた安堵感からか、大きな声で会話をしていても全く起きる気配はない。



「魔法で石にされた時は本当にどうなることかと思ったが、こうして生きていることに感謝をしなくてはな。
……おっと、ワシとしたことがその前に大切なことを思い出した!」

突然サキョウは素っ頓狂な声を上げて飛び上がると、ヴィステージに向けて深々と頭を下げる。


「お初にお目にかかる、薬師殿。ワシはベムジンでモンク僧の長を務めているサキョウと申す。
ティエル達から大体の経緯は聞いたが、ワシらの為にわざわざゴールドマインまで……。本当にかたじけない」



「初めまして、お坊さん。私はヴィステージです」
サキョウに頭を下げられ、どこか照れたような顔つきのヴィステージも慌てて立ち上がると同じく頭を下げた。


「あなたが……ティエルちゃんやジハードくんが、あんなにも必死になって助けようとしたお友達なんですね。
一体どんな人なんだろうって思っていたんです。会えて……よかった」

悪魔族とは思えぬほど明るく邪気のない笑みを浮かべながら、ヴィステージはサキョウに右手を差し出す。


ゆらゆらと揺れる焚き火を映す、ヴィステージの赤い瞳。サキョウは彼女が悪魔族だと即座に気付いていた。
しかしそれは表情にすら出さず、彼女の差し出した右手をしっかりと握り締める。



「ヴィスはね。毒薬を集めたり作ったりするのが趣味の変わった女の子なんだけど、とってもいい子なんだよ」


「集めたり作ったりするのは好きですけど、一番好きなのは眺めることです。変な趣味じゃありません!」
ティエルの褒めているのか貶しているのか分からない台詞に、憤慨したようにヴィステージが振り返る。


眺めるだけなのも充分変な趣味なのでは……と口にしようとしたサキョウだったが、それは飲み込んでおく。



「町長は一度この鉱山を閉鎖するそうだ。全て町側で後処理をするから、ワシらはお役ご免というわけだが。
とりあえず、これからティエル達はどうするのだ? やはり一度メドフォードに帰るのだろう?」


「……うん。そうだね。帰るつもり」
一瞬だけ迷いのあったティエルの返答だったが、すぐに普段の調子に戻る。


「サキョウも元に戻ったし、ゴールドマインがこんな状態になってしまった原因も分かったし。
そろそろ帰らないとヴェリオルがカンカンになって怒りそうだし……当初の目的は全て果たせたからね」

と、口にしてからヴィステージに顔を向けた。



「ヴィスは村に戻るの?」
「はい、おばあちゃんが喜びそうなものをお土産に買って帰ろうと思います」

いくら強力な特効薬とはいっても、病み上がりの祖母が気に掛かるのだろう。無理もない。



「サキョウだって勿論ベムジンに帰るんでしょ?」
「まぁ、そのことなんだが……石にされる前にアリエスがな、少々気になることを言っておったのだ」


言いにくそうにティエルから視線を逸らしたサキョウ。
その先を続けようか迷っているような顔つきだったが。だが、少しの間を置いて彼は再びを口を開いた。



「リダ=クイーンの意思は自分の意思そのものだと。だから、リダ=クイーンの望むものは己の望むものだと。
ワシに、お前達を守り抜けるものなら……守り抜いてみせろと。そうあいつは、……アリエスは言っていたのだ」

女王の望むもの。それはティエル達の命である。



「そしてその足掻きも、あのお方が復活すれば無駄にしかならないと。……だが、あのお方とは一体誰なのだ」


「……アスモデウスだよ、多分。わたしとジハードはこの鉱山の奥で彼の復活の儀式を見ていたんだ」

今でもあの時のことを思い出すと、全身が言い様のない寒気に襲われる。
アスモデウスの妖気をティエルの全身が恐怖してしまっているのだ。できれば二度と出会いたくはなかった。



「わたし達は彼の目を見た途端、指先一つも動かせなかった。それはアリエスも同じだったみたいだけど」


「リダ=クイーン亡き後、遺志を継ぐもの……か」
小さく呟いたサキョウの言葉に、ティエルと、今まで眠っていたかと思われたジハードの肩がびくんと震える。


「ティエルやジハードには悪いが、ワシはあいつが……リアンが死んで良かったのではないかと最近思うのだ。
もしも生きていたとしても、お前達には辛いだけだろう。ワシだってそうだ。正直どんな顔をして会えばいい?」



確かにサキョウの言うとおりだった。彼女が生きていたとしても、一体どんな顔で話せばいいのだろうか。
今までずっとずっと騙され続け、サキョウの大切な家族達を死に追いやった彼女と、一体どうやって。



「……分かってるよ。リアンがひどいことをしたのも、分かっているつもりだよ。それでもさ」
膝を抱えながらティエルが口を開いた。



「それでも、生きているって信じたいんだ。あんな事をされても、彼女を憎むことが……どうしてもできない」
絞り出すようなジハードの声。


「サキョウは家族を失っているのに、こんな事を言うのはあなたを苦しめるだけなのにね」



「まったく、お前達は」
やれやれと深い溜息をつきながら言葉を発したサキョウは、優しげな黒い瞳で二人に顔を向ける。

「女王の遺志を継ぐ者がお前達の命を狙っているというのに……お人好しというか何と言うか……。
とにかくアリエスやアスモデウスが動き始めた今、お前達はメドフォードに戻って大人しくしていた方がいい」


「お前達は、って……サキョウは?」


「それについて今話してしまっては、ティエルがメドフォードに帰ってくれん気がするのでなぁ……。
ベムジンで祖父殿にゴールドマインの報告をしたら、すぐにメドフォードに向かうつもりだ。その時に話そう」

サキョウはちらりとジハードに目配せをすると、どこかはぐらかす様に答える。



思わず首を傾げたティエルだったが、そんな彼女の思考はヴィステージの突然の言葉で中断してしまった。

「お話を中断させるようで申し訳ないんですが、リコの実の在庫がなくなっていたのを忘れていました!
折角森から出てきたんで買い物をして帰りたいんですけど……この近くで売っている場所知りませんか?」



「リ、リコの実……? 確かサラダに入れることの多い、特徴的な匂いのする珍しい実だったか」
顎に手を当てながら答えるサキョウだが、残念そうに首を振る。

「ベムジンの調味料屋には売っていなかったはず。いや、食材屋にも売っていなかった気が……」



「それならうちの菜園で栽培していたと思うよー。好きなだけ持っていっていいから、うちに来る?」
メドフォードコック長はリコの実の香りを大変気に入っており、サラダに使用していた事を思い出すティエル。

彼女自身はこの強い匂いがあまり好きではなく、ついつい実を端に除けてしまうことが多々あったが。
ミランダ女王が生前好物だったこともあり、城の菜園で栽培していたのだ。



「ええっ、いいんですか!? ……でもリコの実は高いんですよ? 病気予防効果のある実なんですし……」

「いいよ、だってヴィスには沢山お世話になったし。メドフォードまで来てもらうことになるけど、大丈夫?」
「大丈夫です! リコの実を無料で手に入れて帰ってきたら、おばあちゃんもきっと喜びますから!」


目を一杯に開いて驚きの声を発しながら、感激したような表情のヴィステージ。
リコの実は想像している以上に高価らしい。いつも残しているとは口が裂けてもティエルは言えなかった。






+DeadorAlive+