Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第4章+ユークリンド大森林 - 夜の囁きを求めて -


第42話 ……必ず、戻るから





サキョウがメドフォードに到着したのは、その日の夜だった。
既にティエルが事情を知っていることに驚いていたが、厚い手を彼女の頭に乗せながら頷いてくれたのだ。



「ワシもティアイエル姫への言葉ならお前の同行を反対していたであろうが、
ティエルへの言葉としてならば……やはりジハードと同じように、黙っていることなどできなかっただろうなぁ」


会議室中に響く大声で豪快に笑ったサキョウは、それから声のトーンを落とした真面目な声色で口を開く。

「……クウォーツの手掛りといっても、ワシも石化する前にアリエス達の会話を聞いただけなのだが……。
お前達はシルヴァラース古代図書館を知っているか? そこにクウォーツが暫くの間立ち寄っていたらしい」



「あぁ、大陸一の大図書館と言われている場所だね。ぼくも一度行ってみたいなぁと常々思っていたんだけど」
案の定地理に疎いティエルが首を傾げているが、その隣でジハードが興味深そうな表情で手を打った。

「そんな場所にクウォーツがどうして? まさかオペラ座の探偵シリーズ全巻読むため……じゃないよね。
続きが気になるけど、犯人の真相に迫る五巻以降がどこの古本屋にも見つからないんだってよく言ってたよ」



「それって面白いの? かなり昔に一巻読んだことあるけど、何か難しくて数ページで止めちゃったんだよね」
生前ミランダに薦められた本であったが、ティエルには難しかったようだ。

「でも行ってみる価値はあるよ! もしかしたら、わたし達に手掛り残してくれているかもしれないし。
シルヴァラース古代図書館だったら、確か地下のワープゲートに行き先あったような気がするんだけど……」


「なんと、それは話が早い」
「メドフォードにワープゲートなんてあったんだ。ぼくは遠慮したいなぁ……実はワープゲート酔い持ちなんだ」



ミランダが本好きだったこともあり、彼女の戴冠の記念としてワープゲートを設立したと聞いたことがあった。

簡易ワープゲートならばともかく、装置を作ることは大変な時間と費用がかかるのだ。
その行き先の一つを図書館に設定したということは、ミランダにとって思い出深い場所だったのだろうか。


……そんな話をしていると、こんこん、と遠慮がちに会議室の扉が叩かれた。



「誰? 開いてるよー」
こんな時間に会議室を使うことはないだろうとこの場所を選んだのだが、ノックの主は意外な人物だった。

ゆっくりと扉が開くと癖の強い薄桃色の髪が覗き、姿を現したのはヴィステージである。
ティエル達が明日旅立つことはヴィステージには説明済みだ。彼女も明日大森林に帰ると言っていた。



「……ごめんなさい、大切な相談の最中邪魔してしまって」



「おぬしはヴィステージといったな。いやいや、その節は本当に世話になった!」
申し訳なさそうに頭を下げるヴィステージに、彼女がまさに命の恩人であるサキョウは両手を振ってみせる。

「何か礼を考えているのだが……ワシはどうも女性の喜びそうなことが思い浮かばないのだよ」



「お礼なんていいですよ、私もティエルちゃんやジハードくんには本当助けられましたし」

悪魔族とは思えぬほど柔らかい笑みを浮かべる。
人間よりも人間らしいヴィステージだが、やはり彼女にも口には出さぬ辛い思い出が数多くあるのだろうか。



「あ、ティエルちゃん達は明日出発するんですよね?」
「ごめんね、ヴィスの見送りできなくて。ユークリンドまではしっかりと兵士の護衛をつけるから安心して!」



「その事なんですけど……ティエルちゃんの行き先って、ゾルディス国と何か関係がある場所なんですか?」



「……ゾルディスと?」
突然のヴィステージの言葉に目を瞬いたティエルだったが、ああ、と手を叩く。

「シルヴァラース古代図書館自体はゾルディスと全く関係ない場所なんだけどさ。
アリエスが……ええと、ゾルディス関係者が言っていた場所ではあるかな。鉢合わせになるかもしれないけど」



ゴールドマインでアリエスによって石にされる前に、サキョウはクウォーツの行方を尋ねられたという。
もしかしたらアリエス達と図書館で鉢合わせしてしまう可能性もないとは言えない。



「私、ひとを探しているんです。どうしても会いたい人がいるんです。もう生きているかどうかも分からないけど。
今は病み上がりのおばあちゃんの傍についていたいから、探しに行くわけにはいかないんですけどね」


「……探しているひとって、ゾルディスに関係があるの?」



「ええ」
ティエルの問いかけに、ヴィステージは深く頷いた。一瞬だけのその赤い瞳に憎悪の炎を燃やしながら。

「もしも旅先で、赤い瞳をした長身の男の人を連れた……ダフネという名前の女を見かけることがあったら。
ヴィステージは今も生きているとだけ伝えてください。そしていつか必ずお前から父を取り返してみせると」











明くる日。

ティエル達三人は王族以外使用禁止とされている地下ワープゲートの前に立っていた。
ミランダが亡くなって以来使用されていないワープゲート周囲には、うっすらと埃が積もっているように見える。


ゲードルに占拠されていた間も使われていなかったのだろうか。
がっしりとした石造りの六本の柱。その中心には薄紫色の光を発する、巨大な水晶が埋め込まれていた。



「初めて使うけど……これってどうやって使うんだろ?」

見慣れぬ装置に不安を隠しきれないティエルは、背後のヴェリオルと大臣フリド、ヴィステージを振り返る。
同じく首を傾げるフリドだが、ヴェリオルは大きく溜息をつくと中心の水晶球まで歩み寄った。


「……どうやら随分と旧式のワープゲートだな。ジハード、お前なら使用方法くらい知っているだろ。任せた」



「旧式なら海底神殿にあったものと同じタイプかな。水晶に触れながら目を閉じるだけでいいんじゃないの?」
ワープゲートは苦手だと豪語しているジハードは、既に気分が悪そうだ。


「行き先が何ヶ所か設定されていたら不味いから、シルヴァラース古代図書館にちゃんと設定しとかないと」



「あ、やっぱり何ヶ所か行き先選べるようになってます。シルヴァラース古代図書館……えっと、これかな?」
水晶を覗き込んでいたヴィステージだったが、中に浮かび上がる文字を器用に指で選んでいるようだ。


「これで設定は大丈夫でしょう。なんだかんだ言っても最新式より、旧式の方が使いやすいと思いますよ」

「旧式でも最新式でも、どちらにしろワシには何が何やらさっぱりだ」
自慢にならないことを堂々と口にしながら笑い声を上げるサキョウ。だが、頼もしく見えるのは何故だろうか。



ヴィステージが色々と設定をしてくれたお陰で、ワープゲートは動き始めたようだ。



「一つ注意をしておくと旧式なので、ぴったり図書館前に移動できるわけではないようです。
正確な座標の設定ができないみたいなので……少し目的地から離れた所に到着してしまうかもしれません」

「やっぱり海底神殿にあったタイプと同じものか。まぁ、そこまで酷い誤差は生じないとは思うけど」
水晶球を覗き込むヴィステージの隣で、ジハードは今日何度目かの溜息をつく。


「はぁ〜あ、徒歩で行くとか駄目? ヴィスに作ってもらった酔い止め薬は飲んだんだけど……不安……」



「そこまで嫌なら、お前の代わりにオレが行ってもいいのだぞ」
「何を仰いますやらヴェリオル殿下! ティエル姫様の代わりを務められるのは、殿下だけなのですよ!?」

そんな台詞を大臣フリドが聞き逃すはずはなく、血相を変えた様子でヴェリオルに詰め寄っている。



「……ティエル姫様、我々一同皆あなた様の帰りをいつまでも待っております。だから、どうかご無事で」
「いつも心配かけちゃってごめんね。必ず帰ってくるから、そんな寂しそうな顔しないでよ」

鼻をすすり始めた大臣の両肩に、ティエルは心配させぬように笑顔を浮かべながら手を触れた。
それからヴェリオルの方へと顔を向け。



「ヴェリオルも。また一番色々と迷惑かけちゃうかもしれないけど……よろしくお願いします!」



「そんな笑顔を向けられて、オレが断れると思っているのかね。まったく、この無自覚な姫には困ったものだ」
珍しく柔らかな笑みを浮かべるヴェリオル。蔑むような笑みではなく、これが彼本来の笑い方なのだ。



「じゃあ、行ってきます!」

「あぁー……ほんと、ワープゲートのこの一瞬が嫌なんだよね」
「それでは失礼する」



思い思いの言葉を発したティエル達三人の姿が光に包まれ、次第にゲートの中で消えていく。
大きく手を振っているヴィステージの隣では、名残惜しそうに瞳を潤ませながらゲートを見つめる大臣フリド。


ゲートから漏れる光に目を細めていたヴェリオルだったが、寂しげな表情を浮かべたのは少しの間で。

表情を普段のものに戻し、特徴のある長いマントを翻すと足音を鳴り響かせながら歩いて行った。
その威風堂々とした姿を見た者ならば、皆こう口にするだろう。


──何千という兵士達を引き連れた、亡国のラスト・エンペラーのようだと。






+DeadorAlive+