Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第4章+ユークリンド大森林 - 夜の囁きを求めて -


第38話 帰還





この時期になると、比較的暖かな気候が特徴のメドフォードにも冷たい風が吹いてくる。
冬と呼ばれている季節にも雪が降ることは滅多にないが、それでも噴水広場の水が凍ってしまうこともあった。



大きく開かれた窓から入ってくる肌寒い風に、机の上で書類整理をしていたヴェリオルは思わず肩を竦める。


今の風で何枚かの書類が、はらはらと机から零れ落ちていた。
溜息をつきながら立ち上がったヴェリオルは、床に落ちた書類を拾うと窓枠に手をかける。




すっかり陽の落ちた夜の景色。メドフォード城を囲む小さな林の向こうには、オレンジ色の火が灯る町並み。

もう二度とこんな穏やかな気持ちになることはないと思っていたはずだった。少なくとも一年ほど前までは。
復讐に全てを捧げ、他の何も目に入らなくなっていたあの頃には。

暗く冷え切った陰鬱なゾルディス城に比べれば、メドフォードの冬などまるで春のようにも感じられる。



しかし時折彼は、本当に自分はここにいてもいいのだろうかと考えることがあった。
今まで胸に抱えていた憎しみの炎が消えかけている今、自分の存在意義は一体何なのだろうかと考える。



何のために生きているのだろう。何をするために、こうして生き続けているのだろう。



目的を失ってしまったヴェリオルに、ティエルはただ償うために生きろといった。生きることが償いなのだろうか。
彼女と共にメドフォードを復興させることが何の償いになるのだろうか。

窓枠に手をかけたまま立ち止まっていた彼は、ゆっくりと窓を閉める。それでも寒い空気は残っていた。



償いといっても、伯父を殺した後悔など欠片ほども感じていない。むしろ今でも間違ってはいないと思っている。
両親を殺害し、実の妹ティエルを奪い去ったブラムは、死ぬに値する人物なのだ。


だがミランダは──……。


今はよく分からない。彼女も、彼女なりのやり方でメドフォードを守り抜こうとしたのだろう。何を犠牲にしても。
全てを統べる女王の立場とはそういうものだ。国と国民を守らなくてはならない。


あの頃は理解できなかったし、そして理解しようとする気もなかったが。……今では、なんとなくそんな気がした。



今が幸せでないと言えば嘘になる。
穏やかな日々。最初は恐れの表情を見せていたティエルも、最近は笑いかけてくれるようになった。

夢にまで見た生活だった。だが、本当にこれで良かったのかとも思う。



そんな時は決まって、ゾルディスに残してきた侍女タマサの顔を思い出す。寂しげで、哀れむような表情を。
時折ティエルの姿と重なる彼女は、今何を思いゾルディスにいるのだろうか。


既に戦死とされている自分のことなど忘れてしまっているのだろうかと。ヴェリオルがそんな事を考えた時。




「失礼致しますヴェリオル殿下、たった今ティエル姫様とジハード殿が戻られましたぞ!」
騒々しい足音と共に扉が開かれ、大臣のフリドが姿を現した。


「現在こちらに向かわれております。なんでもゴールドマイン事件は無事に解決したとか。さすがは我が姫様!」


「……本当か!?」
先程までの憂い顔はどこへやら、安堵の顔つきになったヴェリオルは部屋から飛び出した。











アリエスの手によって石にされていたサキョウを、悪魔族ヴィステージの助けによって元に戻したティエル達は、
行きとは裏腹に明るい表情でメドフォードへと帰還した。


サキョウは途中ベムジンで別れたが、ジハードに話があると言って数日後またメドフォードに向かうそうだ。
その話は一体何だとティエルはサキョウに訊ねるが、曖昧な返事をしてはぐらかされてしまう。

サキョウの話に心当たりはあるかとジハードを問い質してみるが、やはり彼も笑って誤魔化すだけだった。



城下町は所々オレンジ色の灯りがぼんやりと紺の世界に溶け込んでいる。大通りを歩く者も疎らであった。
すれ違う幾人かはティエルの姿に気付いて立ち止まり、彼女が通り過ぎるまで深く頭を垂れる。


少しだけ照れたような表情を浮かべるティエルだったが、笑顔を浮かべてこんばんは、と明るく声をかけた。




「わー……メドフォード国って初めて来たんですけど、綺麗な国ですね」

ヴィステージは最初は物珍しそうに辺りをきょろきょろと眺めていた。
だが、城下町を通り抜け、段々と城の方へと歩いていくティエルとジハードに困惑したような声を発する。


「あっ……あの、ところでティエルちゃんの家ってどこですか? この先は民家がなさそうなんですけど……」


「そうだ、ヴィスには言ってなかったっけ」
ぽんと手を叩くジハード。


「ティエルは単なるガサツな女の子に見えるんだけど、こう見えても一応メドフォード国のお姫様なんだよ」



「え? あー、そうなんですか……えぇ!?」
「ガサツってなんなの、ジハードの馬鹿ちん!」

「……お……おかえりなさいませ、ティアイエル姫様」
目の前で繰り広げられる他愛もない口論に、門番の兵士は苦笑しながら深々と頭を下げたのだった。



*********



「あー、城に戻るのも久々だな〜」

軽やかな足取りで、ティエルはヴェリオルに報告をするために彼の部屋に向かっていた。
あまりにも軽やか過ぎて、早歩きが緩やかな走りに変わっており、そのまま廊下の曲がり角にさしかかる。


「うわっ」

「いったぁ! ……あ、なんだヴェリオルか……」
曲がる瞬間に向こうから歩いてきた人物とぶつかってしまうが、それがヴェリオルだと分かると身を離した。


対するヴェリオルはティエルを受け止めようと手を伸ばしたが、彼の手は虚しく宙を掠める。
何となく気まずい空気が流れたが、後からジハード達の足音が聞こえるとティエルは漸く顔を上げた。



「……ただいま」
数歩下がってヴェリオルと距離を取る。


「ゴールドマインに行ったらさ、サキョウ達が石にされてて……でも、ちゃんと治すことができたんだよ!」



「おかえり、ティエル。大変だったな」
どこか寂しげな笑みを浮かべたヴェリオルは、恐る恐る手を伸ばすとティエルの頭を優しくぽんと叩いた。

一瞬だけ身を強張らせたティエルだったが、特に何も口に出さずにされるがままになっている。



「……おや、珍しいこともあるものだね。仲睦まじい兄妹のように見えるよ」

「えーっ、この方が先程ジハードくんの言っていたティエルちゃんのお兄様ですか? 背が高いかたですねぇ」
ジハードとヴィステージが追いつき、途端に廊下が騒がしくなる。



「あっ、そだ。この子はヴィステージっていって、石化を戻すために力になってくれたんだよ。
リコの実が欲しいって言うから、うちの菜園の実を持って行ってもらおうと思ってさ。せめてものお礼ってことで」

簡単にヴィステージを紹介するティエルだったが、そういえばヴェリオルは悪魔族嫌いだったような気がする。
あまり深く突っ込まれるのも嫌だったので、彼女を連れてそそくさとその場を後にすることに決めた。



「正式な報告は夕飯食べてから会議室でって、フリドに伝えておいてね! さっ、行こうヴィス」
「は、はい。……え? ちょ、ちょっとあまり強く引っ張らないで下さぁい!?」




「……随分とオレも嫌われているな。しかしあのティエルが連れていた女、どうも人間とは思えないのだが」
返事も待たずにヴィステージと共に去っていくティエルの背を、訝しげに眺めるヴェリオル。


「まぁ、人間だろうが何だろうがいいじゃない。ぼくにとってはそんな事、とても些細な事だと思うのだけどね」
いつもの自称天使の微笑みを浮かべながら、ジハードは透き通った白髪の頭に手をやる。


「それにしても本当に疲れた二ヶ月だった……会議室での報告の前に、一眠りしてこようかなぁ」



「……ジハード」
「なんだい?」

歩き始めたジハードの背に向けて、ぼそりとヴェリオルの声がかけられた。
なかなかヴェリオルがその先を続けようとしないので、振り返って催促する様に首を傾げてみせる。


「さすがのぼくでも心は読めないし、黙ったままじゃ何が言いたいのか分からないよ。人の心は複雑だからね」



「……やはりティエルはオレを恨んでいるのだろうな。あのモンク僧も、そしてジハード。……お前も」
沈黙。ジハードは何も答えない。


「簡単に許されるとは思っていない。そして、許してもらおうとも思わない。オレの選んだ生き方だからだ。
ティエルは素直な奴だから、分かりやすくて良い。お前のように胡散臭い笑顔を浮かべることもないからな」



「胡散臭いとはまた随分な言い草だなぁ……ぼくは結構傷付きやすい性格なんだよ」
ははは、と本心の見えない柔らかな笑顔を浮かべたジハードは、再び背を向けて歩き始めた。

「あなたは許されたいとは思っていないようだけど、その言葉はちょっと嘘かもね。
できることならば、ティエルにもっと歩み寄りたいと思っている。それが許されないことだと分かっていても、ね」






+DeadorAlive+