Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第4章+ユークリンド大森林 - 夜の囁きを求めて -


第41話 心配なんだ。心配だから。





──ずっとティエルと一緒にいる。
そんな交わした約束を、彼はあっさりと破ったのだ。彼のことだから、逆に重荷にも感じていたのかもしれない。


「はっきり言わせてもらうと、ぼくはクウォーツが嫌いだ。ぼくやサキョウに散々心配をかけ続けて、
ティエルとの約束を破り……その上リアンのことを欠片も仲間と思っていなかった彼が、どうしても許せない」




「……でもクウォーツはジハードのこと、結構好きだと思うよ」
さらりとティエルが、思いもしなかったとんでもない発言をする。


「は!? な、何言ってんのティエル? これでもぼくは、彼に嫌われている自信は大いにあるんだけどね!?」



「うーん、なんとなくかな。クウォーツってさ、他人に触れられると凄く嫌がるじゃない。
ジハードは話す時相手に触れながら話す癖があるでしょ? でもクウォーツが拒んだことがあったかなって」

そう言われてみれば、自分にはそんな馴れ馴れしい癖があるかもしれないとジハードは思った。
クウォーツと話す時も、彼の肩やら何やら触れながら話していた気がする。だが振り払われた記憶はない。



「それとこれとは話が別だと思うよ。……大体彼に、好きだという感情が存在するのかも怪しいけどね」

ティエルにペースを乱されてしまった自分が悔しかったのか、ムスッとした顔つきでベッドに座り直した。
ほんの少しだけ何かを迷っているような表情を浮かべ、やがてジハードは諦めたように口を開く。



「……サキョウには思いっきり口止めされていたけどさ、クウォーツの手掛りが全くないわけじゃないんだ。
実を言うと、明日その場所に向けてサキョウと一緒にここを発つつもりだった。勿論あなたには内緒でね」


「どうして!? わたし一人だけ除け者ってひどいじゃない!」



「ティエルはメドフォードの姫君なんだ。何かあったらどうする? 今度ばかりは絶対ヴェリオルが許さないよ」
詰め寄ってくるティエルに、冷静に、彼にしては珍しく厳しい声でジハードが諭す。


彼女の気持ちは分かる。今まで名前を口に出すことすら躊躇っていたクウォーツの名を出したということは、
ティエルの中で固い決意があっての発言だろう。そんな彼女が、おとなしく引き下がるとは思わない。

しかしジハードはそれを分かった上で厳しい言葉を続けた。



「今この国でティアイエル王女の一番近くにいる者として、あなたを絶対に止めないとならない。
彼のことはぼくらに任せて、あなたはまだ安全といえるこの城でぼくらの帰りを待っていて欲しいんだ」


大きな瞳にいっぱいの涙を溜め、ぶるぶると震えながらティエルが見つめてくる。



「けれど。ティアイエル王女ではなく、ただのティエルの『仲間』としてぼくが言うならば……」
そこまで口にしたジハードは、それからにっこりと笑い、先程までとは打って変わった柔らかい口調で言った。


「……一緒に、行くかい?」












「えー……ティエル、ジハード。よく聞き取ることができなかったのだが……もう一度ゆっくりと言ってくれ」


日課になっている朝の森警護から帰ったヴェリオルを出迎えたのは、突拍子もない彼女達の言葉だった。
朝食の準備で慌しい王室専用の食堂にて、軽い目眩を覚えたヴェリオルは傍の椅子に腰を下ろす。

「だから、友達を探すために明日から出発する予定なの。大丈夫、今度は頼もしいサキョウも一緒なんだから」
「その言い方だと、まるでぼくが頼もしくないみたいじゃないか。サキョウだって結構抜けていると思うよ」



「友達を探すだと? モンク僧は助け出したのだろう。それでいいじゃないか。一体誰を探すっていうんだ……」


ぐしゃぐしゃと黒髪を掻き毟ると、ヴェリオルは顔をこちらに向けてくる。
やはり彼を前にすると一瞬だが言葉に詰まってしまうティエルだったが、彼の瞳に負けずに口を開いた。



「ヴェリオルも見たことあるでしょ? 青い髪した綺麗な男の子がいたじゃない。三人で彼を探すつもりなの」



「悪魔族じゃないか!」
ヴェリオルの発した蔑みを含んだ大きな声は、食堂に向かって歩いていたヴィステージの耳にも届いた。

びくりと思わず身を震わせた彼女は辺りを見回すが、どうやら自分に対して発せられたわけではないようだ。


そうでなければ一体誰に対して?
ヴェリオルの怒鳴り声は食堂から響いており、ヴィステージは恐る恐る中を覗き込んだ。



「正気かティエル? 悪魔族の男と行動を共にしていただけでも、オレは許すことができんのだ。
他の事ならいくらでも受け入れるつもりだ。だが悪魔族だぞ? ……これ以上お前を穢す訳にはいかん!」

旅の途中で何度かヴェリオルと対峙したが、彼のクウォーツに対する視線は確かに嫌悪そのものだった。


「今は何もなくとも、近い将来あの男は必ずお前を手にかけるような気がしてならんのだ。
ゾルディス城でお前達に負けた時……血池に蹲る瀕死のオレを眺めながら、あの男は笑っていたんだぞ?」



「……大丈夫。大丈夫だよ」

拳を握り締めているヴェリオルの手に、そっとティエルが触れる。彼女から触れるのは初めてのことであった。
どこか無意識のうちにヴェリオルを避けている彼女にしては、珍しい行動である。


まるで自分に言い聞かせるかのように、彼女は一言ずつ噛み締めながら言葉を発する。



「確かに彼には少しそういう所があるかもしれないけど……でも、いつも誤解ばっかりされちゃっててさ、
そうやって生きてく彼を見てると、誰か傍についていなきゃって思っちゃって……。あんなに頼りになるのにね」

顔を上げ、大きな茶の瞳で真っ直ぐにヴェリオルを射抜く。


「もしも。……もしもヴェリオルの言うとおり、いつかクウォーツがわたし達に刃を向けてくることになったら。
その時はわたしも全力で受け止めるから。それが彼の出した結論なら、わたしだって精一杯応えようと思う」



しんと静まり返る食堂。
いつの間にか、慌しく朝食の用意をしていた者達も皆立ち止まり、はらはらとした様子で彼女達を見守っている。



「……これは珍しくヴェリオル殿下の負けですかな」
突如響いた声に顔を上げると、大臣のフリドの姿があった。


「姫様の意志の強さは周知の通り。その意志のお陰で、今日の平和なメドフォードがあり、我々がいるのです。
しかし、だからと言って……そう簡単に何度も城を抜け出されては、こちらとしてもたまりませんからな」

フリドは続ける。



「それならばいっその事、姫様の心配事がなくなるまでわたくし達は目を瞑るのはどうでしょう。
勿論全てが済んだ暁には帰ってきて頂いて、朝から晩まで女王としてのお勉強をみっちりとしてもらいますぞ」


思いもしなかったフリドの言葉に、思わずティエル、そしてジハードまでが目を丸くする。
ヴェリオルと並んでティエルの旅に猛反対するかと思ったのだ。



「ミランダ様も即位前のお若い頃は見聞を広めるために各地を巡り、そこで様々な経験をされたと聞きます。
色々なものを目に焼き付け、そしてどうか良き女王となって皆を……メドフォードを導いて下され、ティエル姫」

深々と頭を下げるフリド。その様子を暫く物言わず眺めていたティエルだったが、やがて力強く頷いた。



「……オレは」
もはや止めることなどできないと悟り、項垂れたヴェリオルが力なく呟く。

「オレはお前が心配なんだ……」



「ありがとう、ヴェリオル。必ず戻ってくるから、……それまで待ってて」
にっこりと満面の笑みを浮かべるティエルに、今度こそ何も言えなくなってしまう。昔からこの笑顔に弱いのだ。


「よーし、そうと決まれば早速用意の続きをしてくるから!」

サキョウが到着すれば、明日にも出発することになる。今度はこの間までとは違って長い旅になりそうだ。
念入りに準備をしなくてはならない。



食堂を飛び出したティエルは、扉のすぐ横でヴィステージが立ち尽くしていることに気付いて足を止める。


「あれ、ヴィス……?」
「ティエルちゃん」

少しだけ潤んだ赤い瞳をごしごしと擦り、ヴィステージは微かに笑った。



「……ごめんなさい、ちょっとだけお話聞いちゃいました。立ち聞きするつもりはなかったんですけど……」
「ん、ごめん。恥ずかしい所を見せちゃったかな」

旅に出たいとごねている自分の姿を見られてしまった、とティエルは少し照れくさそうに下を向く。
だがヴィステージは首を振った。



「ティエルちゃんやジハードくんが、私に対して何の差別の感情も持たない理由。ようやく分かった気がします」


「理由? そんな理由なんかあったっけ?」
ヴィステージの言いたいことがよく分からず眉を顰めるティエルだったが、彼女はただ笑うだけだった。






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