Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第4章+ユークリンド大森林 - 夜の囁きを求めて -


第39話 赤い薔薇の舞う庭園





夕食後。会議室に集った面々は、ゴールドマインでの一連の出来事を報告した。



ゴールドマインで出会った掘っ立て小屋の男の話は、実際ティエル達がこの目で見たわけではないのだが。

ある日突然彼らが遺跡を掘り当ててしまったこと、ゾルディスと思われるアンデッド軍に街が襲われたこと、
それを率いていたのがアリエス博士だったこと、サキョウや街の住人達を石にしたのもアリエスだということ。




「しかし石化を戻すことなど不可能に近いと言われているのだが……一体どんな妖術を使ったんだ?」


そんなヴェリオルの発言によって、菜園でリコの実を選んでいたヴィステージが連れて来られたのだった。
私は無関係ですよと頬を膨らませていた彼女だったが、ヴェリオルに睨まれて顔色を青くさせる。


「……別に妖術なんかじゃありません、私の住む村に古くから伝わる秘薬です」
下を向きながらぼそぼそと呟くような声で説明を始めるが、時折ヴェリオルの方に視線を向けていた。

そして睨まれているのが分かると大きく溜息をつきながら先を続ける。



「これ以上は村の掟なので詳しくは話せませんが……もう許してください。私が何したっていうんですかぁ」

完全にヴェリオルを恐れているようである。
彼女の隣ではジハードが、彼の顔が怖いのは元からだから、と慰めにもならないようなことを言っていた。



「あのさ、ヴェリオル。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
少しトーンを落としたティエルの声。なんだ、とヴェリオルがそちらに顔を向ける。


「……アスモデウスって一体何者なの? 何のために、アリエスはわざわざあんな怖い人を復活させるの?」



「オレも詳しくは知らない。ただ、リダ=クイーン様が最愛のお方だと言って心酔しておられたのは確かだ。
昔からアリエス博士は完全に女王陛下の下僕だったからな。遺志を継いでいるのはおかしな話ではない」

「そうなんだ……」



「どちらにしても、ティエルはゾルディスには関わらない方がいいよ。別れ際にサキョウに言われたでしょ。
向こうがどう動いてくるかは分からないけど、あなたはメドフォードでおとなしくしているべきだ」


「うん……」

口を挟む間もないほどジハードにぴしゃりと言い渡され、ティエルは頷くことしかできなかった。
確かに彼の言うとおりである。


アリエス側がどういう行動に出るか分からない今、闇雲に動き回らない方が賢明だった。



*********



報告会はジハードの言葉でお開きになり、会議室の前で解散となった。外に出ると、随分と夜も更けている。
ティエルはヴェリオルが去った後でも顔色の悪いヴィステージを慰め、侍女に部屋の案内をさせた。


「おやすみなさいティエルちゃん、ジハードくん。リコの実、また明日選ばせてもらっていいですか?」


「おやすみ、ヴィス。好きなだけ持っていっていいから」
歩き始めたジハードとヴィステージに手を振りつつ、ティエルは彼らとは反対側へと歩き始める。



「おや? そっちはあなたの部屋の方向ではないよ」

「まだ眠くなくてさ、ちょっと中庭の庭園で涼んでくる。……悪いけど、エレナに会ったらそう言っておいて」
笑顔で軽く手を振った彼女はそのまま振り返らずに歩いていく。



「……今夜は少し風が強いみたいだね。中庭の薔薇の花びらが、こんな所まで落ちてる」
暫くその後ろ姿を眺めていたジハードだったが、どこか寂しげな笑顔を浮かべて外の景色に視線を移した。












ジハード達に別れを告げて中庭の庭園に向けて足を運ぶティエル。

時折強めの風が吹き、彼女の髪を乱暴に揺らしていく。それと同時に庭園の方角から花びらも運ばれてくる。
夜も更けた渡り廊下には明るい光が灯っていたが、ティエル以外に人の姿は見受けられない。


むしろ一人でいたかったティエルにとっては好都合であった。



白い石畳の渡り廊下の途中で、くるりと向きを変えて中庭の庭園へと足を踏み入れる。そこにも人はいない。
月の光に照らされるベンチや、色とりどりに咲き誇る薔薇。それらを幸せそうに眺めながら奥へと進んでいく。

……大きく息を吸い込んだティエルは、静かに目を閉じた。











「なあ、聞いたかジョン、ティエル姫様が帰ってきたんだってよ!」
「知ってるぜ。さっき隊長達が話しているのを聞いたからな。ゴールドマインの住民石化の噂は本当だったって」


万年兵士見習いのリックとジョンはそんな話をしながら、兵士達の集う談話室に向かっていた。



「住民石化ってすげーよな。そんな魔法かけられたら、美味しいもの食えなくなっちまうじゃん」

「お前はほんと食い気しかないのかよ。それにしても姫様が無事に戻ってきてくれて良かったぜ……」
金髪の青年リックはさらさらの髪をかき上げ、食べ物の事しか頭にない親友ジョンを呆れた眼差しで見つめる。


「また明日から姫様の顔が見れるかと思うと、トレーニングにも力が入るってもんだ」



「おいおい、まだ諦めてなかったのかよ……。無理だって! 絶対に無理!! ほんと賭けてもいいぜ」
「少しは親友の恋を応援しようという気はないのかお前って奴は! まったく……って、あ。ジハードさんだ」


中二階の渡り廊下に欠伸をしながら歩くジハードの姿を発見したリックは、手を振りながら大きく声をかけた。



「お疲れ様でしたー、ジハードさーーん!」
「ん?」

突然かけられた声にジハードは驚いて辺りを見渡し、下のジョンとリックの姿に、ああ、と軽く手を振り返す。



「こんな夜更けまでトレーニングかい? この分ならもうすぐ見習い兵士も卒業かもよ」
「あはは、サボっている時間の方が多いんですけどね。そうだ、ティエル姫様はもうお休みですか?」


「さっき中庭の庭園に行くって言っていたけど……でも、今は彼女を一人にしてあげて欲しいんだ」
じゃあね、と軽く笑ってジハードは歩き去っていく。



「……ジハードさんってなぁ、何か怪しいんだよな。あの意味のない笑顔とか、言い方とか胡散臭いというか」
彼の歩き去った方向をぼんやりと眺めていたリックであったが、よしと膝を叩いて元来た道を戻り始める。


「姫様は中庭の庭園って言ってたな。今から走っていけば、まだいるだろ」


「おいおいリック、一人にしてあげてくれってジハードさん言ってただろ? お前は強引過ぎるんだよ……」
既に遠ざかっていく親友の後ろ姿を眺め、ジョンは一人大きく肩を竦めたのだった。











人通りのない廊下を歩きながら、肌寒さに身を震わせたリックは上着を持ってくればよかったと後悔をした。

強めの風が吹き、庭園から運ばれてきた薔薇の花びらが舞い落ちる。
見渡しても中庭にティエルの姿は見えなかった。もしかしたら庭園の奥にいるのだろうか。


アーチ状に並んだ薔薇の中を暫く足早で進んでいくと、漸くこちらに背を向けて佇むティエルの姿を見つける。
姫様、とリックが声をかけようとした刹那。一際強い風が周囲の赤い花びらを舞い散らせた。



「……クウォーツ……?」



リックの聞いたことのない名を口にしながら振り返ったティエルの瞳からは、大粒の涙が零れ落ちていた。
風に乗り遅れ、足元へ散っていく深紅の花びら。



「そんなわけ、ないよね……」

背後に立っていたのがリックだと分かると、ティエルは慌てて涙を擦り、にっこりと笑いかけようとする。
だが、その笑いはすぐに泣き笑いと変化していき、唇を噛み締めたまま声を殺して泣き続けていた。



「ティエル姫様、大丈夫ですか? オレ来なかった方がよかったですか……?」


「ごめん、ごめんねリック。あなたが悪いわけじゃないんだ。……悪いのは勝手に勘違いしちゃったわたしだ」
鼻を啜りながらそれでも笑いかけようとするが、どうも上手くいかないようだ。


「勝手に約束して、勝手に待ち続けて、勝手に思い出しちゃったわたし。全部ぜんぶ、悪いのはわたしだ……」



「姫様」
俯いてぼろぼろと涙を零すティエルの肩に、リックはゆっくりと腕を伸ばしていく。

「オレは……」



「……でもね!」
手がティエルの肩に触れようとした瞬間、彼女は勢いよく顔を上げた。

「でもね、待っているのなんてわたしらしくないじゃない? じっとしてないで探しに行くのがわたしじゃない!?」



「……え?」
「そうよ、何でこんなことに気付かなかったんだろ? うじうじ悩んで泣いている自分がほんと馬鹿みたい!」

「え?」



「気付かせてくれてありがとうリック、また明日ね!」

先程までの涙は一体どこへ消え去ってしまったのか、まさに彼女らしい太陽のような笑顔を浮かべるティエル。
話の内容がまったく飲み込めていないリックに手を振ると、彼女は慌しく走り去っていった。



「オ……オレ、何か余計なこと言ったかな……? いやそれよりも、さっきの変な名前って男の名前……?」
一人庭園に残されたリックは呆気に取られた表情で立ち尽くしていたが、我に返ると頭を抱えてしゃがみ込む。


「また隊長に姫様を嗾けたって怒られちまうかも……むしろ大臣殿から直々にお叱りを受けるかも……」






+DeadorAlive+