Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第1章+水と緑のメドフォード - 光ゴケの夜 -


第4話 ジハードの不安





広々としたメドフォード城大食堂。

大きく並んだ窓は全て開け放たれ、清々しい光と爽やかな風が、今この国の平和さを感じさせてくれた。
どっしりとした古い木で作られた長いテーブルには、所々に金の細工。また椅子も同じ造りで統一されている。


ミランダやゴドーが生きていた頃は、いつも三人でこの場所で食事をしていたものだ。



仕事の忙しいミランダではあったが、昔からずっと食事だけは必ずティエルと共に取るようにしてくれていた。
なかなか祖母とのふれ合いの時間が取れなかったティエルは、この時間がとても楽しみだったのだ。

思ったことや出来事、本当に色々な話をした。他愛のない話ではあったが、祖母は微笑みながら聞いてくれた。



「ヴェリオル、そういえば今日はマンティコラの森の警備に行ってきたんだよね。マンティコラに会わなかった?」
大好きなスクランブルエッグをフォークの上に乗せながら、ティエルはふと口を開いた。

半熟の卵は気を抜いていると簡単に零れ落ちそうであった。しかし彼女はその柔らかさが一番好きなのだ。


「黄色の花に気を付けていればマンティコラには出会わん。……たとえ出会ったとしてもオレの敵ではないが」
そう言ってヴェリオルはコーヒーのカップに口を付ける。

あのメドフォード奪還の戦いから半年。ティエルとの対決に敗れ、重傷を負ったヴェリオルも既に完治していた。
それは彼の回復力の速さに加え、ジハードの絶えずかけ続けた治癒魔法のお陰でもあるのだが。



ティエルを手に入れることもできず、国家の崩壊も叶わなかったヴェリオルは、当初は死を望んでいたのだ。
しかし今はゾルディスのヴェリオルではなく、メドフォードのヴェリオルとして生きることを決意したようだ。

そんな彼は身体が動かせるようになってからというもの、毎朝のように城周辺の森の警備に行っているのだ。


ヴェリオルが実の兄だと判明してから半年経ったが、未だにティエルは兄と呼べないでいる。
祖母を殺した男に突然兄だと言われても、実感が湧かないのと、心のどこかでは認めたくないのが本音だろう。



「それでまた大怪我をしたら、結局ぼくが治癒しなくちゃいけないんだから。危ないことはあまりしないでよ」

「あ! ジハード、治癒魔法習ってる神官見習いの人達にもっと優しく教えてよ? 笑顔で怒ると怖いってさ」
「ひどいなぁ……この天使のスマイルは元の顔だから、そんなことを言われてもどうすることもできないよ……」

「自分で天使のスマイルと言っていては世話ないな」
食堂に響き渡る楽しげな笑い声。内容は取り留めのない話だったが、とても幸せを実感する一時であった。




「ティエル姫様、ヴェリオル殿下、ジハード殿。お食事中大変失礼いたします」

その時。どこか緊迫を含んだ声が響き、食堂の入口に見知った顔の近衛兵が姿を現すと頭を下げて跪いた。
彼の様子からただ事ではないと悟ったティエルは、若干不安そうに振り返る。


「……どうしたの?」

「はい。先程城にベムジンの使いと名乗る者が現れ、早急に姫様へお伝えしたいことがあると申しております。
ベムジン寺院からの正式な使いの証である、シグン大僧正の印が入った書簡も持っており……本物かと」


ティエルとジハードの表情が不安げに僅かに曇った。ベムジン寺院といえば、サキョウの住む地である。
もしや彼に何かあったのだろうか。

「いいよ、話を聞く。謁見の間にその者を通してくれる?」




「……ティアイエル王女殿下、突然のご無礼をお許し下さい。一刻も早くお伝えした方がよいだろうと……。
こちらにシグン大僧正からの書簡がございますが、まずはわたくしめの口からお話させていただきます」

謁見の間。別名女王の間と呼ばれるこの大広間は、半年前の戦いによって見るも無残な様子であったが、
今ではすっかり元の荘厳な様子に修復されていた。



「一体何があったの? とにかく落ち着いて話してほしい。その様子じゃ……いい知らせではないようだけど」

大きすぎる王座に半ば埋もれるように座っていたティエルは、目の前のベムジンからの使者に向かって口を開く。
質素な僧服に身を包み、頭髪を完全に剃り上げた屈強な男。恐らく、モンク僧見習いなのであろう。


「はい。王女殿下はベムジンよりずっと北の方角に位置する小さな都市ゴールドマインをご存知でしょうか?」
「名前だけなら何回か聞いたことがあるけど……」


「小さいがそれなりに栄えている金鉱だと聞く。この王宮に使われている金のうち半分はそこから仕入れたとか」
口ごもるティエルの隣でヴェリオルが言った。

「そのゴールドマインがどうかしたのか?」



「一ヶ月ほど前でしょうか。その都市で、人が石化する奇妙な事件が起こり始めたのです。
人為的なものか、それとももしや金鉱の奥から石化をする毒ガスでも滲み出てきたか……理由は分かりません」

「太古の地層には、今では考えられないような毒を含んだ物質が含まれている事があるかもしれないね」
自分の透き通った白髪をつまみながら口を開いたのはジハード。


「……付近の住民達の要望もあり、サキョウモンク長は幾人かの僧を引き連れて調査に向かったのです。
誰であろうと困っている者達を救うのは当然の務め。それが我がベムジンの根本的な教えですからね」

そこで一回言葉を区切ると、彼は言いにくそうに続けた。


「しかし期限の二週間を過ぎてもモンク長達は戻らず、その上完全に連絡も途絶えてしまったのです。
何かあったのではと向かわせた者達も連絡がなく……大僧正はどうか王女の力をお借りしたいと……」


「そんなの当然だよ! シグン大僧正にはお世話になったし、なによりサキョウが関わっているんでしょう?
すぐにゴールドマインへ調査に向かわせるから、あなたは戻ってシグン大僧正にそう伝えておいてくれる?」

「ベムジン僧侶一同心より感謝致します、ティアイエル王女殿下」
ティエルの言葉に深く頭を垂れた使者は、近衛兵と共に大広間を後にした。広い空間に緊張の空気が走る。



先程まではあんなにも心地の良かった清々しい風が、どこか肌寒かった。
重苦しい雰囲気の大広間に残った三名の中で、一番最初に沈黙を破ったのはティエルである。

「……ねえ、二人とも」

「駄目だよ」
ティエルがまだ内容を話していなくとも、ジハードは即答であった。


「なんで? わたしまだ何も話してないんだよ、話を聞く前に駄目だなんてちょっとひどいんじゃない!?」

「ひどいもなにも……その先を続けなくたって、あなたの言いたいことは大体お見通しだよ」
興奮して王座から思わず立ち上がるティエルとは裏腹に、ジハードは椅子に腰掛けながら実に穏やかに言う。

「先程あなたはゴールドマインへ調査を向かわせると言っていたけど、どうせあなたも行く気なのでしょう?」



「そ……そうだよ、だってサキョウが心配なんだもん。ジハードは心配じゃないの?」

「心配じゃないわけないだろ。だからゴールドマインには、ぼくが行く。それと兵士を何名か借りていくけどね」
穏やかな口調で言ってはいるが、ジハードの声色は有無を言わせない響きを含んでいた。

「もしかしたら危険な場所かもしれないんだ。そんな所に王女であるあなたが行って、何かあったらどうする?
調査はぼくに任せて、あなたはメドフォードに留まるんだ。ヴェリオル……異論はないね?」



「ジハードの言うとおりティエルは行かない方がいいだろう。日程が決まったら言ってくれ、兵の手配をする」


「危険な場所だって大丈夫だよ、わたし昔と比べて大分強くなったんだよ!? 勝手に色々決めちゃ嫌だよ!」
完全に取り合う様子のないジハードとヴェリオルに、ティエルは癇癪のような大声で叫んだ。

「どうして行かせてくれないの? わたしだってサキョウが心配で心配でたまらないんだよ!?」



「それは分かるけど! ……我が侭もいい加減にしてよ、少しは落ち着いて話を……」
「もう聞きたくないよ、ジハードの意地悪! 分からず屋! ばかぁっ!」

顔を真っ赤にさせて叫んだティエルは、そのまま背を向けると振り返らずに走って行った。



開け放たれた扉。バタバタと激しい足音が遠くに消えていく音を聞きながら、ジハードは一つ大きな溜息をつく。
ティエルの去った大広間は再び静寂に包まれる。


「意地悪で言っているんじゃないんだ……どっちが分からず屋なんだか。何で分かってくれないんだよ……!」



「やれやれ、可愛い我が姫君は未だにとんでもないはねっ返りだな。まぁそんな事は分かっていたはずなんだが」
同じく溜息をつきながら、だがどこか楽しそうな口調でヴェリオルが言った。

「前々から思っていたが、あいつは仲間のことになると目の色が変わる所があるな。
自分がどんなにこの国に必要な存在か分かっていないのだろう。まだまだ周りがフォローしてやらねばならん」



「それはぼくだって分かってるよ。あーもう、難しいなぁ」
ぐしゃぐしゃと自分の頭をかきむしったジハードは、それからヴェリオルへと顔を向けた。

「まずい。今までのパターンだと、ティエルは黙って城を抜け出してゴールドマインに行くかもしれない……」






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