Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第4章+ユークリンド大森林 - 夜の囁きを求めて -


第40話 ティエルの決意





「ジハード、最近ティエルがオレに何か隠しているようなのだが……心当たりはないか?」



ゴールドマインでサキョウを漸く石化から戻し、メドフォードにティエルとジハードが帰還してから三日後。
一階のテラスにてヴィステージに薬草講義を延々と聞かされていたジハードの元にヴェリオルがやって来た。

既に辺りは夜の気配に包まれていた。ヴィステージとの会話に夢中になっていて、それすらも気付かなかった。




彼女の薬草の知識はジハードでさえも感嘆の溜息をつくほど豊富であり、聞いていてとても楽しい。

リコの実を白いテーブルに広げながら会話をしているジハードとヴィステージの前で立ち止まったヴェリオルは、
前触れもなく唐突に先程の台詞を口にしたのだった。



「……はて、何だろうね。一番手っ取り早いのは、ぼくに聞かないでティエルに聞いてみたらいいじゃない」



のんびりとした声で答えるジハード。
それと裏腹にヴィステージの方はやはりヴェリオルが苦手なのだろうか。強張った表情で彼らを眺めている。

「まぁ思い当たらなくはないけど……それはサキョウが到着してから、彼女本人の口から聞くことになるかもね」



「あの……ティエルちゃんのお兄様なら、遠慮なんかしないで本人に聞くのが一番だと思うんですけど」
「うるさい、何も事情を知らんくせに口を挟むんじゃない!」

「ごっ、ごめんなさい……」
おずおずと口を開いたヴィステージに、ヴェリオルの一喝。見ているこちらが悲しくなるほど項垂れている。



彼女が悪魔族だとは一言も伝えていなかったはずなのだが、身体で感じ取っているのかもしれない。


ヴェリオルの悪魔族嫌いは相当のもので、目の敵にしているような所がある。もはやこれは憎悪の域だった。
彼に言わせると、あの気味の悪い目付きと男女の垣根があやふやな所が嫌悪するそうなのだ。



「ヴェリオルったら、ヴィスに八つ当たりしちゃ可哀相じゃないか。あなたはただでさえ顔が怖いのだから」

青い顔をしているヴィステージに掴み掛かりそうな剣幕のヴェリオルの間に割って入ったジハードは、
溜息をつきながら、だが諭すような口振りで言った。


彼の物言いは時折少年が発するには不釣合いの迫力を持っていることがある。今の発言もそうだった。



「さぁ、夜も遅い。ヴェリオルは明日マンティコラの森の警備に行くんでしょ、明日に備えてもう寝たら?」
「……分かった」


ジハードの完璧な笑みを苦々しげに眺めたヴェリオルだが、それ以上は口に出さず背を向けて去って行く。

メドフォード奪還の戦いによって重傷を負った自分を、朝から晩まで付きっきりで看護していたジハードには、
正直流石のヴェリオルも頭が上がらないと言った方が正しいのだが。



「あぁ〜……やっぱり物凄く怖い人ですね、ティエルちゃんのお兄様」
漸く緊張が解けたのか、テーブルに突っ伏してしまうヴィステージ。それからちらりと視線をジハードに向ける。


「でも、普通の人は悪魔族にあんな反応して当然なんですよ。お兄様は知っているのか分かりませんけど。
憎んで、恐れて、蔑んだり。それが悪魔族に対する正しい接し方です。……ジハードくん達がおかしいんです」



「あれ? 何だか元気ないね。マイナス思考はヴィスらしくないじゃないか」



いじけた様に唇を尖らせている様子のヴィステージに、思わず笑いを吹き出してしまう。
こんなにも感情が豊かで、何を思っているのか手に取るように分かってしまう悪魔族など初めて見たのだ。

ジハードの知る悪魔族達は皆一様に感情のない硝子玉のような瞳を持ち、無表情であることが多かった。



「それに正しい接し方だって? ……馬鹿を言っちゃいけないよ、そんな接し方をする方がおかしいんだ」

「どうして」
テーブルに突っ伏していた身を起こし、ヴィステージは先程とはうって変わって静かな声で問いかけた。


「……どうして、ティエルちゃんもキミも。悪魔族を何とも思わないの……?」



「どうしてだろうね」

にっこりと彼曰く極上の天使のスマイルを浮かべながら、ジハードは頬杖をつきながら目を細めてみせる。
ほんの少しだけ、寂しげな表情が横切ったのは一瞬で。


「ヴァンパイアのね、……友人がいたんだ。でも彼はぼくのことなんて、そうは思っていないだろうけれど」











「……ジハード、起きてる?」
簡単な夜食の乗ったトレイを手に持つティエルは、ジハードに割り当てられている扉の前で口を開いた。


この部屋はティエルやミランダが読み終わった本やこれから読もうとしている本などを置いている部屋だった。
どうせすぐに旅立つ身であるし、とジハードは彼専用に部屋を貰うことを拒否したのだ。

大きな小説の本棚のあるこの部屋が気に入ったらしく、ここは今現在彼の部屋のようなものになっている。



こんな夜更けにジハードを訪ねることは賢明ではない。
彼は早寝であり、その上一度寝たら朝になっても起きない。そんなことは百も承知の上で声をかけているのだ。

やはり部屋の中からは物音すらせず、しんと静まり返った沈黙が彼女を包み込む。
いつまでもここに立っているわけにもいかないので、トレイを片手で持つとノブを掴もうと手を伸ばした。


……が。扉はティエルが触れる前にゆっくりと開かれた。



「ちょっと喧しいんだけど……こんな時間にぼくを訪ねるなんて珍しいじゃないか。眠りかけていたところだよ」
寝ぼけ眼のジハードが姿を現す。既にベッドに横になっていたのだろうか、自慢の白髪がぼさぼさである。


普段の異国風の衣装ではなく、簡単なシャツを羽織った彼の姿は新鮮だった。何だか普通の男性に見える。



「夜遅くごめんね。……夜食でも食べながら、少し話したいことがあるの。ジハードには話しておこうと思ってさ」
えへへと悪気のない笑みを浮かべながら、ティエルは砂糖を塗して揚げたパンが乗ったトレイを持ち上げた。


「これ、わたしの大好きな夜食なの。コックのスコットに頼んで作ってもらったんだ」


「夜食と言うよりおやつだね、これは。夜遅く食べるようなものじゃないと思うけど……まぁいいや、入って」
白髪を簡単に手で撫で付けるような仕草をして、ジハードは部屋の中へと消える。



続いてティエルが足を踏み入れると、随分と散らかった部屋が目に入る。そこら中に本が積み上がっていた。

所狭しと立ち並ぶ本棚の奥には簡易なベッド、そしてテーブルセットが並んでいた。
読書が苦手なティエルはあまり立ち寄らなかったが、祖母はこのテーブルで読書をしていた記憶がある。


勿論この場にあまりにも相応しくないベッドはジハードの為に運び込んだものだ。


読みかけなのだろうか。積み上がった本の上には、ぽんとリグ・ヴェーダが置かれている。
いくら虹色に輝く本だからといって、この大量の本の中にうっかり紛れてしまっては探すのも一苦労であろう。




「わたしが言うのもなんだけどさ、もうちょっと片付けようとは思わないわけ?」
足の踏み場がないとまでは言わないが、トレイを持ったまま移動するには少々危なっかしい部屋である。

「これじゃ、どこに何の本があるのか分からないよ。……リグ・ヴェーダくらいはベッドの横に置いといたら?」



「ごちゃごちゃしている方が落ち着くんだ」
ジハードの気持ちは分からなくもない。ティエルもすっきりした部屋よりも散らかっている部屋が落ち着くのだ。


「ぼくの実家の部屋もこんな感じだよ。よく母さんに怒られてた」


「ジハードって、自分のことは棚に上げるんだから」
辛うじて片付いているテーブルの上にトレイを乗せると、ティエルは怒ったように唇を尖らせた。



「わたしには部屋を片付けろ、整理整頓をしろとか言ってるのに……自分の方が散らかしてるじゃない」

「ぼくはいいの」
可愛らしく笑みを浮かべながら小首を傾げて見せるジハード。この笑顔に幾人騙されたことか。


「ティエルは一応お姫様なんだから、皆のお手本となるような行動をしなくちゃ。示しがつかないでしょ。
ただでさえあなたの行動は姫君とは言い難いものが多くて、重臣達はさぞかし苦労を重ねているんだろうね」



「うわ、ジハードのお小言は長すぎるんだった。……お小言はまた後で聞きます」


どうやら墓穴を掘ってしまったようだ。これが始まると、数十分はお小言タイムに突入してしまう。
ティエルは本来ここを訪れた目的を彼に伝えるため、ごほんと一つ咳払いをする。

「……けど今は、お願いだからわたしの話を聞いて欲しいの。……あのね、ジハード。わたし」
ティエルの真剣な言葉に小言を止め、ジハードはじっと彼女の瞳を見つめてきた。



「クウォーツを探しに行きたいの」
「クウォーツを探しに行くんでしょ?」



二人の声が重なった。あなたの考えていることなどお見通しだよ、と言わんばかりの表情のジハードである。
暫くぽかんと口を開けていたティエルだったが、我に返ると慌てたように言葉を発した。


「え? あれ、何で言おうとしたことが分かったの? ……わたし、ジハードに話したっけ? うそ、何で?」



「言わなくとも、彼が姿を消した日からずっと落ち込んでいたあなたの考えていることぐらいは分かるよ」
一つ大きな溜息。

「……で、彼の行方は分かってるの? 探しに行くと言うのなら、どこにいるか確証があって行くんだろう?」



「そんなの分からないよ! ……分からないけど、探していたら出会える確率だってぐっと高くなるでしょ?」
案の定行き当たりばったりのティエルの発言。予想はしていたが、計画性のなさに思わず泣けてくる。


「ただゴールドマインの件みたいに、ジハードに黙って出て行くのは駄目だなぁって思ったからさ。
ジハードだけには知っていてもらいたかったんだ。だからといって何と言われようとも、わたしは行くけどね!」

固い決意を表すかのような意思を持った瞳は、真っ直ぐにジハードを見つめている。
決意は相当のようだ。こうなったら、もう誰にもティエルを止められはしないとジハードはよく分かっていた。



暫くその瞳を眺めていた彼だったが、やがて再び大きな溜息をつく。


「本当にあなたって人は……計画のなさにも呆れるけど、クウォーツを探し出したとしても一体どうするつもり?
メドフォードに戻ってきてとでも言う気かい? あの頑なな彼があなたの言葉に耳を貸すとでも思ってる?」






+DeadorAlive+